氏神様の婚約者 〜私の婚約者は神様でした!〜

檀(マユミ)

第1話 婚約者は神様でした

 ここは日本のとある街。都会の中心から少し離れたこの街には、地域の住民から慕われている神社がある。

「お白様しらさま」と呼ばれるその氏神様は、縁結びと子孫繁栄の効果があるとかないとか。私も縁結びの、いや、縁切りのご利益を願って、ここ数日はお白様に通っていた。なぜかって?

 私には生まれた時に決められた婚約者がいる。顔も名前も知らされていないその人とは、16歳になったら会えると聞かされてきた。

 冗談じゃない。それが私の感想の全てだ。

 会ったこともない人間と婚約?いつの時代だ。時代錯誤も甚だしい。

 もちろん、私はこの婚約に興味がなかったし、16歳になったら婚約者の前で婚約破棄を叩きつけてやろうと考えていた。


 私の名は藤嶋衣緒里ふじしまいおり。高校一年生だ。

 今日は私の16歳の誕生日だ。両親はお見合いがあるから早く帰ってこいと言ったけれど、私は言いつけに背いて街をぶらぶらと出歩いた。面白くない。

 ゲームセンターでクレーンゲームをやる。目当てのぬいぐるみがあったのだ。なかなかうまく行かず奮闘していると、大学生くらいの男子数人に絡まれた。

「お姉さん、カワイイね」

「この後、カラオケなんかどう?」 

「もちろんおごるさ。その後どこか遊びに行こうぜ」

 私は無視したが、三人はしつこかった。

「無視なんてひどーい」

「ねえねえ」

 一人がゲームに熱中する私の肩を掴んで振り向かせようとした時、

「やめてやれ」

 背丈の高いイケメンが止めてくれた。その顔は凛々しく、体躯はシュッとしていて、なかなかの好青年で格好いい。腰まで伸びた髪は脱色しているのか、白に近い銀髪だ。サラサラと揺れる髪を見て私はドキリとした。

「何だお前」

「私はこのあたりを巡回しているんだ」

「ちっ、覆面の警備員かよ」

「帰ろうぜ」

 そう言って三人組はすごすごと退散した。

「あの、ありがとうございます。助かりました」

 イケメンをチラ見しながらお礼を言う。ドキドキした。

「お嬢さん、今日はお家の予定があるんじゃないのかな?お嬢さんも早く帰った方がいい」

 イケメンは私にも帰るよう諭した。私は麗しいこの顔に免じてゲームセンターを後にした。


 帰ると母に「遅い!」と一喝されたが、すぐに着付けの準備に入った。これからお見合いなのだ。私はウンザリしながら、ただ人形のように着せられていく。振り袖に袖を通し終えると化粧をされ、髪飾りなどの小物で飾られる。重たい重たい衣装だ。私の心も同じく重たい。

 タクシーで料亭に移動した。高級そうなそこは、こんな日でなければこの門をくぐることもなかろう。私はここの料理を堪能することに決めた。お見合いなんてやってられるか。私は婚約破棄を叩きつけてやるのだから。

 部屋に通されて両親と共に相手を待つ。両親の様子がぎこちなく、何かこそこそと話をしている。

「お父さん、やはり辞めたほうが…」

「母さん、今更だよ。16年も前の約束だ。覆せない」

 横目で二人を覗き見ながら、いたいけな16歳の娘のために覆してくれよと心で念じた。だがそれは通じないようだ。

 そうこうしているうちに相手方がやってきた。私は婚約破棄を言い渡す心の準備をした。

 ご両親だろうか、中年の男女の後について入ってきたのは羽織袴姿の凛々しそうな青年だった。

 青年の顔もまともに見ずに、私は彼に向かって叫んだ。

「申し訳ありませんが、この縁談はなかったことにしてください!!」

 あっけに取られる一同を尻目に、さっさと帰ろうとする私を青年が制した。

「お嬢さん、本気なのかい?」

「もちろん本気で…す……ぅう?」

 んん?

