エリートはつらいよ

 ――監査局長官が、占い師サルヴィエを操っている黒幕だった。


 時が経つほどに、これは揺るがぬ事実のように感じられた。

 しかし、ペトラは首を振る。


(まだそうと、決まったわけではないわ)


 ココ・クルタリカが、本当に占い師という可能性だって、残されている。

 ペトラは一縷の望みにかけココ・クルタリカ、ではなく、今度は彼女と接触のあった学生たちに、話を聞くことにした。




 大学に到着したペトラは、さっそく植物学科の学生を一人つかまえる。ひょろっと背が高く、顔は小鹿のような青年だ。


「三つ編みの料理人って、ココさんのことですよね。ええ、知ってますよ。え? 占い師? ああ、噂になってるやつですか。いや、まさか、彼女は人をもてそんだりするような人じゃありません。だって、ココさんは僕に……。というか、どうしてこんなこと聞くんですか? その服着てるってことは、図書館の職員さんですよね。ココさんとは、どういう関係なんです?」


 この青年、ぼうっとしているようで案外鋭いようだ。もう少し突っ込んで話を聞きたかったが、これ以上怪しまれても困る。


(次にいきましょう)


 ペトラは適当な言い訳をして、その場から離れた。



 二人目の学生は、子育てをしながら通っているという女学生だ。

 クルタリカとは、自分の子どもを預けるほどの仲らしい。それほど親密な仲なら、有益な情報を持っている可能性は高い。

 ペトラは、中庭のベンチに座っていたその女学生に話しかける。


「そうなんです。試験の日に、うちの子を預かってもらったことがあって。しかも、うちの子が熱を出したらお医者様のところにまで連れて行ってくれたんですよ。なのに私、まだ何にもお礼出来てなくて。ほんと私って気が利かないというか。だめな人間ですよね。はあ……。こういうときって、どんなお礼をすればいいんだろ」


 期待したが、さっきの学生より情報はもっていなさそうだ。むしろこちらが悩み相談に巻き込まれそうなので早めに撤退することにする。


 残るは下級貴族の令嬢だった。

 彼女は、ココ・クルタリカのおかげで劇的な変貌を遂げたという噂がある。しかも、クルタリカがこの学生に魔術を使ったという証言もあった。この学生からならば、占い師に通ずる情報を得られる可能性は高いだろう。


「あの頃は、ちょうど婚約を破棄されたばかりで。私、すっかり自暴自棄になっていたんです。変な占いにも嵌ってしまいました。でもそんなとき、彼女が声をかけてくれたんです」

「なんと声をかけられたんですか?」

「かぼちゃの馬車に乗せてやるって」

「か、かぼちゃ?」


 なんだか占いとはかけ離れてしまったような気もするが、まだ分からない。かぼちゃの種でやる占いの話を聞いたことがあるような、ないような。いや絶対あった。あってほしい。


