#3 リアル登校
朝、眠い目をこすりながらベッドから身を起こした。窓から差し込む光が、部屋を柔らかく照らしていた。突然、ポチから警告音が鳴り響く。
「そうだ、今日は『リアル登校』の日だった!」
「——って、ポチ、知らせるのが遅すぎよ! なんで起こしてくれないの!」
最近、どうもポチの様子がおかしい。たまに言うことを聞いてくれない。
ポンコツだ。ほんとの本当に、困ったちゃんになってしまいそうだ……。
私は、主にスマートグラスを通じた仮想空間で授業を受けている。オンライン授業が主流であるため、ほとんどの時間を自宅で過ごし、デジタルの世界で学びを進めている。しかし、オンラインでは対応できない実地や実験が必要な授業があり、そのために月に数回、実際の学校に登校する必要がある。
これが「リアル登校」と呼ばれるものだ——。
私は目を見開き、ベッドから飛び出した。スマートグラスを手に取り、装着した。
グラスの中でデジタルの時計が浮かび上がり、朝の時間を示した。
「やばい! もうこんな時間!」
「ポチ、ロボタクシー手配して! なる早でお願いね!」
ポチは起動して、私を見つめた。
「絢音! おはよう。ラジャー! 到着目安は、15分後だよ」
「ありがとう! ポチ!」
着替えて、慌ててリビングに駆け寄ると、お母さんがいた。
「おはよう、絢音。あっ! 今日はリアル登校の日だったわね」
母が笑顔で聞いた。
「おはよ! うん! そうだよ」
胸を躍らせて答えた。
「あ、唐沢くんも一緒よね。ほら、あのイケメンの」
「ちょっ——。お母さんなんで、唐沢くんが今日、リアル登校するの知ってるの?」
驚きを隠せなかった。
「えっ……。だって、昨日、ポチが言ってたわよ」
「ポチが……。ポ〜チ〜!」
私のスケジュールは筒抜けみたいだ。
その後、父も加わり、三人で朝ごはんを食べた。家のスマートシステムが流す朝のニュースと共に、私のスケジュールがスマートグラスに表示される。
「絢音。ロボタクシーの手配はしているかい?」
父が訊ねると、私は自信を持って応じた。
「大丈夫、手配済みだよ。15分後に到着するって!」
父はタブレット端末を手に取りながら、話をした。
「そうか……。絢音、最近、またスマホを狙った強盗が出たそうだよ。皮肉だね、技術が進んでも犯罪がなくなるわけじゃないんだな……」
「そうなんだ……」
唇を噛みしめた。
「本当にどうしてこうなったんだろうね。スマートグラスが普及して、みんなスマホを忘れて、触らなくなるかと思ったのに。みんなスマホに夢中だよ。まあ、私も人のことは言えないけど……」
父は深くうなずいてから続けた。
「そうだな……」
「このスマホポーチは必要だよ。スマホは、まさに現代の武器だ。誰がこんな悪魔のようなデバイスを作ったのか……」
父は、朝ごはんを食べ終え、スマホポーチをベルトに固定した。
「悪魔って、お父さん、大袈裟だな〜」
私はスマホポーチに手をやりながら、深く考え込んだ。
「大袈裟じゃないよ。真面目な話をしている」
「……そういえば、お父さん、転職したんだよね! 勤務時間とか、どんな感じなの?」
訊ねると、父は答えた。
「ああ……、昨日、内定もらったよ。週3日、1日6時間の労働だ。休憩も1時間しっかり取れる。給料も、まあ、悪くはないな。心配かけてごめんな……」
「まあ、それって、すごく良い条件じゃない?」
母が微笑んで言った。
「確かにな。でも、諸外国はベーシックインカムを導入しているらしいじゃないか。みんなが安心して生活できる社会を目指しているらしいぞ。その点、この国は遅れているな……。まさか、私が、
父は苦笑した。そうだ、日本は失業者で溢れかえっているんだった——。
2050年の日本では、AIの進化が著しく、多くの職種が自動化される一方で、新たな社会問題が生じている。その中でも特筆すべき課題が「AI失業者」と呼ばれる現象だ。
父は大手IT企業のエンジニアだったけど、ある日、突然、その職種がAIやロボットによって置き換えられ、結果として失業することになった。家族にとって、これは突如訪れた衝撃的な出来事で、日常生活に大きな影響を与えた。
労働が不要になったんだ。AIは人ではなく、ロボットを選択した。このような事例は多くの家庭で見られ、経済的な安定や生活の質に影響を及ぼしている。
「AI失業者」は社会的な不平等や経済的な不安定要因として顕在化しており、政府や企業、個々の家庭がそれに対処するための新たな戦略や政策を模索する時期になっている。
サイバー攻撃、データ流出、AIを利用した詐欺、難民問題……。日本は安全な国と昔は言われていたけど、もう過去の話だ……。スマホの普及によって、この国も大きく変わってしまった。もう、どうすることもできない——。
朝から、暗いニュースばかりだ。そうだ、これが
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい! 気をつけてね!」
家を出ると、家の前には待機中のロボタクシーがいた。
快適な座席に座った。かつての満員電車の悲劇はもうない。
中学校を卒業した頃から、ロボタクシーで通学するのが一般的になった。
学校に到着し、校門でエルビアと唐沢くんに会うと、エルビアが大きく手を振って迎えてくれた。
「絢音、おはよう!」
「おはよう、エルビア!」
私も笑顔で返事をし、唐沢くんもニッコリと笑った。
「おはよう、神崎さん。久しぶりだね」
私たち、三人は笑いながら、学校の中に向かって歩き始めた——。
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