第21話

 マスターキーは美咲に渡している。男性の俺が持っているのは、なんとなく差し障りがあるような気がして渡した。こんな世界に倫理もクソもないはずなのに、常識的なことばっかり行動に移してしまう。とはいえ、これまでにゾンビも殺して、人間も殺して、自分の母親でさえ殺しているのに、そういうことに頓着しないのは矛盾だとも思う。人間らしいと思えばそうだけど、あまりの一貫性のなさに自分自身のこととはいえ、恐ろしくも感じる。


 洗面所にいき、鏡を見る。まともに顔を見ようとするのはいつぶりだろう。相変わらず鏡に映る目は魚のように死んでいる。ずっと取れない目の下の隈、高く形もきれい鼻は唯一の自信に思う特徴だったけれど、少し腫れぼったい唇は、それを上回るほどにコンプレックスだった。


 ただ、年を重ねるにつれ、どうでもよくなっていった。あと10年もすれば、何を諦められるだろう。何を認められるのだろう。人を殺す前の自分と殺した後の自分、なにか見た目で変化があるかもしれないと思っていたけれど、特にない。それは映画や小説のなかの世界の話で、人を殺しているかどうかなんて、見ただけでわかる人なんていない。


 備え付けの冷蔵庫をあける。いまのところ、まだ電気は供給されているため、腐ってはいなかった。ビールを取り出し、テレビをつける。民放は映らない。国営放送のみ、単調な音楽と避難を呼びかける自動音声が淡々と流れている。いずれこの放送もなくなるだろう。


「映画でも見るか。このタイミングでゾンビものを見るのもおもしろいかもしれない」


 ラブホテルの独特なラインナップのなかに、一本だけゾンビ映画があった。パッケージからして見るからにB級だったものの、もう気が紛れればどうでもよかった。ぷしゅっと小気味のいい音とともに泡が溢れる。慌てて口をつけ、溢れるのを防いだ。


「めっちゃうまい、こんなに美味しく感じたのは初めてかも」


 普段は酎ハイばかり呑んでいた。ビールは味があまり得意ではなかったから。あの苦味を理解するには若すぎたのかもしれない。


「つまみも欲しいな。なんかないんか?」


 冷蔵庫の前に舞い戻る。チョコレート菓子しか置いてない。近くの棚をあければポテトチップスを見つけた。


「この組み合わせ、まじで最高。このために生まれてきたといってもいい」


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