「クルタリカさんは、かぼちゃの種で占いをされたり、するんですか? それとも他の魔術を使うとか……?」

「かぼちゃの種は分かりませんけれど。魔法の料理なら作ってくれました」

「そ、それはどんな料理だったのですか?」

「たくさんあるのですけれど、特にすごかったのは『妖精が宿ってる料理』ですね。なんでもココは、妖精を自分で育てているそうなんです」


 ついに核心的な情報にたどり着いたようだ。怪しい術を使っているとすれば、占い師サルヴィエとの関係も濃厚になってくる。

 ペトラは一直線に食堂へ向かった。



 ランチには少し遅い時間、人が少なくなったころを見計らって、ペトラは厨房にいたココ・クルタリカに話しかけた。


「あ、すみません。最近そういうお客さん多くて。今、りんご酢切らしてるんですよ」


 なるほど、りんご酢を使って、妖精とやらを育てているのか。これは実物を見ておきたいところだったが……。

 ペトラが歯嚙みしていると、ココ・クルタリカは気づかわしげな様子で続ける。


「あ、でもせっかく来てもらったんだし、何か作りましょうか? 余りものしかないですけど」


 こうなったら直接、本人に占い師のことを聞いてみよう。

 ペトラはココ・クルタリカの申し出に頷いて、食堂のテーブルについた。

 すると、ものの十分ほどで料理が出てくる。


「鶏肉のクリーム煮です。あと付け合わせのザワークラウトもどうぞ」


 ペトラは出された料理の匂いをかいだ瞬間、自分が空腹だったことに気づいた。その匂いだけでもう、口の中に唾液が溢れてくる。ペトラはさっとナイフとフォークを握りしめ、こんがり焼き目のついた鶏肉にたっぷりクリームソースを絡める。

 その鶏肉を口に入れた瞬間、旨味のつまった濃厚クリームソースに舌が蕩かされ、そこへさらに、パリッと香ばしく焼けた鶏皮の香りが加わる。柔らかい肉をかみしめるたび溢れる肉汁は、クリームソースと皮の香ばしい香りとをさらに高次元のものへと昇華させる。


 特に高級な食材を使っているわけでもなく、料理自体はどこの家庭でも食べられるようなものなのに、なぜ彼女の作った料理はこんなにも、体に、心に沁みるのだろう。 


(そういえば)


 こんな風にちゃんとした食事を食べるのも随分久しぶりだ。最近は忙しさにかまけて、片手間に食べられるようなものしか食べていなかった。会食で馳走を食べる機会があったとしても、味なんかまるで覚えていない。

 ペトラは、なんだか胸の中をぎゅっとつかまれたように感じた。


(私は何をやっているんだろう)


 本当は分かっていたんじゃないのか。彼女が占い師サルヴィエではないことくらい。分かっていただろう。

 学生たちの言葉から考えれば、本人に確認するまでもないことだ。


(それに)


 ルスラン・ユトも同じだ。今まで散々調べた彼の仕事ぶり。それはけっして諜報員スパイが偽装のためにやるような次元のものではなかった。もし彼が本当に諜報員スパイなら、あそこまで患者たちに慕われる必要なんてないのだから。


(なのに私は)


 そういったことに目を向けようとしていなかった。

 考えていたのは、自分の手柄のことばかり。

 長官のことに気づいてからだってそうだ。ココ・クルタリカやルスラン・ユトのように、ただ真面目に生きている者を陥れる、そんな計画に気づいていながら、それでも長官を調査しようとはせず、彼らが占い師であればいいと、そう願ってしまった。本当に戦うべき相手は身内にいると知っていて、目を背けた。


(こんなのエリート失格だわ)


 ペトラはそっとフォークを置くと、新たな決意を胸に刻んだ。 


 とその時、ココ・クルタリカが厨房から出てきてこちらにやってくる。

 どうやら水を注ぎに来てくれたらしい。

 ペトラは、コップに水を注いでいるココ・クルタリカの瞳を見つめた。


(ああ、彼女は、こんなにも澄んだ瞳をしていたのね)


 きっと彼女は、自分が疑われていることすら気づいていないだろう。こんな純真無垢な少女が、占い師サルヴィエだなんて、どうして思えたのだろうか。


 ココ・クルタリカは水を入れ終わると、チラッチラッとペトラを気づかわしげに見てくる。


(もしかして)


 自分が悩んでいるのに気づいて、声をかけようとしてくれているのか。まったくなんて優しい子なんだろう。

 ペトラは思わず涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえ、感謝の意を込めて、クルタリカに微笑みかける。

 すると彼女の方もほっとしたように微笑み、言った。


「食事代、五百ぺリルお願いします」

「……」


 うん。もちろん料金を払うのは当たり前のことなんだけれども。

 

(なんだろう)

 さっき余りものとか言ってなかったっけ。


 ペトラは正規のランチ代を払って、食堂を後にした。

 

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