第5話 初ガチャ

温かいシャワーを全身で浴びながら、排水溝に流れていく血を見ていた。肌にこびりついていた凝固した血液も、液体に還り、下水処理場を経て、川へ運ばれる。川のその向こうには無辺に広がる大海が他の汚水とともに受け入れてくれる。この赤い液体も無色透明に変貌していくことだろう。


 髪を乾かしながら、今後のことを考える。この家はいつまで安全なのだろうか?まだ、こうして電気も水も使用できているものの、いずれすべて止まってしまうに違いない。それに食糧の問題もある。食材はあっても無限に湧いてくるわけではない。調達することも考えないといけない。


 最寄りのコンビニはどうなっているんだろう。明日あたりに周辺のスーパーやコンビニの状況を把握しておく必要がある。避難先などあるのだろうか、そういえば、いまは使ってないラジオがあったはず。ひとまずはネットとそれで情報を得るしかない。部屋着に着替え、洗面所から出ようとすると、美咲が立っていた。


「私も入るね」


「う、うん」


 どぎまぎしてしまう。まともに顔を合わせることさえも、ここ数年はなかった。高校にいかず、部屋から一歩も出なくなった妹、事情を聞いても話してもらえず、露骨に避けられているように感じて、会話をすることさえ諦めてしまった。俺自身もいまの会社で忙しく、構っている余裕さえない。たまに、本当にこれでよかったのかと、後悔することもあったけど、たとい過去に戻れたとしても結果は変わらなかっただろう。


「ごめん」


 リビングのテーブルには、白米に野菜炒め、味噌汁と、ラップして保存してあった。二人分並べられている。俺と美咲の分だろう。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップに注ぐ。よく口をつけて飲んでは母に怒られていた。もう気にしなくてもいいのかと思うと、胸が締め付けられるような心持ちがする。


 美咲を待っている間にスマホを開くと、いつの間にか知らないアプリがインストールされていた。名前は「ゾンビキラー」アイコン自体は真っ黒で何もわからない。とりあえず、開いてみると、同じく真っ黒な背景にガチャとだけ書かれたボタンが真ん中についている。そのまま続けて押してみると、商店街のくじ引きに似た画像が中央にあり、その下には「ガチャを回す」の文字がある。さらに下部へスクロールしていく。各レアリティの排出率、「ガチャレベル1、ノーマル(白)80%・レア(青)15%・スーパーレア(銀)3%・ウルトラレア(金)1.5%・レジェンド(虹)0.5%と書いてある。初回特典として、高レアリティ排出率UP、通常5個必要なクリスタルを3個に減額中とも記載があった。


「なにこれ」


現在所持しているクリスタルは、ちょうど3個だった。そうして、殺したゾンビの数は合計3体。


「まさかな。でもとりあえず、引いてみるしかないか」


 中央にあったくじ引きをタップすると、そのまま周り続け、玉が台座に転がった。金色に輝いており、背景には花火のようなエフェクトが出ている。もう一度、タップすると金の玉が割れて、「ワクチン(5分以内)」という表示があり、スマホを触っていない左手にはいつの間にか小型の注射器が握られていた。


「え、なにこれ」


注射器を確認するとシールが貼られており、スマホで表示されていた「ワクチン(5分以内)」という文字がそのまま記載されている。フォントまで同じだった。


「このアプリのガチャを回すと、現実世界で使用できるアイテムが貰えるってことなのか?でもこのワクチンってもしかして、ゾンビ化してしまった人を戻せるとかじゃないよな。もし本当にそうなら、結衣は」


 頭ではわかっている。このガチャは3体のゾンビを殺したからできたもので、あのタイミングではアプリの存在に気づいていたとしても間に合わなかったこと。たとい、ワクチンが手元にあったとしても、首筋を深く噛みちぎられていた状況では助けようがなかったこと。理解はできても心で納得できない。


 無意識のうちに涙がこぼれていた。いつの間にか泣き始めていた自分に、驚きを覚える。涙を拭いながら、冷静を保つように自分に言い聞かせる。これからどれだけ困難な状況に直面するかわからない。だから、今は強くならなければならない。美咲のためにも。


 美咲がリビングに戻ってきた時、俺はすでに涙を拭いていた。彼女の顔を見ると、何かを感じ取ったのか、心配そうに俺を見つめている。しかし、すぐに笑顔を作り、「ご飯、食べよっか」と言った。


「明日は、近くのスーパーとかコンビニに食料とか残ってないか確認しに行ってみるよ」


「私もいく」


「ダメだ。危ないから家にいて欲しい」


「お兄ちゃん、一人の方が危ないよ。だって、ゾンビがいつ襲ってくるかわからないし、一人で行くより二人で行く方が安全だよね」



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