04_新しい日々~Enter the new days~

 入学式の翌日になると、浮き足立っていた感覚はまだ残っているものの、真中が教室についたころには、すでにいくつかのグループが出来ていた。


 昨日のテレビについて感想を言い合うグループや、制服のまま外でバスケをするグループ、美容や有名俳優について熱心に意見交換をしている女子のグループなど、人数も話題も様々だ。


 真中が何となく教室のグループを確認していると、背後から元気よく声をかけられた。


「おっす、ハジメ! 昨日は楽しかったな!」


「おはよう……友喜ともき?」


 ゲーセンで勝ったものの、結果としては目的のものが買えなかったのだから、真中は比和がてっきりどんよりした様子で登校してくると思っていた。


 しかしその予想とは裏腹に、比和はさわやかな顔をしていた。


「昨日買えなかったってのにずいぶんと爽やかだな……?」


 正直、少し気味が悪いと思った真中だったが、比和はニヒルな笑みを浮かべた。


「フッフッフ……オレのことを見くびってもらっちゃ困るなぁ真中くん」


 そう言いながら、比和はカバンの中から一つの紙袋を取り出した。


「お前、まさか……」


「そう、そのまさかさ! 昨日あの後に自転車で行ってきたぜ!!」


「嘘だろ……昨日のあの時間からか?」


 時計は見ていなかったが、夕方で影が長くなっている頃に解散した。隣町まで自転車で行くとなれば、少なくとも30分はかかる。


 真中は、比和の情熱からくる行動力に、呆れ半分、驚き半分の感情を抱いた。


「マジだからここにあるんだぜ? とは言っても、昨日帰ってすぐ寝ちまったからな、朝礼まで暇だしちょっと読もうと思ってな」


 そう言って包み紙を破り、本を広げようとしたところで、後ろからわざとらしく咳払いが聞こえてきた。


「んっんん……今日の私は少し調子が悪いみたいだ。あるはずのないものが私の目の前にあるみたいだからな」


 咳払いした方を見てみると、そこにはよく手入れされたあい色の長い髪をポニーテールにまとめた少女が、冷ややかな目をこちらに向けて立っていた。


「あ、青山……さん……」


 たかのように鋭い目力をもつ、濃いエメラルドグリーンの瞳を持つ青山と呼ばれた少女は、やや委縮した真中には目もくれず、比和の方を見て嫌悪感をむき出しにしながら指摘をしてくる。


