果物屋

 ココは、帝都の街を歩いていた。

 実家に帰る前に、寄っておきたいところがあったのだ。港町近くまで行く汽車は最終、十六時のがある。それに乗って帰るつもりだった。


(こんなに早く、帰ることになるなんてなあ)


 ココは占い師サルヴィエに会ったとき、とある特徴から、サルヴィエの正体がドミトル教授であることに気づいた。しかし、いくら特徴が似ていると言ったところで、それは証拠にはならない。大学や警吏は調査すらしてくれないだろう。


 かといってココは、そ知らぬふりをして大学に居残るわけにもいかなかった。サルヴィエに渡された占いには、ココに対する脅しと読み取れる文言が書いてあったからだ。


『大学の仕事を辞め、一人で屋敷に来なければ、弟妹の命はない』


 教授は自分をメイドにでも加えるつもりなのか知らないが、何にせよ弟妹きょうだいの命を盾にされたのでは、黙って従うか、家族を連れてどこか遠くへ逃げるかしかない。


 ココは悩んだ末、一つ賭けをすることにした。

 

 この賭けが成功すれば、ドミトル教授に従ったふりをしながら、仲間と一緒に彼を捕まえることが出来る。 

 でももし賭けが失敗すれば、ルスランがメッセージに気づいてくれなければ、もうドミトル教授を捕まえることはできない。ココは一人で伯爵の屋敷に行くか、弟妹のそばで教授の脅しに怯えながら生きていくしかない。


(まあそうなったら、そうなったで)


 仕方ない。ドミトル教授に目をつけられてしまった、自分の運の悪さを呪うしかない。それにこの件に首を突っ込んだ自分も悪かったのだ。だからまあ、諦める覚悟はできている――。


 ココは、帝都で一番の果物屋にやってきていた。

 ずっと、ずっと来たかった店だった。

 なのに並んでいる果物には、どれ一つ、色がなかった。匂いもしない。灰色の、石のような果物が陳列されているだけだった。


 ココはしばらく、果物屋の軒先で、灰色の果物たちをぼんやり眺めていた。

 どのくらいそうしていただろう。

 夢から起こされるように、聞きなれた声が聞こえた。


「ココ」


 顔を上げると、紺碧の瞳が自分を見降ろしていた。

 だけど、ココはすぐに状況が飲み込めない。

 どうして、彼が果物屋にいるのか分からない。

 戸惑っているココを面白がるように、ルスランは微笑を浮かべる。


「『もう愛想がつきた。探さないでください』って伝言だったから、探しに来たよ」


 確かに、ノアにはそう伝えてもらうように頼んだ。ルスランの性格からして、それで伝わるだろうと思ったから。

 だが彼が来てくれるとしても、のはずだ。ノアに港町方面行きの切符を見せておいたのも、自分の行き先が港町の実家だと伝えるためだ。

 でもその前に果物屋へ寄ることは言っていない。メッセージも残してない。なのになぜ、この男は、駅でも実家でもなく、この果物屋へやってきたのだろうか。


 ココが目を瞬かせていると、ルスランが再び口を開いた。


「君、最初に会ったとき、メロンは帝都にあるかって聞いただろう。そのくせ食べようとする素振りはなかった。君はメロンを、弟妹に食べさせてやりたかったんだろう? だから実家に帰るならその前に、帝都で一番大きな果物屋に寄ると思った」


 ルスランは、何もかも見透かしたような目で微笑む。


(何なんだ、いったい)


 メッセージが伝わったかなんて。

 この人はまったく。

 読まなくてもいいところまで、読むんだから。


「そんな詮索好きだと、モテませんよ」


 軽口をたたいてみれば、ルスランがふっと笑う。


「モテない男に、あんなメッセージを残す君も悪い。勘違いして、追いかけてきてしまったじゃないか」


 今度はココが笑った。


「なかなかハードな作戦を思いついてしまったんですけど、聞いてくれます?」

「覚悟はできてるよ」

「じゃあ一緒に、ラスボスを倒しに行きましょうか」

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