05_選択は放課後に~Facing Choices in After School~

 真中が黄瀬に対して『どこかで会った気がする』と言ったことに、比和は『そういう口説き文句は今どき古いから流行らない』と指摘してきたが、それが勘違いだったことに気が付くまで時間はかからなかった。


 ただ、その後も真中はいつ黄瀬と会ったかはっきりしないまま昼休みが終わってしまったので、仕方なく真中は『他人の空似だ』と一度結論付けることにした。


 そうして『黄瀬とどこで会ったか』という疑問を持ったことすら忘れて放課後のホームルームになると、担任の佐藤先生から一つお知らせがあるとのことだった。


「えー入学式を終えてまだ間もない君たちですが、ホームルームのたびに、号令をかける人が変わるのはあまり好ましくないでしょう? それを感じてか、青山君がこのクラスの委員長を買って出てくれることになりました。本当は明日に委員会の参加者を募る予定だったのですが、異議がなければこの時点で決定しようと思います」


 佐藤先生の提案に、クラスの男子は「異議義ナーシ!」や「これで明日の委員を決めるの楽になるぜ!!」と喜びの声を上げ、女子から特に反論が出なかったので、それを先生は『賛成多数』と判断したようだ。


「では、異議はないということで、青山君、号令をお願いします」


 あっさりと青山が委員長の席に納まった。


「分かりました。起立っ――」


~♪~♪~♪~


 青山が委員長に就任されたあとのホームルームの内容は、翌日の予定を簡単に伝えるものだった。

 ただ、いくつかある連絡事項の中で『翌日の放課後から面談がある』と聞き、真中はやや気が重くなっていた。


「はぁ、明日なんか来なければいいのに……」


「どうしたんだ? 明日なんか嫌なことあったっけ?」


 ボヤいた声が少し大きかったのか、キョトンとした顔で比和が真中に聞いてくる。どうやら比和にとって明日の面談は大したものではないらしい。


「いや、明日の面談だよ」


「あー、あれか。どうせ『学校生活が始まってどうだ?』って聞かれるだけじゃないか?」


「だといいんだけどな……」


 思わずため息が出た真中だったが、翌日の放課後になって生徒指導室へ呼び出されると、それは最悪の方向で想像通りになってしまった。


「――でだ、『補欠合格者』である真中君はね、勉学に関しては他のみんなに比べてより一層頑張ってもらう必要があるんだ」


「はい……」


 補欠合格者――


 読んで字のごとく、補欠合格者は正式な合格者ではない。


 入学辞退者が出た時に、学校が定員割れを起こさないようにするために合格者として認められた補欠要員で、それが真中だった。


「入学規則にもあるように、補欠合格者は成績が普通合格者の総合平均点を、『当校が指定する学習塾に通塾する』『学校から出される追加の課題を期限内に提出する』あるいは『成績優秀者から直接指導を受ける』このいずれかを最低一つは実行しなくちゃいけないんだけど、君はどれにする?」


「えぇっと……」


 『全部嫌だ』というのが真中の正直なところだ。


 塾や追加の講義は、時間がとられるのはもちろん、追加で費用面の負担がかかってしまう。ただでさえ私立学校に通っているということもあって、金銭的負担が増える前者の二つは避けたいところだった。


 ただ、最後の一つはではあるものの『最悪』の一言に尽きる――らしい。



 曰く、卒業まで成績優秀者の言いなりになる――


 曰く、同級生全員に雑用を押し付けられる――


 曰く、成績が上がる見込みはない――



 そんな根も葉もないとは言い切れないうわさが飛び交い、精神的には一番辛いものがあるが、金銭面のことを考えると背に腹はえられない。


「その……担当する成績優秀者って、俺の場合は誰になるんですか?」


 だから真中はその『最悪』を選択したのだが、その答えが返ってくることは予想していなかったようだ。担任の佐藤も真中の返事を聞いて目を丸くした。


「真中君……いや、君が良いなら別に良いのだけど……そうだな……基本的には君と同じクラスに所属する誰かになるから、君のクラスだと……青山あおやま君か黄瀬きせ君か、ひ――……うん、二人のうちどちらかだね」


「マジですか……」


 最後の一人は何故か除外されてしまったこともあり、真中は二人の内から決めなければいけない。


 ただ、入学二日目から白い目で見られるようになった青山に頼んだところで、断られることは火を見るよりも明らかだ。


 となれば残るは消去法で黄瀬しかいないが、果たしてこの制度を彼女が受け入れてくれるかは別の話である。


「ま、まぁ真中君が本当にそれで良いなら先生からも二人に一度声をかけてみるけど……本当に良いのかい?」


 担任が念を押してくる程度には、この選択をする生徒は少ないのだろう。ただ、背に腹は代えられない。


「もし、どっちもダメだったら考え直させてください」


 真中はそう返事し、担任の佐藤は『そうか、分かった……』と言ってこめかみのあたりを押さえた。

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