第9話 抜けがけは花火大会で

 夏休みが始まった。

 衣緒里は雪矢に内緒で晴臣と花火大会に遊びに行く約束をした。雪矢に知られると面倒なので、衣緒里はその話をしていない。

「夏休みになったな、衣緒里」

「そうだね、雪矢さん」

「一緒にどこかに出かけるかい?」

「あ、えと、宿題を先にやっちゃいたいから当分はいいかな」

「高校生と言えば遊びたい盛りだろうに」

「まぁね」

 晴臣と遊びに行く約束をしたとは口が裂けても言えそうにない。

 花火大会当日の夕方は、衣緒里は友達の家で勉強をすると言って出かけてきた。ここのところ宿題ばかりしていた衣緒里を見ていた雪矢は、快く送り出した。

「今日は遅くなるかも」

「そんなに難しい宿題なら僕も手伝おうか」

「いやいや、いいよ。手伝ってもらったら意味がないし」

 なんとか誤魔化して出てきた衣緒里だった。


 晴臣の家に行くと、晴臣のお母さんが出迎えてくれた。

「待ってたわ、衣緒里ちゃん。さあさあ、早速着付けてあげるわね」

 衣緒里は客室の座敷に連れて行かれた。

「私の若い頃の浴衣なの。私には娘がいないから、衣緒里ちゃんに着てもらえて嬉しいわ」

「ありがとうございます。大切に着ますね」

「さぁ、できたわよ」

 黄色地に白い花を散らした浴衣に、白い帯を締めた。

「髪も結いましょ。髪飾りは何か持っている?」

「えっと…」

「なあに?」

 雪矢に貰ったシラユキゲシのかんざしなら持っていたが挿すべきか迷った。

「えっと、かんざしならあります」

「あら、素敵。白い帯と合いそうね」

 晴臣のお母さんは楽しそうに髪を上げ、かんざしを挿してくれた。

「可愛くなったわ。晴臣!お父さん!見てみてくださいな」

 呼ばれた晴臣と晴臣のお父さんがやってきて、三人で可愛い可愛いと褒めてくれた。浴衣を着た晴臣は照れくさそうにしている。

「花火大会の会場近くまで車で送ってあげるわ、ね、お父さん」

「ああ、その後、私も母さんと二人で、久しぶりに車から花火を見ようじゃないか」

 あらいいわねとお母さんが言う。衣緒里はありがたく花火会場近くまで送ってもらった。


 晴臣と並んで会場近くを歩く。縁日も開かれており、屋台が立ち並んでいる。晴臣がりんご飴を買ってくれた。

「汚さないようにな」

「うん」

 晴臣は横目で浴衣姿の衣緒里をチラチラと見た。いつも見慣れた制服姿と違い、白い花を散らした浴衣と白い帯は衣緒里によく似合っており、可憐で清楚だ。かんざしがお祭りのライトの光にキラキラ照らされている。

