第8話 幼なじみは告白する

 あと二週間で夏休みになろうかという頃。衣緒里は期末テストの勉強に悩まされていた。

「うーー!分からん!!」

 数学の問題を解いていた衣緒里は、大きくあくびをすると教科書を枕にした。

「衣緒里、進んでるかい?」

 雪矢が夜食を持って衣緒里の様子を見に来る。

「ぜんっぜん。お白様、これ解ける?」

 今し方解いていた数学の問題を雪矢に見せつけると

「うん、5(x-16)(x-1)だね」

 即答した。

「えっ、なんで雪矢さん数学できるの!?」

 衣緒里は起き上がって雪矢に迫る。問題の解答と照らし合わせたが、正解だ。

「なぜかと言われても…。問題を見たら答えが浮かんで来るんだ」

「めちゃくちゃ羨ましい…。じゃあ古文は?」

 源氏物語の一文を見せると

「現代語訳は、『少し祈祷をおゆるめください。大将に申し上げることがあります』になるね」

「古文もいけるのか。雪矢さんが高校生だったら万年一位の優等生ね、きっと」

「僕が高校生だったら、勉強よりも衣緒里と青春を謳歌したいなぁ」

「今でも人間の姿で謳歌してる気がするけど」

「なんて言ったって衣緒里の姿に合わせてるからね。好きな人のためならなんだってするさ。僕は神様だからね」

「じゃあ雪矢さんのその能力を貸してちょうだい」

「それはできない相談だな」

 雪矢は夜食を衣緒里の机に置くと隣の自分の部屋に戻っていった。と思ったらノートと鉛筆を持って引き返してきて

「僕が教えてあげよう」

 家庭教師を買って出た。


「えっ、お白様が勉強を教えてくれている?」

 学校の帰り道、晴臣は歩きながら衣緒里のいる後ろを振り返って言った。

「うん、なんでも知ってるの。どの教科でもオールマイティで。すごかった」

 晴臣はその言葉を聞いて少しムッとした。対抗意識が芽生えたようだ。

「俺も教えてやるよ。伊達に成績優秀者じゃねーし」

「晴臣、いつも1番とか2番だもんね。どんな勉強してるの?」

「そうだな、スタビへいこう」

 コーヒー店は学生達で溢れて混んでいた。テスト前のこの時期、どの学校の生徒もここに集まって来るのだ。

「ここの席、空いてる」

 空席を確保し、飲み物を注文する。衣緒里は生クリームの乗ったバナナジュースを、晴臣がカフェオレを頼んだ。

「衣緒里はどの教科が苦手?」

「理系かな」

「じゃあ化学をやろうか」

 教えてもらって分かったことだが、晴臣は完璧だった。どの教科も卒なくこなす。教え方が分かりやすい。人に教えるのが得意ということは、それだけ彼の頭の中は理路整然とまとまっているのだろう。衣緒里は息を呑んだ。

