#9 揺れる心、唐沢くんとの出会い 〜美咲の恋心〜

「あの日、私の心は唐沢くんに奪われた」

 私はその日のことを鮮明に思い出していた。学校の運動場で彼は汗を流しながらボールを追いかけていた。サッカー部のエース、唐沢くんの姿は、まるで光り輝く星のようだった。


「唐沢くんは、他の男の子とは違う」

 心の中でそう感じた。彼はスマホをほとんど触っていなかった。クラスメイトが仮想現実やデジタルの世界に夢中になる中、唐沢くんだけは地に足をつけ、自分の意思で人生を歩んでいるように見えた。そんな彼を羨ましく感じた。


 放課後、偶然、図書館で唐沢くんに会った。彼はスマホをポケットにしまい込み、本を見ていた。それは、サッカーの戦術についての本だった。

「こんなところで何してるの?」 勇気を出して声をかけた。唐沢くんは顔を上げ、優しい笑顔を浮かべた。

「次の試合に向けて、少しでも戦術を学ぼうと思ってね」

 彼の言葉には、自信と誠実さが感じられた。私はその瞬間、彼に心を奪われたことを確信した。

「唐沢くんって、本当に自分の道を進んでいるんだ」

 彼を見つめながら思った。スマホに依存せず、自分の夢に向かって努力する姿は、私にとって新鮮で魅力的だった。

 

 でも、唐沢くんに近づくのは簡単なことではなかった——。

 私のクラスには、神崎絢音という女の子がいた。彼女は唐沢くんに好意を寄せていることで知られていた。いつも唐沢くんの前で明るく。好かれていた。

「絢音がいなければ、もっと唐沢くんに近づけたかもしれない」

 私は嫉妬の炎を胸に抱えながら、絢音を見つめた。唐沢くんに向ける微笑みは、私の心を苦しめた。

 

 ある日の昼休み、私はクラスメイト数名を集めて、絢音に対する嫉妬と羨望せんぼうを共有した。私はクラスの女子から人気者だった。当然、友達は黙ってはいない。絢音が唐沢くんに接近しようとしていることを妨害し、彼女をいじめる計画を立てた。

「絢音、夢を持っているなんて、笑っちゃうわ。下手くそすぎ」

 私は、絢音のSNSを見ながら、冷ややかに言った。友達は、私の意見に共感してくれた。絢音の夢を軽蔑する気持ちが膨れ上がっていた。

 

 それでも、絢音は弾き語りをしている。

 絢音は一人でギターを抱えていた。彼女の歌声は、私の静かな部屋に響き、どこか寂しさと決意が込められていた。SNSを見ていた。

「まだ夢に向かって頑張っているのね……。下手くそなのに」

 心には更なる複雑な感情が渦巻いていた。

「夢なんて持っても無駄なのに」

 私は呟いた。唐沢くんに近づくために新たな決意を固めた。

「私は、どうしても唐沢くんに近づきたいの。唐沢くんは、絢音なんかよりも、私の方がふさわしいのに……」

 自分の気持ちを抑えきれず、絢音に対する嫉妬心がますます強まっていくのを感じた。

 

 絢音の友達のエルビアに邪魔をされて、私の怒りは収まることができなかった。最初、エルビアは絢音と関わらないようにしていたけど、裏切った。そして、私はスマホの中に逃げるようになってしまった。

 

 本当は、彼らが羨ましかったのかもしれない。友達はたくさんいるけど、何もかもが虚しい。私には。自分の意思で何かをすることに躊躇していた。スマホに夢中になりすぎて、やりたいことも、夢を追うこともできなかった。自分の気持ちに正直になれなかった。両親と将来について真剣に話したかった。やりたいことは全て、スマホに奪われた。このスマホはもう手放せない。私の体の一部になってしまった。毎日、現実から逃げているような気がする。友達との会話も、家族との時間も、全てスクリーン越しになってしまっている。

 自分の将来さえも、このデジタルの世界の中でしか見えなくなってきたみたいで、怖いんだ——。

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スマホ人間 TAKAHIRO | Vlogger @takahirovlog

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