第16話

「お前ふざけんなよマジで。このゾンビ倒したら、次はお前を殺すからな」


「重いって、ね、お願い助けて。なんでもするから」


「美咲、女の子の方、助けてあげてもいいかな?」


「は?」


「いや、なんでもするって言ってるから、それに二人より三人の方が、生存率上がるし。ほら、荷物もいっぱい運べるじゃん」


 背後に立っている美咲を振り返るのは、ゾンビと対峙するよりも恐ろしい。努めて顔を見ないように、ただ前だけを見つめる。


「はぁ、しょうがないな。いいよ、別に」


「ありがとう」


 俺は気だるげに女に近寄った。決して積極的に助けたいわけではなく、下心があるわけでもない。ただただ生存確率をあげるため、二人のためにこの女を助けることを美咲に印象付けるために、そうして、女の方にも絶対的にお前が必要なわけではないことを思わせる必要があった。


 飛び出している両腕を引っ張る。


「いたい、いたいって」


 俺はなんとか女を引っ張り上げる。アスファルトと肌が直に擦れたからか、赤い擦り傷は目立つが特に外傷はなさそうだった。


「なに、気持ち悪い」


「いや、お前がもし噛まれでもしていたら、俺らまで危険だろう」


「あっそ」


 女は身体についた砂埃を落とすと、駐車場へと向かってスロープを上がり始める。


「おい、お前どこにいくんだ?」


「お前じゃないんですけど、逃げんだよ。ゾンビの大群から」


「大群……ごめん、美咲、自転車ごとスロープをあがってきてくれ」


 俺は胸に湧き起こる嫌な予感に導かれるように、女を追い越し屋上まで駆ける。放置された車を登り立ち上がれば、周りは低い戸建てばかりだから、かなり遠くまで視認できた。それは最初、黒い塊に見えた。建物を避け、濁流のようにこちらに流れる黒い塊。それは、もう住んでいるマンションの近くまで呑み込もうとしている。俺は生唾を飲み込んだ。


「なんで、こっちに向かってきてんだよ」


「知らないわよ。そんなの。あ、あと、あんた運転できるよね?」


 投げ渡される車のキーを受け取る。


「早く逃げるよ」


「お、おう」

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