07_誤解と意外な真実~Hints of Hidden Realities~
朝一に話しかけようとして失敗したことを、誰が誤解したのか『真中が告白に失敗した』と噂するようになり、女子から『
放課後になるとその噂は生徒だけでなく教職員にまで届き、真偽はともかく真中は生徒指導室に呼び出されたのだった。
「――つまり、真中くんは昨日のことで黄瀬さんに相談しようとしたってことだね?」
「はい、そうです……」
事情聴取をしている担任の佐藤は、真中の言動からきちんと真実を話していると察したようで、指をこめかみに当てながら唸るように今の状況を説明し始めた。
「う〜ん……君が根回しをしようと自分から動いてくれたことはもちろん助かるんだよ? その方が私としても生徒に頼み事をしやすいからね。ただ、今回は相手とタイミングが悪かったかなぁ……」
「すみません……」
「いや、君が謝る必要はないよ。先生もそのあたりのことを説明していなかったのが悪いからね。それに、黄瀬くんは少し人見知りをするみたいでね、真中くんが声をかけてきたことに少し驚いていたみたいなんだ。もちろん、君が変なことを聞いてきたという認識はなくて、『単に驚いただけ』と言うのは彼女から聞いているから、君を指導することもないんだ。ただ……」
「『ただ』?」
佐藤先生は何か言いにくそうに言い淀んだが、こういう時は大抵ろくなことがない。
「うん……黄瀬くんはあの性格だろ? だから、君の件を相談するのも少し考えた方がいいと思って青山君に相談をしてみたんだよね。そしたら『例の噂』のせいでちょっと難しいかな……って感じなんだ」
「あ〜……」
先生も誤解であることは把握している。なので、そのことを青山に説明すること自体は簡単だろう。ただ、それで彼女が納得してくれるかどうかは別の問題になる。
「だから消去法で行くと、塾に通うか追加課題の提出をしてもらうことになるけど、どっちにする?」
「……課題の方でお願いします」
『学校で居残りなんて小学生以来だ……』と思いながらも、真中は通塾したくない一心で後者を選択した。
「……わかった。だったら悪いけど早速今日からやってもらうよ? とりあえず、このプリントを今日中に提出してくれ」
そして、その答えが返ってくることを予想していたのか、佐藤はプリントを用意していた。
「あ、はい……」
まさか今日から始まるとは思っていなかった真中は面食らうことになったが、その問題を見て真中は胸をなでおろした。
「あの、先生……これを今日中に出せばいいんですよね……?」
プリントは穴埋め問題になっているうえに、問題はほんの少ししか書かれていないのだ。
「まぁ、簡単に解けるといいな。あ、ちゃんと途中式は書くんだぞ?」
佐藤の含みのある物言いに真中はやや不安になるが、そうは言っても読む量が少ないに越したことはない。
「うっす」
だから真中はそれだけいうと、とりあえず教室に戻ってできるだけ速やかに課題を終わらせようとして生徒指導室から出ていった。
「……思ってたより楽そうだな」
扉を閉め、教室へ戻る途中で問題を改めて見てみるが、文字や数字の羅列はほとんど書かれていないと言ってもいい。
下校時刻までまだ数時間もある。最悪、解ききれない場合はそこまで学校にいなければならないということも覚悟していたが、それは真中の思い過ごしでよさそうだ。
「とっとと終わらせて帰るか」
真中は強気になっていた。
「お、ハジメお帰り~」
「あ~……なんだ、友喜か」
「『なんだ』とはご挨拶だなぁ、親友が待ってたんだぜ? ……で、どうだったんだ?」
生徒指導室で何があったのか、比和は興味津々で尋ねてくる。
「何にもお咎めはなかったよ。俺はただ黄瀬さんに相談を持ち掛けようとしただけで、ナンパしようとしたわけじゃないって友喜が一番分かってるだろ?」
「そりゃそうだ」
ケタケタと笑う比和を尻目に、真中は席に座ると問題を解こうとし始めた。
「お? 急に自習し始めるって、らしくないな」
