09_隠された優しさ~Justifying the Sabotage~

「はぁ……」


 憂鬱だ――というのが真中の率直な心境だった。


 補欠合格者であることがバレたせいで、クラスメイトから見えない壁が張られているように感じ、そのくせ雑用は押し付けられる。


 そしてその空気を察してか、教員も明言はしないが『勉強をしないとついていけなくなるから気を付けるように』と、わざわざこっち真中を見て行ってくるのだからが悪い。


 今日も朝から『予習をしないといけないから』という理由で、日直の黒板消しの当番を押し付けられた。


 予習をしなければならないのは真中も同じはずだが、そんなことはお構いなしだ。


 当然、予習できていなかった真中は教師に当てられても答えることができず、叱責されてしまう。


 そんなことを繰り返しながらなんとかホームルームを終えると、あとは放課後の課題を済ませるだけだ。


 トイレへ向かい、明日から始まるゴールデンウィーク一人になれる連休のためにも頑張ろうと思っていた矢先だった。


「あ、真中〜 今日も職員室行くんだろ? 悪いけどさ、ついでにこれも持っていってくれる?」


 教室に戻ってきてすぐに渡されたのは、数日前に集めたはずのプリントだ。


「え? これってこの前集めてなかったっけ?」


「そうなんだけどな、色々あって職員室に持っていけなかったんだよ。悪いけど、……な?」


 『ついで』と言いながら、その裏には『代わりに怒られてくれ』という意図が透けて見える。


「えぇ……」


 自分は悪いことをしていないのに、どうして代わりに叱られないといけないのか。心の中ではそう思っていても、それを口に出すことは真中にとっては少し難しい問題だった。


 それに明日からはゴールデンウィークだ。『さっさと終わらせてゆっくり休めるなら……』と諦めながらその書類を受け取ろうとした時だった。


「あ!! 真中、悪いけど今からちょっと手伝ってくれ!!」


 比和が大きな声を上げて真中の腕を掴み、教室の外へ連れて行こうとした。


「ちょっ――比和! おれ達のが先約だって!!」


 話を切られた生徒はやや声を荒げていうが、比和はそれをヘラヘラしながら軽くいなす。


「朝霧、プリントの件だけど、塩谷しおたに先生がめっちゃ怒ってたぞ? 『朝霧以外が持ってきたらきついお灸をえるって本人に伝えておけ』って、わ、悪ぃ悪ぃ」


「な!? おまっ――」


 朝霧と呼ばれた生徒は、血相を変えて真中からプリントをひったくると、そのまま廊下を猛ダッシュしていった。


「え〜……」


 一体何が彼の行動をそこまであからさまに変えるのか、真中は気になりながらも首を突っ込まないほうがいいと思い、あえて聞かないようにした。


「で、だ真中、悪いけどちょっと今から手伝ってくれ」


「えぇ……」


 仲が良いとはいえ、「結局コイツ比和もか」と思った真中だったが、比和から手伝いを要求されたことは今まで一度もない。それに、


 明らかに他のクラスメイトとは違う『お願い』のようだ。


「……ちょっとだけだぞ?」


 日頃から放課後の課題を手伝ってもらっていることもあり、そんな友人への恩返しだと思えば多少は我慢ができると思った真中は、大人しく比和についていくことにした。


「あの、真中くん。今日はこっちに戻ってきてくれるのかな?」


 去り際に後ろから朝霧とは別のクラスメイトから声が掛かるが、


「すまん、真中は今日、オレが貸し切りだ。図書委員の仕事を手伝ってくれるってなら話は別だけど?」


 比和が間髪入れずに断っていく。


「えっと、図書委員の仕事って……」


「そうだなぁ、明日からゴールデンウィークが始まるから、今日は『図書室の清掃』かな? 割と肉体労働だし、背の高い人間がいないと作業がスムーズに進まないから、下手したら下校完了時刻までかかるけど……手伝ってくれるの?」


 比和が期待の眼差しで女子のグループに目を向けるが、それを聞いて快諾する人間は一人もいなかった。それどころか「わ、私は日直の仕事があるからっ!!」と言って、朝から一度もしたことのない黒板の清掃を、血相を変えて始める始末だ。


「あらら、振られっちまったな」


 ケラケラと笑う比和はそれだけいうと、真中には有無を言わせないように荷物を担いだまま図書室へ向かっていく。


「……なぁ、一応OKはしたけど、それって本当に今日一日で終わる内容なのか? オレも放課後の課題があるんだけど……」


 いくら仲が良いとはいえ、比和が要求してきたお願いは、他のクラスメイトの比ではない重労働に聞こえる。


 そもそも、図書委員でない真中がなぜ『背が高くて力持ち』であるという第三者からの思い込みで連れてこられているのかも不思議でしかない。


「大丈夫だよ。課題については佐藤先生に言って、図書委員オレの手伝いをすることで免除してもらうようにしてもらってるし、そのためなら『他の用事を頼まれても全部断っていい』って許可ももらってる。んでもって――」


 ガチャリ――と図書室の鍵を開け、電気を付けると、そこには思いがけない光景が広がっていた。


「図書委員がしなきゃいけないことは、『ゴールデンウィーク前の部屋の清掃』だ。だけど、本当にしなきゃいけないことは『部屋の換気』なんだよな」


「……まじかよ」


 真中が見る限り、図書室内は清掃の必要が無いと言ってもいい程に掃除が行き届いていた。つまり比和は、真中を連れ出す口実として図書委員の仕事を押し付けてきたことになる。


「こうでもしないとお前、あいつらの言う事全部引き受けてただろ? ま、30分も換気してたら帰っても大丈夫だと思うし、何なら好きな本読んでてもいいぞー」


 ケラケラと屈託なく笑う比和の笑顔に、真中は少しだけ救われたような気がした。

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