13_決着はあっさりと~No time to win~

「え?」「……え?」


 真中だけでなく、スタッフも遅れて気が付いたようだ。


『えっと……前の人が友人らしいし、後ろから手元とか見せてあげた方がいいんじゃないか? って、確かにそうかもね~ 一回ちょっと顧問の先生スタッフに聞いてみるね! ――ってことで、先生そこにいるでしょ?』


「え? あぁ、はい」


 『先生』と呼ばれて少し戸惑った様子だったが、スタッフは気が付くとすぐに駆けつけてきた。


『本当はダメなんだろうけど、こんな機会はめったにないと思うし、初心者の人にもっと楽しんでもらいたいってのもあるから、彼のことはOKにしてくれないかな?』


「う~ん……」


 比和と同じことを、少女も提案してきた。そして、出演者からも同様の提案があったことから、スタッフ自身も判断に困っているようだった。ただ、その配信を同じ場所で見ていた人たちからすれば、それは『当然の配慮』と考えているようだ。


「我々のことはお構いなく! こんなことで目くじらを立てるほど器の小さい人間はここにはいないと信じていますので!」


 恰幅かっぷくの言い男が言うと、その周りからは同調するように肯定的な返事が返ってくる。


「そのとおり!」「右に同じく!」


『ボコボコにされる未来ちゃん希望――って……ヒマラヤ猿人さん酷くない? まぁ、スパチャはてんきゅてんきゅ~だけどさぁ』


 突如として豪傑ごうけつが登場するということが場をさらに盛り上げているようで、比和が座ってキャラクター選択をする頃には、その場にいる全員が配信している画面を――あるいは別のモニターに映し出された対戦画面を食い入るように見つめていた。


「『ふぉっくすている』ってのがプレイヤーネームなのか?」


「おう、一応オレのガチのアカウントだぜ?」


 『ガチの』ということは、そうではないアカウントもあるのだろう――ただ、まだ触って間もない真中でさえ、比和の操作の淀みのなさに、ある種の強さを感じられる。


「俺の分まで勝ってくれよ?」


「ま、任せとけって」


 そう軽口を叩いた比和の対戦は、始めたばかりの真中が見ると、正直言って何が起こっているのかさっぱり分からなかった。


 というのも、『Fight』の文字が出るとすぐに、比和が操作するキャラクターは画面を縦横無尽に駆け回り、対戦相手の攻撃にほとんど当たることなく常に移動し続けたからだ。


『このっ……ちょこまかと‼』


 少女の方も負けじと比和の動きに合わせて攻撃を繰り出そうとするが、その全てが読まれているかのようにかわされ、技のわずかな切れ目を見逃すことなく、的確に比和のキャラクターはカウンターを当て続けていく。


「すっげぇ……」


 真中はただ目を見張るしかなかった。自分があんなに苦戦した相手が、比和の前ではまるで子供のようにあしらわれ、相手になっていない。


『うぅ……くっそぉ……』


 少女から届く声には、いつからか湿り気を帯びはじめてるが、だからと言って比和は容赦ようしゃしなかった。


「悪いね、だけどこれは勝負だから」


 それだけ言うと比和の手の動きが今まで以上に早くなり、最後には操作キャラが決めポーズをして何やらアニメーション交じりの攻撃を繰り出した。


「おぉ! 最後の決め技にそれを選ぶとは流石ですな‼」


 ドサッ――というやや大げさな効果音の後に会場は沸き、画面には『WINNER!』という文字が出てきた。


『もぉぉぉぉぉ‼ あの人強すぎるってぇぇぇぇ‼』


 悲痛な声を出して悔しがる少女だったが、その様子を見て沸く人間も一定数いるようだ。


 配信画面を映し出しているモニターのコメント欄には、今まで以上の速度でコメントが投稿され、中には赤や橙色の枠で囲まれたコメントもそこそこの数が見えていた。


『さすあか! 言い負けっぷりだったね――って……もうちょっと傷心してる女の子を励ましてくれない⁉ マウンティアさんすぱちゃてんきゅてんきゅ~』


 そしてそれらを読み飛ばさないように、少女は一度対戦をやめるようにしたようだ。ゲームの画面は開いたままにして、コメントを読み上げてから簡単な反応をしている。


「さすが、ふぉっくすている殿! 危なげなく勝利されましたな‼」


 筐体きょうたいから離れ、ギャラリーに合流しかけたところで、比和は声をかけられた。


「どうもどうも、今回はたまたまっすよ。やっぱり自分のコントローラーじゃないと微妙にレスポンスの違いがあって何度かミスったところもありましたし」


 声をかけた男性は、比和の後ろに真中を居させようと最初に配慮してくれた、眼鏡をかけた小太りの男だった。


「それはクロスプレイ環境で行われるオンラインの接続環境も影響しているかもしれませんな。遅延については今後、運営の方からパッチ修正が入ってくれることを祈るばかりですな。あ、申し遅れました。私、リュビオーネと申します」


「マジですか⁉ 俺と変わんないランカーさんじゃないですか。お会いできて光栄です」


 リュビオーネと名乗った男と、比和は自然に握手を交わし、ほほ笑んだ。


「え、あの人リュビオーネだって?」「ふぉっくすているとリュビオーネってこの辺りがホームだったの⁉」「まじか~……明日からホーム変えようかなぁ……」


 賛否両論の声が上がる中、配信を見ていたギャラリーからもちらほらと視線を感じるようになっていたが、これ以上のタイミングはないと判断したのか、顧問の先生と呼ばれたスタッフは忙しそうに比和の方へ近づいてきた。


「勝利おめでとうございます。こちらが参加賞で、こっちが勝利記念品です」


 そう言って手渡されたのは、二枚の銀色の小さな包みだ。


「どもっす。あ、リュビオーネさん、自分はこれから友人と用事があるのでこれで失礼します。いつかオンラインで対戦しましょう!」


「そうでしたか……次の予定があるなら仕方ないですな。では、いずれまた‼」


 二人はそれだけ言い、比和の方は渡されたものを素早く受け取ると、そのまま会場を後にした。


「あ、おい……友喜は見ないでいいのか?」


 てっきり比和のことだからこのまま居座るのかと思っていた真中だったが、彼は彼なりの考えがあるようだ。


「ん? 配信なら後でアーカイブで見るよ。今回の目的はこれだしな。それに――」


 比和はぐるりと周りを見渡すように指をさしながら言う。


「ここで俺とあの人がずっといたら、周りに迷惑が掛かっちまうだろ?」


「えっと……?」


 真中は比和の意図がすぐには読み取れなかった。ただ、それを察してか、比和はすぐに補足説明をする。


「これ以上、俺とあの人が居座って悪目立ちすると、このイベント自体が『成功した』って言えなくなっちまうだろ? ランカー同士の動向が気になっちまうからな。そして、あの人はこの後参戦するみたいだから、まだここに居なきゃいけないわけだ。なら、先に終わった俺たちが帰ると方がいいだろ?」


「…………なるほど……」


 どんなことであっても、有名になるとそれなりの苦労があるのかと気が付いた真中だったが、それを見て比和は満足したようだ。


「じゃぁ、せっかく遠出したのもあるし、別のところに行って遊ぼうぜ!」


 そう言ってゲームセンターを後にした。

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