「あ~……先生から追加で課題を出されたんだよ。罰ってわけじゃないけど、『色恋沙汰にうつつを抜かそうとしている余裕があるならこれでもやってから帰れ』って感じで言われてな」
比和の問いに、真中は冗談を含めながら答えるが、質問をしてきた当の本人は「そっか、頑張れよ」と一言だけ言うと、そのままカバンから雑誌を取り出して読み始めた。
「お前……」
「もう放課後だからな、オレは『一度下校をして、友人と遊びに行くために集合場所である教室に居るだけ』だし? 服装が制服なのは『たまたまオレの持ってる私服が制服になっていただけ』だし? カバンに雑誌が入ってても関係ないだろ?」
よくもそこまで悪知恵が働くもんだと、驚きを通り越して呆れる真中だったが、真中はその理論武装を剥がす気も、実力もない。
「怒られても知らねぇぞ?」
それだけ言うと、比和はにやりと笑いながら「任せとけ」と自信満々に言って、雑誌を読みふけりだした。
そんな彼を尻目に、真中は『とりあえずやっている感を出せばOKがもらえそうな課題』に取り掛かる。
「えっと……『次のうち、正しい記述をしているものはどれか答えよ』……?」
一つ、ジョーカーのないトランプを2枚引き、そのカードどちらもスペードである確率は1/16である――
一つ、サイコロを3個振って、出た目の合計が10になる確率は17/108である――
一つ、コイントスを10回行い――
「……え?」
問題は一つしかない。ただ、その問題を解くにあたって行う計算が膨大なものになることは、選択肢を見て初めて気が付いた。
「これ、全部計算しなきゃいけないの……?」
選択肢は全部で6つもある。その上、一つ一つ計算が面倒この上ない。
真中は『楽勝そうだ』という認識が大きな間違いだったことに気が付き、どうしたものかと思い悩んでいると、比和が横から首を伸ばして問題を見てきた。
「なんだ? 共通テストの過去問じゃん」
「え、お前わかるの?」
問題を少し見ただけでわかる比和に真中は心底驚くが、当の本人はどこ吹く風だ。
「本番だと正解そうなやつから計算して時短するのがセオリーだけど、ハジメは多分まだそんな判断つかねぇだろ? とりあえず頭から解いて行くか」
「お、おう……」
そう行って比和は読んでいた雑誌を閉じ、真中の筆箱から適当なシャーペンを取り出すと、机に直接書き始めた。
「トランプは4図柄あって1から13までの数字が書かれてるから全部で52枚あって――」
「ちょっ、おま――机に書くなよ」
「別に紙に書いてもいいけど、跡が残るとばれるぞ?」
「う……」
比和の言うことはもっともだ。ただ、出来るなら紙に書いて残してほしいとも思う真中だった。
「ルーズリーフ! ルーズリーフならいいだろ? ほら!」
「まぁお前がそれでいいならいいんだけどな」
とっさに出てきた妙案とともに、真中はルーズリーフを突き出すと、比和はそこにわざわざ初めから書き直してくれた。
「いいか? この選択肢の場合、トランプを二枚引いてできる組み合わせは52C2の1326通りで、スペードだけを二枚引いてできる組み合わせは13C2の78通りあるわけだ。だから、全体の1326通りのうち、選択肢のスペードが二枚とも出てくる組み合わせは78通りで、78/1326になるから……1/17だな」
「お、おう……?」
ただ、それが理解できるかどうかは別問題だ。
「確率の問題はサービス問題だからこういった解き方ができるといいんだけどな……この問題を解くだけでいいなら、最初52枚から13枚引いて、そのあと51枚から12枚引きゃいいわけだから、13/52×12/51で1/17になるはずだぜ?」
「…………まじかよ」
比和の言う通りに真中が計算してみると、実際その通りになった。
「じゃぁ次の選択肢だけどな――」
どんどん進めていく比和の解説だったが、そのどれもが真中に理解しやすいようかみ砕かれた内容だったこともあり、『実は比和は頭がいいのでは?』と真中は彼の意外な一面を垣間見たような気がした。
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