「その格好、よく似合ってる」

 そんな言葉がつい口をついた。

「ん、ありがと。晴臣も浴衣似合ってるよ」

 衣緒里はりんご飴をかじりながら晴臣に向かって笑った。

「そろそろ花火の席を取りに行こうか」

「うん」

 会場は混雑していた。なんとか二人分の席を確保して座ると、花火開始五分前だった。

「間に合ってよかったね」

「そうだな。なぁ衣緒里」

「うん?」

「俺が衣緒里と付き合いたいって言った意味、分かるか?」

 晴臣が真剣な表情をして衣緒里を覗き込む。周りは花火の見物客でざわざわと騒がしい。

「え?」

 晴臣は衣緒里を見つめながら、顔を近づける。ほとんど息が聞こえてきそうな位置だった。

 その時、二人の横で最初の花火が打ち上がった。歓声が上がる。夜空の濃紺に白、赤、黄、青、と色とりどりの華やかな光が咲いては散っていく。

「あ、花火!」

「あ、ああ」

「きれいね。小学生の時も二人で見に来たっけ」

「ああ、あの時は衣緒里が迷って焦った」

「え、そうだっけ?」

「そうだよ。俺、必死で探したんだぞ。ようやく見つけたと思ったら、おまえちゃっかり特等席見つけてて」

「晴臣、ここ空いてるよって?」

「そうそう。そういえばあの席はどこだたっけ」

「行ってみる?」

「え、あ…うん」

 告白の続きを言いそびれた晴臣は大人しく衣緒里について行った。


 二人は海側とは反対の山側に来ていた。

「こっち、こっち、晴臣。確かこっちの方だったはず」

「衣緒里、ここ、道じゃないぞ」

「うーん。でも確かにここだったと思うんだ」

 二人が行き着いた先は崖の上だった。そこからは近くに打ち上がる花火の輪がよく見えた。

「特等席なのは本当だな」

「山を登った甲斐があるでしょ、きゃっ」

 衣緒里が崖から少し滑り落ちる。足を捻ったようだ。

「危ない!足元をよく見て」

 衣緒里を引き上げた晴臣も少し滑った。だが晴臣は衣緒里を抱き抱えたまま離さないでいた。

「晴臣…?」

「……衣緒里、俺の告白の返事が聞きたい。待つとは言ったけど、聞きたい。聞かせてくれ」

「え、今?」

「今」

「……私、晴臣のことは好きだけれど、恋愛感情の好きではない気がする」

「…そうか」

「うん…。なんか、ごめんね」

「いいんだ。なんとなく分かっていたことだから」

「分かっていた?」

「衣緒里の気持ちは分かるって、この間言っただろ?」

「晴臣、怒った?」

「怒るわけないだろう」

 晴臣は抱えていた衣緒里の頭をそっと撫でた。

「なぁ、衣緒里。俺、やっぱりおまえのこと、諦めつかない。しばらく好きでいさせてくれよ」

「おまえが誰を好いていようが知ったことではないが、衣緒里に手を出すのはやめろ」

 突然、雪矢が上空から現れて言った。

「げっ、氏神!」

「お白様、どうしてここが分かったの?」

「衣緒里がどこにいるかなんて神力で見れば一発さ。宿題とは花火の観察だったのかな?それにしてはずいぶん可愛い格好をしているね」

 雪矢は嫌味たっぷりに言った。嘘をついたことを怒っているのだろう。

「可愛いかんざしを着けているね。そのかんざしに免じて、今回のことは見逃してやろう。さあ衣緒里、帰ろう。足を少しばかり挫いてやしないか」

「え、でも花火、まだ全部見ていないし」

「花火が見たいのなら僕が打ち上げてやるよ」

 そう言うと夜空に向かって大玉の花火を放った。予定外の花火に打ち上げ職人達は戸惑い大騒ぎだったが、観客は喜んだ。

「もっと必要かな?」

「ううん…」

「では、花火も見たことだし、帰ろう、衣緒里」

「ちょっと待て、氏神…!……!?痛っ」

 晴臣は連れ去ろうとする雪矢を止めようとしたが、自分も足を挫いていることに気づいた。衣緒里を庇ったときにやったのだろう。

「おいおい、小僧まで足を挫いてるのか。しょうがないなぁ」

 雪矢はやれやれと言って、右腕に衣緒里、左腕に晴臣の二人を抱きかかえた。

「二人とも、しっかり掴まってろよ」

 そう言って浮き上がる。空は打ち上げ花火の色鮮やかな光が散乱し、衣緒里達を照らし出す。

「このままでは見つかってしまいそうだな」

 雪矢は神隠しで三人の姿を消し去り、瞬間移動で神社まで飛んだ。


「君たちには手当が必要だな。コン、アカ、冷やすものを持ってきてやりなさい」

「はいはーい」

 コンとアカが冷やしたタオルと氷を運んでくれた。社務所の縁に衣緒里と晴臣を座らせると、雪矢は二人に丁寧に手当を施した。

「すみません、俺まで手当して頂いて」

 晴臣が詫びる。

「僕の氏子に怪我があってはいけないからね。無病息災。健康長寿」

「ありがとうございます」

「気にしなくてもいい。おまえも私の大切な氏子の一人だ」

「衣緒里のことで俺を嫌っているんじゃないんですか?」

「衣緒里に手を出すなら容赦はしないさ。だがおまえは今日、振られたんだろう?」

「振られましたが、諦めるつもりはありません」

「ほう?聞き捨てならないな。なぁ衣緒里」

「えっ」

 いきなり話の矛先を向けられた衣緒里は戸惑った。

「衣緒里の晴臣に対する気持ちは恋愛感情ではないんだろう?」

「そうだけど…」

 それみろという顔をする雪矢。落ち込む晴臣。

「でも雪矢さんに対する気持ちだって、よくわからないんだから、おあいこでしょう?」

「えっ」

 雪矢は固まった。

「おまえ、心の半分は僕のことを好いているんではないのかい??」

「そんなこと言われても、分かんないよ。コンとアカに対する愛着みたいなものだよ」

 晴臣は心の中でガッツポーズをした。ザマアミロという顔を隠れてする。

 雪矢は大きなため息をついた。

「まあいいさ。衣緒里は必ず僕のものになるから」

 その強気の発言はどこから来るのだろうと晴臣は不思議に思った。

「花火」

「え?」

「花火、最後まで見れなかったね」

 衣緒里が残念そうに下を向く。挫いた足首を手でそっと触る。

「花火なら境内ですればいい」

 雪矢は去年、近所の子どもが置いていった手持ち花火を取り出した。

 夏の始まり、暗い神社の境内では手持ち花火の光が衣緒里と雪矢と晴臣、それからコンとアカを照らし出した。

 



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