#7 リアル登校の記憶 〜友情の光と影〜

「今日はリアル登校か……。久しぶりの学校だと、少し緊張するね」

 唐沢くんが笑顔で話しかけてきた。

 私は内心ドキドキしながら、唐沢くんの前で少し照れくさそうに笑顔を返した。

「うん、そうだね……。でもなんだかワクワクするよ。久々にリアル授業を受けるのって、やっぱり新鮮だよね」と、私は同意した。

「それにしても、最近はずっとオンライン授業だったから、学校の雰囲気が懐かしいなぁ」と、唐沢くんが懐かしそうに校舎を見上げた。

 エルビアも加わり、「——オンライン授業も便利だけど、やっぱり、リアルの方がいいよね。みんなで一緒に学ぶっていうのがいいと思うんだ!」と話した。


 校門をくぐり、私たちは揃って校舎に向かった。2050年の日本では、学校の設備も大きく変わっていた。入り口にあるセンサーが私たちをスキャンし、自動的に出席を確認してくれる。今では、上履きや下駄箱も存在しない。床は自己洗浄システムが導入されていて、いつも清潔な状態が保たれている。

「便利になったよね。昔は上履きに履き替えるのが面倒だったのに」

 私は懐かしさを感じながら言った。

「そうだね。でも、ちょっと寂しい気もするけど……」

 唐沢くんは、少しの沈黙の後、話しを続けた。

「今日って、どんな授業があるんだっけ?」

「確か、今日は実技の授業が多いんじゃないかな。実際に体験できるから楽しみだね」

 隣にエルビアがいるから、まだマシかもしれない。

 好きな人の前だと、どうしても目が泳いでしまう——。


 校舎の中を進み、私たちは教室に到着した。ドアを開けると、そこには最新の電子黒板が目に飛び込んできた。壁一面に広がるその黒板は、私たちのタブレットとリアルタイムで同期し、オンライン教材と連携している。

 教室は、最新の設備が整っているだけでなく、快適な空間を提供するために設計されている。窓際には自動調節機能が付いたブラインドがあり、外の光を最適な明るさに調整してくれる。空調システムも個々の席で制御できるようになっており、それぞれが快適な温度で授業を受けることができる。


 授業が始まった。今日は特に実技系の科目が多く組まれていた。最初は化学実験の授業だ。私たちは化学実験室に移動し、そこで危険な薬品を扱う実験装置を使って化学反応を観察することになった。

「オンラインでは体験できない緊張感だね」

 エルビアが実験装置を前にして興奮した表情を見せた。

 

 その後も、美術の授業でキャンバスに絵を描き、体育の授業ではチームでバレーボールを楽しんだ。オンラインでは一人での作業が中心だったが、今日はリアルな体験を通じてクラスメイトとの絆を深めることができた。

 

 が起こるまでは……。

 

 体育の授業の後、私は友達と一緒にランチを取ろうとしていたが、グループの中でふと気まずい沈黙が流れた。唐沢くんもエルビアも何気なく他の友達と話をしている中、私だけが取り残されたような感じがした。

「絢音って、唐沢くんとよく話してるよね?」

 背後から聞こえた声に、振り返った。

 そこにはクラスの人気者、美咲みさきが微笑みながら立っていた。

 彼女の隣には、彼女の友達たちも微笑んでいる。

 私は入学してから、ずっと彼女のことが苦手だ……。

「え、あ、美咲ちゃん……。たまにだけど、何か?」

 戸惑いながらも答えた。

「あら、そうなの? たまにって言っても、絢音って結構近くにいるじゃない。あんた、彼氏でもいるの?」

 美咲の言葉に、その場にいた他の女子たちが笑いをこらえる様子が見えた。

 私は驚きと同時に、何か違和感を感じた。彼女たちの笑顔が何か陰湿なものに見えたのだ。

「えっ、そんなことないよ……。唐沢くんとはただ友達で……」

「そう? あんた、何か隠してるんじゃないの?」

 美咲の表情が一変し、ニヤリとした笑みを浮かんだ。

 私は言葉に詰まり、何も言い返せなかった。彼女たちの間で、何か噂が広がりつつあるのを感じた。

「あと、私のこと『美咲ちゃん』って、気安く呼ばないでよね」

 そう言っているかのような目つきをしていた。

 

 放課後、エルビアを待っていると、後ろから美咲の声が聞こえた。

「ねえ、絢音。あなた、唐沢くんと付き合ってるんでしょ?」

 私は振り返り、困惑した表情で答えた。

「え、いや、違うよ……。ただ友達で……」

「うんうん、そうだよね。『友達』……だよね。あなたがいつも唐沢くんと一緒にいるから、ちょっと気になってたの」

 美咲は上から目線で微笑んで、そっと私の肩を軽く叩いて校門を出ていった。私はその言葉の裏に隠された意味を理解した。美咲は表面上は優しさを装っているが、その裏では何かを企んでいるのだと感じた。

