第7話 コンビニ
小気味のいいチン、という音と共に、エレベーターは1階に到着した。
不用心かとも思ったが、もしゾンビがいれば、すでに階段から上がってきているはずだとも考え、そのまま乗り込む。幸いにも今日も電気が使える。あとはいつ使えなくなってしまうかが、電子機器に依存している俺たちにとって、最大の懸念点になっていた。
エントランスから歩道へ出る。アスファルトのザクザクした感触が使い古したスニーカーから伝わる。高校生の時分から使っているもので、薄汚れてはいるものの、まだ使用できるからと踵の部分がヨレヨレになっても履き続けていた。
ひりひりとした痛みに、たまらず空に向かって手をかざす。遮るもののない陽光は、もはや苦痛といっても過言ではない。年々、太陽との距離が近づいていると言われても信じてしまうほどに、激しく降り注いでいた。
「日焼け止め塗ってきたらよかったのに」
「いいよ。コンビニはすぐ近くだし。ま、そこで調達できなかったら、スーパーまで足を伸ばさないといけないけど」
駐輪場から自転車を引き出し、美咲を荷台に座らせる。法律に違反しているけど、今となっては誰も咎めないだろう。
美咲はジーンズに白のロングTシャツというラフな格好をしている。引きこもり始めてから服を購入することもなく、胸の成長もあってほとんどのものは着れなくなってしまったらしい。そうして俺のを勝手に使ってはダメにしていっている。
「お前の服も探さないとな」
「別にいいよ。誰に見せるわけでもないんだし」
当分外に出ていなかったからか、美咲は異様に白かった。街中の風景から切り取られたように浮いてしまっている。あまりに場違いな容姿に、これが平和な日常だったら周りからの注目も凄かっただろうなと思ってしまう。
「ほら、はやくいこ」
「わかったよ」
マンションからコンビニまでの道は、徒歩で5分、自転車に乗れば2分ほどで到着するほど、近いところにあった。場所もわかりやすく、エントランスを出て右にまっすぐ行けば、看板が見えてくる。いつものこの時間帯なら子供の遊び声や、散歩中の犬の鳴き声が嫌でも聞こえてくるのに、風にざわざわとする生垣や、自転車の錆びたチェーンの音だけがあった。車通りもなく、通行人もいない。この世界に二人だけしかいないのではないかと思えるくらいに、静けさに満ち満ちていた。
「お兄ちゃん」
「わかってる」
自転車の前カゴから拝借しているバットを取り出す。コンビニの自動ドアにもたれかかるようにして、男がだらしなく座っている。上裸に穴の空いたズボンを履き、こちらに向けた靴底には穴が空いている。漂ってくる汗のきつい臭いから判断すると元々浮浪者だったのかもしれない。
反応もないためもう息絶えているかもしれないけど慎重に一歩ずつ近づいていく。胸の鼓動がうるさい。バットを構えいつでも戦えるようにスタンバイしておく。
「ウォォォ」
あと数歩のところで、ゾンビがこちらに気付いた。ただ、足が不自由なのか、座りながら両手をこちらに突き出しもがいている。
「お兄ちゃん。チャンスだよ」
わかってるよ。そんなことぐらい。胸のなかで毒付いても仕方がないけど、いきなり人を、人だったものを殴りつけるのは、かなり勇気がいることだった。それでも、大きく息を吸い、止める。視線があった。なにか伝えたいことがあったのか妙な間があった。ただ一度流れた水は留まることを知らないように、放たれた力はそのまま頭の天辺に落とされた。
目玉が転がってきてスニーカーの爪先に触れた。
「気持ちわる」
そのまま蹴飛ばすと、側溝に落ちていった。それと同時にスマホの通知音がなった。
「さすがだね。一発で殺せたよ」
美咲は動かなくなったゾンビを蹴り上げる。入り口を封鎖していたゾンビは、うつ伏せに倒れて、ただただ血を垂れ流していた。
「もしかしたら施錠されてるかも。よいしょ、うん、開かないね。これはもう壊すしかないよ」
持ってきていたカバンの中からトンカチを取り出す。
「はい、お兄ちゃん、これで壊してよ」
トンカチを受け取り、少し離れる。どれくらいの力加減かもわからないけど、強くやりすぎて怪我をしても困るため、ちょっとだけ力をいれて自動ドアを叩いた。反動で手元からトンカチが後方に飛んでいく。
「危ないな、もっと離れたほうがいいよ」
「大丈夫、もう離れてるから」
美咲は曖昧に笑っている。
「それならいいや」
今度は力一杯、叩きつける。ガラス全体に大きく、細かいヒビが入る。防犯用の強化ガラスなのか簡単には割れない。
「これ、かなり時間かかるな」
ひとりごちて、何度も何度も叩きつける。次第に割れるというよりもヒビがどんどん広がっていき、ようやく通れるくらいにまで穴が広がった。
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