10_図書室でひと時を~Kick Back in the Library~

「じゃぁ遠慮なく――って言いたいけど、俺が読むような本ってあるか?」


 真中は正直なところ、図書館に置かれているような本で、自分が読めるようなものがあるとは思っていない。


 夏目漱石なつめそうせき森鴎外もりおうがい芥川龍之介あくたがわりゅうのすけなど、どんな図書室にも多少の差はあれ置かれているが、その辺りの文豪と呼ばれる作家たちが書き残した文学と呼ばれるものについては、真中にとって『教科書に載っている小難しい文章の羅列』でしか無い。


「んー……ハジメはライトノベルは読んだことあるか?」


「少しだけならあるけど……」


 ライトノベル――略して『ラノベ』と呼ばれるものも、真中にとってはあまり読み慣れたものではない。


「あんまりって感じだな。だけど、オレのおすすめの本でも一回読んでみろよ。ちょっと古いけど、ハジメなら気にいると思うから、な?」


 そう言って、いそいそと本棚から取り出してきた本の表紙には、拳銃を持った少女がこちらを見つめて立っていた。トレードマークなのか、大きめのゴーグルと、明るい茶色のコートに緑色のポシェットを腰につけたその姿は、タイトルと相まって旅人を彷彿ほうふつとさせる。


「短編集だからハジメでも読みやすいと思うぞ」


「お、おう……」


 少し強引に感じたものの、真中は比和に勧められた一冊を手に取り、頭から読み始めてみる。


「…………なぁ友喜、これって続編じゃないのか? 話が途中から始まってるみたいなんだけど……」


 ただ、その本の最初のストーリーのサブタイトルには『b』と書かれていることもあり、読んでいる内容からも途中から始まっているように感じた。


「あぁ、それはそう言う始まり方なんだよ。まぁさ」


「えぇ……」


 サラッと比和は言うが、活字をあまり読まない真中にすればそれは途方もない時間がかかるようにも思えた。


 とりあえず短編集だと聞いたので、真中はプロローグを飛ばして、その次の話から読み始めることにした。


…………


……………………


………………………………


 話の内容は思っていたよりも簡単だった。


 テレパシーで会話をすることで、思っていたことを素直に伝えれるということが素晴らしいと思ってみんなが始めてみたものの、感情を隠せないがために人間関係が崩れ、全員が隔離生活をしなければならなくなった地域へ訪れる話だった。


 そんな場所で主人公と知り合った二人の男女は、今でも相思相愛であるにも関わらず、お互いの本心を聞くことが怖くて今も距離を取って生活をしている――というようなものだ。


 感情がたかぶることはないが、どことなく考えさせられるような内容だった。


「どうだ? だろ?」


「そこは普通『面白いだろ?』って聞くとこだと思うんだけどな……?」


「本音はそうだけど、それで『面白くない』って言われるとショックだし、『最初から面白い作品』なんて自分が興味のある作品じゃない限り無いって言うのが持論だからな」


 真中の反応を見て、悪くない反応だと判断したのか、比和は満面の笑みを浮かべた。


「続きが読みたいなら貸出簿につけとくぜ?」


「ん〜……ん?」


 少し悩みながら時計を見ると、すでに30分近くが経っていた。


「マジか……」


「割と真剣に読んでくれてたみたいだから声をかけなかったんだよ。……で、どうする?」


 比和は真中にどうするかを聞いてきてはいるが、その手には貸出簿が既に用意されている。


「じゃぁ、せっかくだし借りようかな」


「明日からはゴールデンウィークだからな、ついでにそれの続きも貸し出しにしとくぜ」


 比和の手には続刊が既に用意されていたことから、彼は真中が読みふけっているところを見て『ハマった』と判断していたようだ。


 その用意周到さに苦笑しながらも、真中は手続きを進めていく。


「ったく、用意が良いにも程があるだろ」


「そうか? ハジメのペースでも二冊は余裕だと思うけどな? まぁ、気になるのがあったら他にも貸し出してやるから、今後は気軽に相談してくれよな」


 そこまで読み続けることはあるのだろうか、と一瞬考えた真中だったが、実際のところは帰って続きが読みたいと思っている。


 まんまと比和の術中にハマってしまったと考えながらも、新しい趣味が見つかるかもしれないという期待に、真中は胸をおどらせていた。


「ところでさ――」


 そんなはやる気持ちもそこそこに、比和は手続きを進めながら真中に話しかけてくる。


「うん?」


「明後日空いてるか?」


「明後日って言ったら……日曜日か。一応空いてるけど?」


 クラスメイトの中には既に連泊で旅行に行くグループすらいるというのに、真中のゴールデンウィークの予定は、悲しいことに一つもなかった。


 だからこそ、比和の半ば強引な読書の勧誘にも応じたわけだ。


「じゃぁ、10時に桜田さくらだ駅の近くにあるゲーセンに集合な!」


「わざわざ隣町のゲーセンって……何かあるのか?」


 ゲームセンターに行くだけなら、少女とこの間ひと悶着もんちゃくあったところへ行けば良いはずなのに、あえて隣町へ行くというのは何かしらの理由があると考えるべきだ。


「それがさ、朱峰みらいが来るらしいんだよ!」


 比和は今日一番の満面の笑みで答えてきた。

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