第2話 神様の事情なんて知ったこっちゃない

「お白様」

「何だい、衣緒里」

「お白様はどうして人間の婚約者をもらうんですか?神様同士で結婚すればいいのに」

「本当にご両親から何も聞いていないんだね。それはね…」

 雪矢さんは少し躊躇ってから言った。

「君はニエなんだ」

「ニエ?」

「生贄のことだ」

「えっどうして……」

 どうして私が生贄なのだろう。

 私の心の内を悟ったのか、

「少し、昔話をしようか」

 雪矢さんは森にあった倒木を神力で動かして、自分がまずそこに腰掛けると、ここに座れと隣をポンと叩いた。

 私が座ると昔話を始める。

「100年くらい前だったかな」

 雪矢さんが話してくれたことは、まとめるとこうだった。

 100年くらい前、私の祖先は失態を犯した。神社のお祭りで出された御神酒をベロベロになるまで飲んだ祖先は、そのまま本殿に乱入し、あろうことか御神体の鏡を割った。怒った宮司は、このままでは神の祟りがある、100年後までに生まれてくる子孫からニエを差し出して怒りを鎮めよと言ったとか。


「僕はさほど怒ってはいなかったんだけどね。宮司が聞かなくて。御神体はあくまで形式的なものだし、直してもらえればそれで良かったんだ。僕の姿は本来人間の目には見えないものだし」

 ではなんで私には見えるのだという顔をして雪矢さんを見ると、ニコリと微笑んで

「この姿は便宜上のものなのだよ。見えないと人間は不便だろう?おじいさんにも、子どもにも姿を変えることができる」

 そう言って、90歳の老人にポンと化けたかと思うと、今度は10歳の子どもにも化けてみせた。

「便利だろう?今の姿も、衣緒里に気に入ってもらうために選んだんだ」

 確かに気に入ってはいる。すごく。気に入ってはいるが……。そういうことじゃあ、ない。神様が婚約者だなんて、考えられない。

「僕たち神様はね、100年に一度、ニエをもらうんだ。たいていニエは幼い子どもであることが多くて、それも大人になるまで僕に仕えるだけなんだけど、今回は若い娘で結婚相手だったというわけさ」

「どうしてニエが必要なんですか?」

「神の仕事は孤独だからね。私も人恋しい時があるのだよ。それに人間のことを知るには人間をそばに置かないと」

 そんな事を言われましても。

「僕はニエが衣緒里で良かったと思っているんだ。ここ数日、必死に僕に祈っていただろう?縁切りのお願いを」

 雪矢さんはクスクス笑って私の頬に右手を添えた。

「思わず笑ってしまったよ。僕に縁結びのお願いをする者は多いけれど、縁切りのお願いとはね。それも相手が僕ときた」

 雪矢さんはそのまま顔を間近に近づけてくる。

「これはもう、絶対に手に入れよう、ってね」

 そう言うと私の唇にキスをした。

「!?!?」

 私は思わず後ずさる。

「なっ何、何するんですか!?」

「親愛の挨拶。人間は好意を寄せるものにこの挨拶をするだろう?私も真似てみた」

 ニコニコと笑って言ってのける。お白様はコミュニケーションにおける微妙なニュアンスを理解していないらしい。

「キスは好きな者同士がするものです!一方的にするものではないんです!」 

「そうなのか」

 雪矢さんは眉毛を上げて目を見開いた。

「とにかく、私はこんな話聞いてませんし、婚約破棄を希望します!神様の事情なんて知ったこっちゃない!」


 次の朝、寝不足の私はあくびを堪えながら学校に向かった。すると、あの獅子と狛狗がやってきて

「お供するぞ」

「道中あぶないものね」

と声をかけてきた。

「あなた達と連れ添うと目立つじゃない!」

 私は抗議したが、

「問題ない。他の人間には我々はその辺の犬っころにしか見えていない」

 と言った。

「なあ、衣緒里、お白様のこと嫌いか?」

 いや、嫌いじゃないけど……。

「じゃあいいじゃないか。雪矢はイケメンで優しい神だ。お似合いだぞ?」

 イケメンは認めるけど……。

「フム、あの顔が衣緒里のタイプなのね」

 えっ、いやいや、そんなことなかったり、あったり……。

 ン?