「ごめん、お待たせ! あれ、どうかした?」

「ううん、なんでもない」

 私は平然を装っていた。

 

 月に数回しかクラスメイトに会わないのに、その数回の日常の中で微妙な視線や、ささいな嫌がらせが絶えない日々が続いた。教室の席で隣になった女子たちから冷たい視線を感じたり、唐沢くんと話しているところをわざと通り過ぎていく彼女たちの姿を見かけることがあった。

 

 SNSのグループチャットでの、いじめも始まった。クラスの女子たちが私を仲間外れにし、冷ややかなトーンで誹謗中傷するメッセージを送り合っているのが見えた。

「この前の絢音の服、ちょっと古すぎない?」

「唐沢くんと絢音って変なカップルだよね」

「絢音の弾き語り、まじウケるwww 音痴で、下手くそすぎ」

 私はそのメッセージを見て、心がざわついた。自分がSNSで発信しているものまで攻撃されていることに——。SNSのグループでの陰湿ないじめは私の心を深く傷つけた。自分を守る術がないかのように感じ、日々をただ耐えるようになっていった。

 

 ある日、私は放課後に図書室で本を読んでいた。図書室といっても、本は置いていない。何もない空間だ。QRコードを読み取って、タブレット端末で電子書籍を読んでいた。すると、突然……。クラスメイトたちが集まってきた。美咲をはじめとするグループ数名が、私の周りに固まって、冷ややかな空気を漂わせていた。

「絢音! ねえ、あんた、唐沢くんと本当にただの友達?」

 美咲の問いかけに、困惑しながらも答えた。

「え、は、はい、そうだよ……」

「本当? でも、あなた、いつも彼と一緒にいるでしょ?」

「それに、唐沢くんってサッカー部でモテモテだし、あんたとはちょっと違う気がするんだけど?」

 周囲の女子たちの言葉に、私はますます背筋が寒くなるのを感じた。彼女たちの目は嫌悪な視線で私を見つめていた。


 心の中で思った。

「どんなに技術が発展しても、学校のいじめはなくならない、人である限り——」

 いつの間にか、学校は閉鎖空間になってしまった。

 図書室の静けさが、その言葉をさらに重く漂わせる。

 この状況から抜け出すことができるのだろうかという不安に襲われた。

 

 しかし、その時、図書室の扉が静かに開き、エルビアが姿を現した。

 状況を説明しようとしたけど、エルビアはすでに状況を理解していた。

「絢音……。美咲……。何してるの?」

 エルビアの言葉には、決して威圧感はなかった。

「ささ、絢音! この場を去ろう! ここはもう居心地が悪いわね。じゃあね。美咲!」

 私とエルビアはそっと図書室を後にした。

「ありがとう、エルビア……」

 

 その夜、私はエルビアに相談することを決意した。彼女の家に向かい、リビングで二人きりになった時、私は、やっと口を開いた。

 ちょうど、エルビアの両親は、外出中みたいだ。

 リアルでこうして、友達の家に行くのは、いつぶりだろう——。

 

「エルビア、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど……」

 エルビアは心配そうな表情で見つめた。

「どうしたの? 何かあったの?」

 私は深く息を吸い込み、今日の出来事を話し始めた。美咲たちに囲まれた時の恐怖、冷たい言葉の数々、それに対する自分の無力感。

「それに、唐沢くんがサッカー部でモテモテだから、私が一緒にいるといろいろ言われるの。彼とはただの友達なのに……」

 エルビアは黙って私の話を聞き終えた後、優しく手を握った。

「絢音、あなたは何も悪くないよ。いじめられているのはあなたのせいじゃない。私がいるから、心配しないで。一緒に考えよう。どうしたらいいか、一緒に対策を立てようよ! 大丈夫、私は絢音の味方だから」

 エルビアの言葉に、少しずつ心が軽くなるのを感じた。彼女の支えがあることで、どんな困難でも乗り越えられるかもしれないと、希望を取り戻すことができた。

「ありがとう、エルビア——」

「ああ、それと、美咲は嫉妬してるんだよ。唐沢くんのことが好きだから」

「え……。そうなの」

「うん、羨ましいんだよ。絢音が……。だから、卑怯な事するんだよ」

 私とエルビアは、その夜を通して話し合い、いじめに立ち向かうための計画を練り始めた。友情の絆が、私たちを強く結びつける夜だった——。

 

 本音を話せるのは、エルビアだけだ。

 私のたった一人の親友だ——。

 

 私は、エルビアを抱きしめ、大粒の涙をこぼした——。

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