第5話
警察に電話しよう。いまどういう状況かわからないけれど、なにかしないと。
スマホを起動する。充電が残り20%しかない。通話アプリを開き、3桁の番号を入力する。緑の受話器マークを押せば、少し間があって自動音声が流れ始めた。
「現在、通話が大変混み合っております。お掛け直しください」
一方的に通話は終了した。もしかしたら、同時多発的にこのような状況が各地で起こっているのかも知れない。それなら、警察も救急も繋がるはずがなかった。大阪には800万人近い人間が暮らしている。そうして、東京や関東から避難してきた人間が10万人から約100万人近くいるかもしれない。とうにキャパシティは超えているだろう。
「美咲に電話するか」
泣き疲れぼんやりとした頭で思う。美咲とはここ数年まともに会話もできていない。けれど、今ならそんなことを気にせず、話すことができるような、根拠のない自信が腹の底から湧き上がってくる。これまでに澱のように、脳にこびりついていた思考のカスみたいなものが綺麗さっぱり涙と一緒に流れていったのかもしれない。
メッセージアプリの通話ボタンを押す。数コールしたのち、電話は切られた。
もしかしたら、実家でなにかあったのかもしれない。よくよく考えてみれば、引きこもりの妹と、病弱な母という、どうにもならない二人だ。急いで家に帰らないと。
脳裏に他の同僚の安否を確認することもよぎりはしたものの、これだけのことが不特定多数の場所で行われているのだとしたら、お互いにもう気にしている余裕もないだろう。
急いで車に乗り込み実家にナビを合わせる。早くシャワーも浴びたいし、血や肉片でドロドロになった両手を洗い流したかった。
入り組んだ生活道路を抜け国道沿いに出る。相変わらず路駐が多い。ただ、午後とは異なり、どの車にも人がおらず、街全体がやけに閑散としているように感じる。この時間帯なら帰宅するための人や、酔っ払いなど多くの人で賑わうはずの場所で、人っ子ひとりいないのはあまりに不気味だった。
カーナビを操作してラジオをつける。
「大阪府民のみなさま、こちらは大阪府警察です。ただいま、感染症の広がりを受け、不要不急の外出を自粛をお願いしております。現在、感染症の具体的な発生原因については、調査中となっております。ソーシャルネットワーキングサービスなどのデマ情報を鵜呑みにしないよう落ち着いた行動を心がけてください。また、非常事態であっても、犯罪行為は遡って処罰の対象となります。焦らず、最寄りの警察署に電話してください。つながりにくい場合は、大阪府が提供しているアプリ……」
ほかのラジオ局へ変更しても同じ音声が断続的に繰り返されている。たまらずラジオを切った。行きとは異なり、痛いほどの静寂が車内に広がっていた。
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