「あなた達、なぜ私の心と会話できるのよ」

「見くびってもらっちゃ困るな、俺等、神獣だぜ」

 私はこのたちに、じとりと視線を送ると、逃げるように校舎に駆け込んだ。

「あっ衣緒里!今日の夜、会おうってお白様が呼んでいたよー」

 珍獣は何か伝言を叫んだが、私は無視をした。


 下駄箱で靴を変えていると晴臣が声をかけてきた。

「おはよう、衣緒里」

「晴臣、おはよう」

 安藤晴臣あんどうはるおみは小学生の時からの幼なじみで悪友だ。

「昨日はどうだったの?」

 お見合いのことだろう。勝手に婚約者を決められた挙げ句、理不尽なお見合いをするという話は晴臣にもしてあった。

「どうもこうもなくって。相手がゲーセンで助けてくれたイケメンかと思ったら、お白様で……」

 晴臣はちんぷんかんぷんだという顔をした。

「お白様?氏神様がどうしたっていうんだ?」

「うん、だからね、婚約者がそのお白様だったのよ」

 今度こそ晴臣はぽかんとした。

「婚約者が氏神様……?衣緒里、アタマ大丈夫?婚約が嫌過ぎてイカレちまったか??」

「ちがうちがう、そうじゃなくて……」

 私は説明をしょうと試みたが、そこでチャイムが鳴ってしまった。

「ワリぃ、また後でな」

 晴臣はそう言うと教室へと去っていった。私も急いで教室に駆け込む。


 学校から帰ると、早速私は両親に詰問した。

「どーいうことっ!!?」

 両親はおずおずとしながら説明を始めた。

「つまり、ひいじいさんがやらかしたツケを、100年踏ん張ったが、とうとうおまえが払うことになったんだ。

 父さんと母さんも、おまえが生まれた時に初めてこの話を聞かされてな。拒否したんだが、だめだった。一族の穢れを祓えと親戚中から説得されたよ」

 説得されたのかよ。断ってくれよ。

 私は怒りで煮えくり返りそうになった。

「ねーちゃん、もう諦めてそのイケメンと添い遂げりゃいいじゃん」

 弟のあきらが面白そうに他人事を言う。

「あんたは生贄にされてないからわかんないのよ!神様と結婚なんかできるわけないでしょう!?」

 私は明に向かって怒鳴った。半分は八つ当たりだった。

「ちょっとアタマ冷やしてくるから!」

 そう言って私は家を飛び出した。


 夜道をトボトボと歩いていると、お白様の神社の近くにやってきていることに気付いた。

 あんな変なのとは関わるまいと思って、避けて通ろうとすると、突然、お白様が空から降ってきた。

「雪矢さん!?驚かさないでください。心臓に悪い。それにこんなところを誰かに見られでもしたら……」

 雪矢さんは人差し指を自分の唇にあてて、しーっというゼスチャーをした。

「大丈夫だよ。今、僕の姿は衣緒里にしか見えていない」

 どんな神力を使っているのだろう。

「散歩かい?僕も一緒していいかな」

 嫌だと言ったらこの美しい顔はどう変化するのだろう。見てみたい気もしたが、それは大人げないと思い、止めた。代わりに返事はしなかった。

 お白様は私の返事を是と捉えたのか、私の横をゆったりとした動作で歩いてついてきた。悔しいが、歩く姿も麗しい。

「そういえば、今日は洋服なんですね。神様って着物なのかと思ってた」

 つい、私は声をかけてしまった。雪矢さんが嬉しそうな顔をする。

「衣緒里に合わせたんだよ。君は制服だけどね」

 雪矢さんは私の一歩前を歩いた。

「しかしこんな時間に制服姿で出歩くのは危ないなぁ。散歩道を変えよう」

 そう言うと私の手を取り物陰に連れて行く。

「ここからなら消えても大丈夫」

 消える?

 不思議に思った次の瞬間、身体がふわりと宙に浮いた。そのまま屋根を越え鎮守の森の木の高さも越えて、夜の空へと舞い上がる。

「わ、わ、何これ!?」

「神力で飛んでいるんだよ。姿は神隠しで消したから、誰にも見えないはず」

 神隠し。さすが氏神様。

 ふわふわと雲のように浮きながら、下を見下ろすと電灯の灯った街が見える。宝石箱をひっくり返した、とまではいかないが、夜の街明かりはキラキラ灯って美しかった。

「衣緒里、上を見てご覧」

 空を仰ぐと星がポツポツと散らばっている。月が静かに東の空で傾く。

「ツクヨミノミコトが僕たちにおめでとうって」

「え、誰?」

月読尊ツクヨミノミコト。月の神様だよ」

「おめでとうって、何が?」

「君と僕とは婚約しただろう?」

「そうだっけ?」

 私は茶化してみせた。

「そうだよ。天上では今はその話題で持ち切りさ。神が人間の娘を選びたもう、ってね。結構大きな話題になってる」

「ええ、私は了承してないよ」

 私は頬を膨らませてみる。

「意地張らないで」

 お白様は私の顔を覗いて頬をつついた。二人とも思わず微笑む。


「おまえたち、仲が良いな」

 その時、空の上のもっと上から声がした。

「誰?」

 問うと同時に、筋肉隆々のマッチョがニヤリと笑いながら現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る