「晴臣は賢いと思ってたけど、ここまで勉強ができるなんて知らなかった」

 とさえ言った。

「俺、医者になりたいんだ」

「えっ、そうなの?初めて聞いたよ」

「うん。初めて人に話した。医者になるには一年生のうちから受験問題を解けるようでないと」

「そうなんだ。なんかすごいね」

 顧みて、衣緒里は自分にやりたいことなどあったろうかと考えた。毎日、楽しく適当に生きていられればそれで良いと暮らしてきた。

「私、将来何になりたいとか、考えたことなかった」

「これから考えればいいんじゃないかな」

「そうだね」

 一通りの勉強を終えると、二人はスタビを出た。夕日が西の空に傾いている。とはいえ日が長くなったこの時期、外はまだまだ明るい。

「衣緒里、送っていくよ。今は神社に住んでいるんだろう?」

「え、でもたぶんお白様がヤキモチ焼いてめんどくさい」

「大丈夫大丈夫」


「ただいま帰りましたー」

 神社の社務所から本殿に向かう。雪矢はたいていそこにいるからだ。

「おかえり衣緒里。おや、気に食わない小僧も一緒か」

「気に食わない小僧で悪かったですね。僕もあなたの氏子なんだから、もう少し優しくしてくれてもいいんじゃありませんか?」

「そうは行かないさ。おまえは衣緒里に言い寄るからな」

「僕が誰に言い寄ろうが、雪矢さんには関係ないでしょう?」

 そう言って、晴臣は少し躊躇ったあと、決心したかのように衣緒里の方に向き直った。

「衣緒里」

「何?」

「俺は衣緒里のことが好きだ。衣緒里と付き合いたい」

 晴臣は衣緒里の目をまっすぐ見て告白する。雪矢が面白くないとでも言いたげな顔をして、二人を見る。衣緒里は固まったまま、晴臣を見つめて何も答えられずにいた。

「返事は急がない。気持ちが決まったら教えてほしい」

 そう言うと晴臣は神社を出ていった。

「まさかあの小僧の告白を受け入れる気じゃないよな?」

 心配した雪矢が衣緒里の目をを覗き込んで問う。衣緒里はまだ話せないでいる。

「衣緒里?」

「あ、えと、うん?」

「衣緒里はあいつのこと、好きなのか?」

「うん……分からない。大切な幼なじみだと思ってきたから。好きは好きだけれど、晴臣の言う『好き』とは違う気がする」

「そうか」

 雪矢は衣緒里の頭をポンと叩いて本殿の鏡の中に戻って行った。

 アカとコンが雪矢について行く。

「ねぇ雪矢、放っておいていいの?衣緒里を取られちゃうワよ」

 狛狗のアカが心配そうに雪矢に聞く。

「幼なじみの絆は強いからな。俺とアカみたいに」

 獅子のコンが雪矢に追い打ちをかける。

「大丈夫だよ。あの二人は結ばれない。衣緒里は必ず僕のもとにくる」

「それって縁結びの神の予言?」

「それとも雪矢の意地?」

「さぁてね」


 翌日、学校で晴臣に会うと、お互いに意識して照れくさかった。

「昨日は突然すまなかった。またあの氏神様に言葉を止められるのかもと思ったら、すぐに気持ちを伝えなきゃと思って」

「そうだったの。びっくりした」

「だよな」

「うん」

「なぁ、衣緒里の雪矢さんに対する気持ちは、半分くらいは受け入れていて、残りの半分くらいは拒否しているんだろう?それならその半分に俺が入り込めないか?」

「えっ?」

「衣緒里のことはそばで見ていれば分かるよ。雪矢さんに対する気持ちも」

「そうなの…?」

「俺、今はただの高校生だけど、必ず医者になって衣緒里を幸せにするよ。神様になんか負けない」

 衣緒里は晴臣を見つめた。何かかけるべき言葉を探したが、出てこなかった。代わりに喋ったのは晴臣だった。

「悪い悪い。テスト前にこんな話。しばらくは忘れて。テストに集中しよう。勉強教えるから」

 そういう訳で二人は毎日学校帰りに一緒に勉強をすることにした。その上、帰れば雪矢の特訓も待っていたので、衣緒里は受験以来ぶりに根を詰めて勉強をする羽目になった。


 テストも終わり、あとは夏休みを待つだけとなった。

「衣緒里、テストどうだった〜?」

「私は散々よ」

 クラスメイトの咲希と由奈が声をかけてきた。二人とも、衣緒里もいつも通り散々な結果だろうと予想している。

「うん、なんかイケる気がする」

「えっ、な、な、なんで!?」

「衣緒里、いつも赤点ギリギリじゃん!」

「うん。勉強教えてくれる人が二人もいたから…」

「根詰めたねー」

「万が一、衣緒里が学年10番以内に入ったら、何か奢ってあげるわよ〜」

「本当に!?私、本当にイケる気がするよ!」

 実際、衣緒里は学年で8番を取った。1番は晴臣だった。

「衣緒里、ホントに10番以内取っちゃった!」

「藤嶋すげーじゃん!」

 クラスメイト達は、普段は成績の悪い衣緒里が高得点を取ったものだから興奮した。

 驚いたのは晴臣も同じだった。だが、朗報を聞いて衣緒里を労ってくれた。

「衣緒里、8位だったんだって?頑張ったじゃないか」

「晴臣と雪矢さんのおかげ。ありがとう。お礼しないとね」

「いや、いいんだ。それより、話があるんだ、いい?」

「うん、何?」

「夏休みに花火大会があるだろう?一緒に行かないか」

「大川の花火大会?」

「そう。雪矢さんには内緒でね」

「えっ、バレると思う」

「うちのおふくろが浴衣を着付けてくれるから、うちから出発すればいい」

「そうねぇ」

 雪矢に知られたら、めんどくさいことになりそうだ。たが、花火大会は楽しみだった。晴臣と行くのは小学生ぶりかもしれない。

「分かった。上手くお白様をまいてくるね」

 衣緒里は雪矢に内緒で晴臣と出かける約束をした。



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