02_譲れないモノ~Committed Convictions~

 入学式を終え、放課後になった真中と比和は、商店街を通り抜けて『アニマイト』というアニメショップへ向かっていた。


 理由はいたってシンプルで、比和に誘われたからである。


「なんか悪いな、もう少し学校に居てもよかったんだけど、欲しい月刊誌が今日販売だったんだよな」


「へぇ、なんて雑誌なんだ?」


 真中の質問に、待ってましたと言わんばかりに比和は目を輝かせて答える。


「『マニアックゲーマーズ』って月刊誌なんだけどな、オレがよくやってる格ゲーの情報が載ってて、絶対手に入れたいんだよ! 書籍での発行部数は少なくて、今だとオンラインで電子版も買えるんだけど、ほら……雑誌って電子書籍だと読みにくいし、紙で読みたいじゃん?」


「お、おう……」


 比和の饒舌じょうぜつさに驚きながらも、二人は店内に入り、雑誌のコーナーへ向かった。


 そして比和は、慣れた様子で陳列されている雑誌を見ていく。


「えっと……月刊、月刊……マガジャンじゃなくて~……お、あったあった――」


 目当ての雑誌は、比和の言うとおり人気があまりない雑誌のようだ。月刊誌の中でも、その雑誌は背表紙だけが見えるように棚に陳列されていた。


「これだよこれ、去年の終わり位からVチューバーの朱峰あかみねみらいって人が登場する『ゼロから始める格闘ゲーム』って特集を組んでて、売り切れしやすいみたいなんだけど……何はともあれ、最後の一冊だけど手に入って助かったぜ」


 そういって胸をなでおろす比和。しかし、突然背後から驚きの声が上がった。


「あっ!! ……それってもしかして『マニアックゲーマーズ』ッスか!?」


 声のした方を見てみると、そこには少女がいた。


 歳は真中より少し幼く見えるが、濃い緑色のベレー帽を被り、短く切られた赤いくせ毛と、何のフォントかわからない文字が入った服を着ている。活発そうな印象だ。


「……知り合い?」


 だから真中は比和の知り合いなのかと思い、確認しようとしたのだが、予想外の答えが返ってきた。


「いや、知らない子だよ?」「初めましてッスよ?」


「……え?」


 まさか二人から否定されると思っていなかった真中は混乱したが、二人は話を進めていく。


「オレが持ってるのは確かに『マニアックゲーマーズ』だけど、どうかしたの?」


「やっぱりそうッスか……お兄さん、それ――」


「譲らないぜ?」


「まだ何も言ってないッスよ!?」


「いや、今のは明らかに『寄越せ』って言いかけてたよね君?」


 少女と比和の空気が変わった。言葉のやり取りからバチバチと火花が飛び交っているような感覚になり、身の危険すら感じる。


「と、とりあえず店員さんに確認とってもらったらどうかなぁ……?」


「『本棚にあるのが最後の一冊だ』って聞いたから飛んできたんス! 今月号の応募券で、赤峰みらい等身大タペストリーが当たるかもしれないんスよ!! だから、譲ってくださいッス!!」


 言うやいなや、少女は比和の持っている雑誌を奪おうと突進してきた。


「すまんがそれは聞けないお願いだ!」


 比和は雑誌を片手で高く掲げたが、少女の動きの方がわずかに早かった。本は二人の腕に引っ張られるような形に留まった。


「オレだって今月号の懸賞で応募したいやつがあるんだよ!!」


「何の懸賞ッスか? どうせ当たらないから私が代わりにその応募券を有効活用してあげるッスよ!」


「んなのやってみなきゃ分からねぇだろ!? ってか、となり町の本屋に行きなよっ!! あっちならここより大きいから絶対置いてるでしょ?」


「残っ念スが、私のお小遣いだと往復すると電車賃でこの本が買えなくなるんッス!」


「自転車使いなよ……っ!!」


「自転車に乗れないんスっ……!!」


「じゃあ、諦めなよ……!!」


「嫌ッスぅぅ!!」


 お互い一歩も譲らないため、閑散としていたはずの店内に、人が少しずつ集まり始めた。


「二人ともそろそろやめろよ、店の人にも迷惑かけちまうぞ?」


「確かに。だけど、オレにも譲れない理由があるんだよ?」


 真中は比和の清々しい笑みを見て、嫌な予感を覚えながらあえて聞いてみた。


「……理由って?」


「電車賃が……ないっ!」


「あなたもスか!? まだ月が始まったばっかスよ!? 一体、お小遣いの管理どうなってるんスかぁ!?」


「君には言われたくねぇぇぇ」


 二人の言い分はもっともだったが、人だかりのせいで店員も見かねて動き始めたようだ。


「友喜、マジでヤバイって! 何でそんなにこの雑誌にこだわるんだよ?」


「この雑誌の懸賞に、GGの世界大会の優先観戦権があるんだよ!!」


 その言葉を聞いて少女は驚いたようだ。


「え、今GGって――」


「うわ馬鹿っ!! 急に手を離すな!!」


 勢いで本は比和の手中に収まったが、比和はそのまま真中に突っ込むしかなかった。


「ハジメすまんっ!」


「うわっ」「きゃっ――」


 比和が真中を突飛ばし、真中が側にいた買い物客に当たってしまった。


「あっ、すみません! 拾うの手伝います!!」


「い、いえ、大丈夫です」


 当たった拍子にいくつか文庫を落としてしまったようだったので、真中は慌ててそれらを拾い、被害者の少女に手渡す。


「あの――」


「あ、ありがとうございました!! 私はこれで!!」


 そういって少女は逃げるように駆け足でレジまで行ってしまった。


 改めてきちんと謝罪をしようとしていた真中だったが、それができず、胸にもやもやとしたものが残ってしまった。


「ったく、元凶のお二人さん、ちょっと話したいことが――」


「ハジメ、こっちに来てくれ」


 注意しようとした真中を遮り、比和が呼び寄せてきた。


「……何があったんだ?」


 とりあえず呼ばれたので二人の元へ戻ると、真中は比和の手に雑誌がないことに気が付いた。


「あれ? 結局譲ったのか?」


「いや、今からその本を賭けて、勝負することになったんだよ」


「……は? 勝負? どうやって?」


 困惑する真中をよそに、比和そ少女が二人でどんどん話を進めていく。


「いや、この子もGGやってるみたいだから、それなら近くにあるゲーセンで白黒つけようって話になったんだよ」


「勝負は2ラウンド先取の3試合先取で良いッスよね?」


「お、大会ルールか、良いぜ? 何なら試合間でのキャラ変更は認めてやるよ?」


「それは負けた時の予防線ッスか? 自分もそれでいいッスよ」


「じゃぁ……」


「今から行くッスよ!!」


 さっきまでの険悪だった空気はどこへ行ってしまったのかと、頭が痛くなる真中だった。

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