06_決意の朝と黄色の花~Gleaming Dawn and Yellow Blossoms~

 面談の翌日、真中はいつもより少し早めに登校した。


 というのも、青山か黄瀬のどちらかが居れば、先生と話したことを一度相談してみようと思ったからだ。


「おはよ~」


 ガラッと教室のドアを開け、社交辞令のあいさつをしてから中を見渡すと、そこにいる同級生はまばらだった。


 挨拶を返してくれる人もいれば、昨日の面談のことを聞いてくる人もいた。


 席に荷物を置くために移動しながら適当な会話をし、一段落付けてから、教室の端で文庫本を読んでいる少女に声をかけようとする。


「あ~……あっ――」


 ただ、ここに来て真中は気が付いた。男子生徒が女子生徒に話しかけるとはどういう意味を持つのかを――


 出身中学校が同じであれば、旧知の仲ということで会話することもあるだろう。しかし、真中と黄瀬はそういった繋がりはない。


 恋人同士であれば、朝から仲睦なかむつまじく会話することもあるだろう。しかし、二人はそういった間柄ではない。


 であれば、男子生徒から女子生徒に話しかけることは、他の生徒からすれば『何かしら特別な意図がある』と考えてしまう。実際、真中も他の男子生徒が女子生徒に話しかけるところを見かけると、を想像してしまうだろう。


「うわぁ……どうしよう……」


 話すきっかけをつかめずに途方とほうに暮れる真中だったが、待っていたかのようなタイミングで救世主が現れた。


「フツーに話しかけりゃいいんじゃねぇの?」


「うぉっ!? と、友喜!?」


 いつの間にか隣の席に比和が座っていた。


「一つのことに意識が向くと、ハジメは周りが見えないんだな」


 細い目を更に細めてケタケタと笑う比和に心底驚いた真中だが、驚いた時に言われた一言を思い返し、真中は別の意味で悩むことになった。


「……なぁ、『普通』ってなんだ……?」


「おいおい、えらく哲学的だな」


「冗談ばっか言うなって」


「悪い悪い、あんまりにも黄瀬さんのこと凝視してるから、てっきり告白でもするのか? って思っちまったからなぁ」


 『そんなこと無いのは分かってる』と言いたげな表情を見せてくる比和に、真中はやれやれと思いながら悩みを打ち明ける。どういうわけか、真中にとって比和は相談しやすい相手のようだ。


「黄瀬さんに少し頼みたいことがあるんだよ。って言っても『恋人になってくれ』とかそういうのじゃないんだけどな」


 少し真面目な雰囲気を察してか、比和の目つきが少し変わった。


「ふーん……じゃぁさ、あの本が何の本なのか聞くことから始めりゃいいんじゃねぇの?」


「あ~……」


 確かに、入学当初からずっと読んでいるそれが何なのか、気にならないわけではなかった。


 ただ、その読書に没頭している姿から、何とも言えない近寄りがたさも感じていた。


 とはいえ、真中は行動を起こさなければならない。いくら担任が話をつけてくれるからと言ってそれまで何も行動をしないということは、真中にとってはあまり好ましいものではないからだ。


「じゃ、じゃぁ……一回行ってくる……」


「そんなに緊張するなって、気楽にいけばいいんだよ気楽に」


 別に告白しに行くわけではないにせよ、他人が集中しているところに話しかけに行くのだ。何となくではあっても、真中は緊張を隠せなかった。


「う、うるせぇ……」


 そもそも、異性とあまり話したことすらない。声が上ずらないように気を付けつつ、比和からアドバイスされたように声をかけてみる。


「あ、お、おはよう黄瀬さん」


「あ……おは…………ます……」


 真中が声をかけると、肩を少しビクッとさせてから蚊の鳴くような声で返事が返ってきた。


「黄瀬さんっていつも本を読んでるよね? それ、なんて本なの?」


「あ、えっと……」


 唐突に男子生徒から聞かれて困っているのか、答えにくい内容の物なのか、理由はどうであれ、黄瀬から答えが返ってくるまで少し時間がかかった。


「こういう……小説、なん……だ……けど……」


 ブックカバーを表紙が見えるように外し、見せてくるとそこにはアニメ調で少年少女のイラストが描かれている。


「ライトノベルって、言うの……」


「ライトノベル……?」


 本をあまり読まない真中からすると、正直どのあたりがなのかあまりよくわからない。ただその本の表紙を見て、真中はあることを思い出した。


「黄瀬さんって……もしかして一昨日アニマイトに居た?」


「え……?」


 『どうして知っているのか』と驚く様子を見て、真中は確信する。


「ほら、一昨日ぶつかっちゃったでしょ? あの時はごめんね、ちょっとアイツが熱くなっちゃって……」


 真中は比和を指をさしながら、改めて謝罪をすると、黄瀬もようやく気が付いたようだ。


「あっ!! あの時はそのっ――……ご、ごめんなさい!!」


 ただ、顔を真っ赤にしてそそくさと出て行ってしまった。


「あ、ちょっと――」


 真中の制止も耳に入っていない様子だったが、その様子は傍から見れば別の意味にも見えてくる。


、ハジメ」


「……うるせぇ……」


 ことの顛末てんまつを知っていて、なおも茶化してくる比和に若干イラっとする真中だったが、それ以上に話の切り出し方が悪かったせいで、本題を伝えれなかったことに真中は少し焦りを感じていた。

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