01_友情は走り出す~Break the melancholy~

 真中まなかはじめは自他ともに認める普通の男子高校生だ。


 成績が特別良いわけでも、運動が大の苦手というわけでもない。


 幸いなことと言えば、頑強な体つきで、面倒なトラブルに巻き込まれなかったことぐらいだ。


 何にせよ、真中の中学校生活は可もなく不可もなくといったところで三年が過ぎ、彼の人生は次のステージへ進んだ。



 私立五行ごぎょう高校――



 そこが春から真中の通う高校の名前である。


 校舎は最新設備が整っており、広大な運動場も完備。しかも、真中の自宅から一本の電車で通える距離にあった。これらの好条件がそろっていたので、彼はこの高校を選んだのだ。ただ、この結末は喜びよりも心残りが先にくる。


「……はぁ……あの時に何でかかっちまったんだろうなぁ……」


 中学校時代、教師たちからの評価も上々で、やや偏差値の高いこの学校を受験して桜が咲いた合格したとはいえ、真中が進学を希望していた高校は別にあった。ただ、彼は試験当日、世界的なパンデミックを起こした病気に感染してしまい、隔離されることになってしまったのだ。


 再試験の機会もなく、結果として真中はこの私立高校へと進路が決まることになると、真中は高校浪人も考えた。


 しかし、先生の説得や父親の助言もあり、この学校での新たなスタートを受け入れることにしたのだ。


「あ~……入学式からこんな気持ちでやってけるのかなぁ……」


 ただ、受け入れたからと言って、すぐに気持ちを切り替えることは難しい。


 ピッ――と定期券が読み込まれて改札口が開き、後は少し長い商店街を進めば正門……というところまで来ているにもかかわらず、真中の心には暗雲が立ち込めている。


 最終的に選んだのは自分だとは言え、この選択は正しかったのか? そういう疑念に駆られていると、突然背後から声をかけられた。


「おっす、初めましてだなご学友! どうしたんだ? 腹でも下したか?」


 寝癖が取れていない金髪と、フチの目立たないメガネという相反するものが、絶妙に様になっている少年だった。


 今日が入学式だというのに、いきなり制服を着崩していることに驚きはしたものの、その着こなしも慣れた雰囲気を出している。


「お、おう。腹は大丈夫なんだけど、ちょっとあってな……」


 さすがに『いまさら入学した高校に行きたいと思わなくなってきている』なんて言うことはできない。言えば微妙な空気になるのはわかりきっているからだ。


「まぁ、言いたくないなら詮索せんさくはしないけどさ、ぼちぼち急がねぇとチャイムが鳴っちまうぜ?」


 親指を突き立てて示した先の時計を見てみると、すでに8時15分を回っていた。


「やっべ……」


 入学初日から遅刻なんて不名誉なことはしたくない。そう思って真中はやや駆け足で商店街を抜けていく。


「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ………………あっ」


 そういえば親切にも忠告してくれた彼を置いてきてしまった。せめてお礼だけでも言っておけばよかったと脳裏にをよぎった真中だが、その心配は無用だった。


「お、勝ちを譲ってくれるのかい? じゃあ約束通り、正門に先に着いた方が『欲しいジュースを買ってもらえる権』はオレのもんだな!」


 金髪のメガネはすぐ後ろを着いてきていた。ただ、そんな約束の話は一度もしていない上に、了承した覚えもない。


「は!? んな約束してないぞ!」


「今決めたんだよ! んじゃ、おっ先~」


 そう言って全く待つ様子もなく、彼は真中を置いて走っていく。


「ま、待てって!!」


 思わず追いかけようと真中は走り出すが、中々追いつけない。


「クッソ……意外と速いのかよあいつ……」


 こんなことなら気にせず走っておけばよかったと内心で毒づく真中だったが、前を走るメガネはどこ吹く風だ。それどころか――


「そういや名前聞いてなかったな! オレは比和ひわ友喜ともき! お前は!?」


 走りながら質問をしてくる余裕すらあるようだ。


真中まなかはじめだ!!」


「ハジメだな!! オレのことは友喜で良いぞ!!」


「いきなり呼び捨てかよ!?」


 走りながらの会話は自然と声も大きくなる。周囲からは『何だ喧嘩か?』といった目を向けられるが、今はそれどころではない。


「あぁ、だってオレ達はもう友達だろ?」


「え……?」


 その一言に、真中の心臓が一瞬ドキッとした。友達と呼ばれたことに対しての驚きと嬉しさが入り混じった結果だ。


「ずいぶんあっさりと言ってくれるな!!」


 真中は友達が少なかったわけではない。ただ、比和のように、屈託くったくなく友だちと言ってくれた相手は数えるほどしかいなかったこともあり、彼の言葉は新鮮で心地よかった。


 高校になって初めての友達とは良い関係になれそうだと目頭が熱くなった真中だが、気が付くと比和との差が急に縮まっている。


 もしかすると、自分に発破をかけるためにわざと勝負を仕掛けてきたのかと思った真中だったが、成り行きとはいえこれは真剣勝負、手を抜くわけにはいかない。


「ジュースはおごってもらうぜ!!」


 いともたやすく比和を抜き去り、後は校門まで走り切ればゴールなのだが……


「はっはっはぁ残念だったな! もうここは校門を過ぎてるぜ~?」


「……はぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 比和の言うとおり、校門ゴールは遥か後方に位置していた。


「んじゃ、オレはサイダーな。先にクラス分け表は探しておいてやろう。なぁに、礼は要らないさ」


 そう言って比和はひらひらと手を後ろ手に振りながら、真中を置いて先に生徒が群がる掲示板へと歩いて行ったのだった。


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