おいしいオートミールのために2

ーー赤いジャムを多くの人に、手にとってもらうには。


「私なら、ジャムの種類を増やして売り出します」


 ココの解答に、学生たちから笑いが漏れた。


「なんでわざわざ選択肢を増やすんすか。商品が増えたら、赤いジャムを選んでもらえる確率が下がっちゃうじゃん」

「そうよね。特に美味しいわけでもないんだし。他のジャムに魅力負けしてしまうわ」


 学生たちは小馬鹿にするような笑みを浮かべいるが、ドミトル教授は笑っていなかった。


「その理由を聞こう」


 と促され、ココは話を続ける。


「あまりに多い選択肢を前にすると、人は選択できなくなる。それを逆手にとるんです」


 学生たちがポカンとしているので、ココはさらに説明を加える。


「人は基本的に、選択肢は多い方がいい、と思っています。選択肢が多いことを喜びます。だから人を集めたいなら、まず多くの選択肢を用意するのが効果的なんです」


 そこでココは一呼吸置く。


「でも、いざ多くの選択肢を前にすると人は、何を選んだらいいか分からなくなる。決められなくなるんです。そこで、この赤いジャムを『おススメ』として提示する」


 これは実際にココが、ブルーノ料理店でやってきたことだった。乗船病の予防効果のある『今日のススメ』メニューを、より多くの人に食べてもらうために考案した方法。多すぎるほどのメニューを用意し、その上で『今日のおすすめ』を提示する。乗船の合間に食事をしに来る船乗りは、時間がない。十中八九『今日のおススメ』を選んでいた。

 これはココが人間観察の末に辿り着いた、人の選択を操る方法。


「ちょっと待ってよ。体にいいってのは言わないわけ?」

「『赤いジャムを手に取ってもらう』ことだけが目的なら、別に言う必要はないんじゃないでしょうか」


 ココが言い終わるか言い終わらないかのうちに、隣で奇声ともいえる笑い声があがった。


「面白い! そうだよそうだよ。選択というのは非常に負荷のかかる行為だから、こちらが選んであげるという発想はとても理に適っている。ジャムの種類を増やしてその状況をつくりだすというのも面白い」


 ドミトル教授が鼻息荒く言い終わると、ルスランが手を叩きながらココたちのもとへやってきた。


「良い案ですね。ただ医者としては、体に良いということも、理解して欲しい気持ちはありますが」

「そこまで求めるのは酷であるよ、ドクター。全ての人々に理解させ、意識的に選択を変えさせるのは困難だ。そういう意味でも、彼女の発想はかなり現実的といえる」


 彼はぎょろっとした目をさらにぎょろっとさせながら、ジャムをココに差し出してきた。くれるらしい。どうやらすっかりドミトル教授に気に入られてしまったようだ。


(なんだかよくわからないけれど)


 これは結果的においしい燕麦オートミールへの道が開けたのではないだろうか。

 ココは学生たちが教室から出て行ったあと、ドミトル教授に話しかけてみる。


「あの、教授。教授はドミトル商会会長のご子息だとお聞きしました。実は私、商会の燕麦オートミールに興味がありまして。うちの食堂でも、取り扱ってみたいな……なんて……」

「ん? 僕はあの家の養子で、子息は別にいる。何を期待しているか知らんが、僕は商会とはすでに疎遠だ」


 え、あれ。どういうことだ。話しが違うじゃないか。

 ココがルスランの方を見やると、ルスランは、あっれおかしいな、とでもいうように頭をかきながら明後日の方向を向いていた。


「そんなことより君、こういう本は読んだことがあるかね。君は学生たちよりよっぽど見込みがある。ぜひとも読んでみたまえ。僕のおススメをリストアップしておいてあげよう」


 ドミトル教授はさっとノートを取り出すと、万年筆を高速で滑らせる。ちぎって渡されたノートの切れ端には、ぎっしりと本のタイトルが並んでいた。


(ううん、本は……)


 たくさんの中からあれがいいかな、これがいいかな、と選びたいのだが。

 しかし彼のぎょろ目に見つめられると、『選択』自体が楽しみになることもある、とはとても言えなかった。


 ドミトル教授と別れたあと、ココはもらった紙切れを握りしめたまま、じっとルスランの横顔を見つめていた。


「いやほんとに知らなかったんだよ。ドミトル商会と疎遠だったなんて。まあでも、今日は君、よく頑張ったしな。仕入れは無理でも、個人的に燕麦オートミールを買ってあげ――買わせて頂きます」

 

 ルスランが有言実行してくれることに期待し、とりあえず図書館へ向かったココであった。

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