 私は青年を注視した。さっき、ゲーセンで助けてくれた彼ではないかしら?美しい顔、細めの体躯、スラリと伸びた背。そして腰まで伸びた長い銀髪。

 青年は私の視線に気付くとニコリと笑って言った。

「僕はこの話を進めてほしいけれどなぁ」

 私はこの麗しい笑顔に逆らえなかった。


 何やかんやで「後は若い二人で」と言って、両家の両親はそそくさと席を外してしまった。

 青年は雪矢と名乗った。歳は十九だと言う。苗字はないと言うので、不思議に思って聞こうとしたら唇を人差し指で抑えられた。後頭部が後ろに傾く。

「君が聞きたいことは分かってる。詳しい話は家でしよう。ご両親にはこちらから話しておく」

 雪矢の家に連れて行かれて驚いたことは、そこはお白様の神社だった。

「宮司さんなんですか?」

 私は神社を見回して尋ねた。社務所以外にここには家と呼べるものはない。

「いや、私はここの主なんだ」

「はあ」

 一人暮らしの宮司なのだろうか。

「お一人で暮らされているんですね。大変でしょう?」

 神社を維持するのは。

「いや、一人ではないんだ。コンとアカがいるし」

 コンとアカ?色みたいな名前だ。ご家族だろうか。

「コン!アカ!私の婚約者を連れてきたよ」

 雪矢さんが声をかけると、そいつらは社務所からではなく、神社の入口からやってきた。門の両脇でどっしりと構えて座る獅子と狛犬が動き出し、オウと鳴いてこちらに向かってくる。

 私は固まった。

「おいおい、雪矢。婚約者様が固まってんぞ。なぁ、アカ」

 と、獅子が言う。

「そりゃあなた、いきなり私たちを見て固まらない人間なんかいないワよ、ねぇ、コン」

 と、狛犬。

 獅子と狛犬は当たり前のように喋った。私はまだ口が利けないでいた。

「雪矢。婚約者様、真っ青よ」

「衣緒里?大丈夫か?」

 雪矢さんが私の顔の前で手を振った。意識はあるか?のジェスチャーらしい。

「コン、アカ、人間の姿に化けなさい」

 雪矢さんがそう命令すると、コンとアカは雪矢さんの両親の姿に化けた。

「どうだカッコ良くなったろう?」

 父親に化けたコンが言う。

「これなら怖くないかしら?」

 母親に化けたアカが聞く。

 カッコ良いとか良くないとか、怖いとか怖くないとかの問題ではないのですが……。心の中で叫ぶが届かない。

「衣緒里、本殿に案内するよ」

 そう言って雪矢さんは私の手を掴むと、本殿の扉を片手で開いた。お賽銭箱の奥のそのまた奥に、鏡が鎮座している。

「あそこが僕の家だ」

 家?あれは御神体でしょう??

 雪矢さんは私の手を引くと、抱き抱えて浮いた。

 ん!?!?ちょっと待って!!

 浮いた。浮いてるよ!?!?

 浮いたまま、鏡の方に向かっていく。

 ぶつかる、ぶつかるよーーー!!


 そのまま鏡に突進する。咄嗟に目を瞑って構えた。が、身体は痛くない。

 訝しく思ってそっと目を開けると、そこは深い森の中だった。

 もう、何が何だか。この展開についていけない。

「あのう、ここはもしかして鏡の中ですか」

「ああ、察しがいいな」

「鏡は森と繋がっているんですか?」

「いや、ここは天上の世界だ。人間の世界の森ではない。ここは神とその関係者しか入れない」

 神。はぁ。

「神社を囲む鎮守の森のことですか?」

「似ているが少し違うな。鎮守の森は誰でも入れる」

 ではここは時空を超えた場所だと言うのだろうか。

「あなたはいったい誰なんですか?」

 さっきから質問ばかりしているが、私は勇気を振り絞って雪矢さんに聞いた。

 答えは薄々分かっていた。……いや、やはり知りたくない。

「おや、ご両親から聞かされていないのかい?」

「両親から?何を?」

 両親からは何も聞かされていない。

「僕はこの神社に祀られた氏神さ。この土地のものを見守っているんだよ」

 氏神様。

 雪矢さんは美しい銀髪を風に揺らして微笑んだ。その麗しい笑みは天上のもののそれだった。

「……もしかして、お白様?」

「うん」 

 どうやら私の婚約者は、神様らしい。

 


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