「学校は勉学や運動に専念する場だぞ? それは一体何だ?」


「あ~……まぁこれは……カバンに入ってたんだよ」


 比和は適当に言い訳をしながらそそくさとバッグにしまい、逃げるように自分の席へ戻っていった。


「全く……君も友人とはいえ、校則違反をしていたら注意するべきだぞ?」


 やや高圧的な物言いにムッとした真中だったが、彼女の言うことにも一理ある。


「……次から気を付けるよ」


 ふてくされながらも真中がそう口にすると、青山は少し満足したようにコクリとうなずき、そのまま席に戻っていった。


 朝から真中が憂鬱ゆううつな気分になったことは言うまでもない。



~♪~♪~♪~



 青山に注意を受けた比和は、普通に授業を受けていた。そして特に何も起きることなく昼休みがやってくると、比和はと真中の方へやってきた。


「ハジメ! 一緒に昼飯食おうぜ!」


 そう言って比和は、空いていた真中の後ろの席に座り、コンビニのおにぎりを頬張ほおばり始めた。


「コンビニのおにぎりとはブルジョアな食べ物を……」


「いやぁ、昨日『炊飯器の予約入れておく当番』だったことをすっかり忘れたまま寝ちまってな……朝になって気がついて母ちゃんから大目玉さ。これだって自腹だぜ?」


 昨日「電車賃が〜」と言っていた人間の口から到底出てくるとは思えないセリフがいくつかあったものの、真中は頬張っていた弁当と一緒に、言いたいことを飲み込んだ。


「んぐ……で、友喜は一体何を企んでるんだ?」


 昼ご飯を一緒に食べているのに、比和の視線はある一点を見つめている。『何もない』わけがない。


「まぁ、なぁと思って」


 声を小さくして答えた比和の視線の先にいる人物は、談笑することなく姿勢を正して弁当を食べている。


「あー……なるほどね……」


 確かに、朝の一件で彼女が規則に厳しいことは理解した。朝のように不用意に取り出せばどうなるかは想像に難くない。


「俺を死角にしようってか?」


「御名答~♪ ついでにアラート役もしてくれるとむちゃくちゃ助かる」


 しれっと真中の役割を増やした比和は、コンビニの袋から紙袋を取り出し、青山から隠れるように雑誌を読み始めた。


「ったく……」


 頼られることは嫌いではない。だから真中は、多少わざとらしくあるものの、席を少しずらして青山の視界から比和が見えにくくなるように努めた。


 そしてしばらくすると、青山も昼食を食べ終わったようだ。テキパキと弁当箱を片付けて時間を確認すると、何か用事があったのかそのまま教室を出て行った。二人に冷ややかな視線を向けてからだが……


「…………ありゃバレてたな……智喜、青山さんどっかに行ったみたいだぞ?」


「あぁ…………きっと職員室だろうな」


 雑誌を読むことを優先したいのか、比和は目線を雑誌から話すことなく真中からの報告に反応した。


「職員室? なんか怒られるようなことしたっけ?」


「逆だよ逆、怒られるどころか先生から感謝されると思うぜ? 入学して早々に『生徒会に入りたい』って言ってたからな」


「え、いつ?」


「ハジメが登校してきたとき後ろから声をかけられただろ? アレは職員室に行ってきた帰りだったんだぜ?」


「マジか……」


 予鈴までそこそこ時間に余裕を持たせて登校したはずの真中だったが、青山はそれよりはるかに早い時間に登校していたということになる。


 ただ、その事実を比和が知っていることの方が、真中にとっては驚きだった。


「……なぁ、友喜……お前、俺の後ろから声をかけてきたよな……? いつから居たんだ?」


 比和はニカッと笑うと、当たり前のように答えた。


「そりゃ、学校が開門してすぐさ。お前が来たら後ろから声をかけて驚かせてやろうと思ってな」


 よくそんなくだらないことに労力を全力でつぎ込めるもんだ、と真中は呆れを通り越して感心すら覚える。


「その労力をもっと別のことに使えなかったのか……?」


 ジトッ――と真中は比和に非難の目を向けるが、彼はどこ吹く風だ。それどころか雑誌にいつか穴が開くんじゃないかと思えるくらいに読み込んでいる。


「…………」


 会話が続かない。ただ、嫌な感じはしなかった。どちらかというと、お互いが程よい距離感を保ち、まったりと時が流れていることを実感できるような感じだ。


 そんなゆったりした雰囲気を味わいながら、何となく周りを見渡していると、一人だけグループから外れている少女がいた。


 彼女は周りで女子たちが話をしていることを気にも留めず、それどころか比和のように何かを読んでいる。少女の読んでいるそれは、雑誌のたぐいではなく手持ちサイズの小説のように見えるが、紙のブックカバーをつけられていることもあって本のタイトルまでは分からない。


「……そんなに彼女のことが気になるのか?」


 比和のその言葉に真中はドキッとした。


「い、いや――……ってのは嘘だな……何かあの人とは『初めまして』じゃない気がするんだよなぁ……」


 心中を当てられたと思ったので、真中は正直に白状したつもりだったが、比和はそんな真中の反応を見て目を丸くした。


「え、ハジメと黄瀬さんって同中おなちゅうだったのか?」


「いや、違うんだけど……なんていうか……


 歯切れの悪い真中の回答に、比和は読んでいた雑誌から視線を外すと、真中に向かって割とまじめな口調でさとしてくる。


「いいかハジメ、女の子を口説くならそのセリフはやめておいた方がいいと思うぞ?」


「いや、口説こうとしてるわけじゃねぇよ……」

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