第一章 終わりの始まり
#1 スマホ人間
「夢?」
なんで、涙を流しているのだろうか? 悲しい夢を見たわけでもないのに……。
時々、現実なのか、夢なのか……。分からなくなる瞬間がある。
「起きろ〜! 絢音! 遅刻するよ!」
愛犬・ポチの声が部屋中に響き渡る。
「ポチ! わかった、分かった。起きてるってば。ボリューム下げてよ」
私が生まれた時、両親がインターネットで見つけ、家に迎え入れたのは、いつまでも一緒にいられる新しい家族だった。彼の名前はポチ。ペットといえば、かつては「犬」がその役割を担っていたが、テクノロジーが発達し、ペットは、ただのペットではなくなった。まるで、三十年前のスマートスピーカーが犬に化けたような、最新鋭の家族ロボットだ。
ポチは様々な機器と常時インターネットに接続され、家族の役割を果たしている。彼のデータ、つまりオペレーティングシステム(OS)は、日々進化を続けており、インターネットに接続されている限り、自動的に更新される仕組みだ。
彼と共に過ごす時間は、技術の進歩がもたらす温かさと安心感で満ちている。
「ポチ……。今日は、休日だよ。朝早く起きなくていいのよ。教えていなかったっけ?」
そうだった。今日は待ちに待った休日だ! 睡魔との戦いはしなくていいのだ!
目覚まし時計、鳴り止め! 時計!
「ああ……。そうだったね。ごめんごめん……」
ポチは申し訳なさそうに謝る。なんか、ここんところ、調子が悪そうだ。
ハード(体)は六代目。去年の夏、新品に変えたけれど……。
たまに私の言うことを聞いてくれなくなる。原因不明だ。
「でも、OSは変えたくないな……」
「え……? OS?」
「ああ、ううん、なんでもない……」
ポチは、私の持っているスマホとリンクしていて、私のスマホがないと動作しない。
検索履歴、行動パターンなど、膨大なデータを元に動いているから一台……。
いや、一匹ごとに性格が異なっている。つまり本物の犬と変わらない。
本物のペットのように愛着が湧くようにと、設計したらしい。
朝ごはんを食べ終え、片付け、机に向かって座った。ギターを手に取り、静かに弦を撫でる。細い指先が弦を軽く弾くと、柔らかな音が部屋の隅々に広がっていった。
今日も、また、この小さな部屋から世界と繋がる時間がやってくる。スマホを三脚にセットし、画面に映る自分を確認する。髪の乱れを整え、深呼吸をひとつ。これで準備は整った。私は自然と笑みを浮かべる。
「……っと。あぶない、危ない……。ポチ! スリープモード! 邪魔しないでね」
ラジャー! ポチは、部屋を出ていき、スリープモードになった。
LIVE配信を開始した。
「おはようございます! みなさん。今日も一緒に楽しんでいきましょう!」
スマホに向かって語りかけると、コメントが次々と流れ込んでくる。「おはよう!」「待ってたよ!」「今日は何を演奏するの?」そんな声がスマホの画面に溢れ、私の心を暖かく包み込んだ。
ギターの弦を調整し、ゆっくりとチューニングを合わせていく。視聴者さんは、その様子を静かに見守っているようだった。弦を引く指先が自然とリズムを刻み、やがて穏やかなメロディが部屋の中に満ちていく。
「今日は、ちょっと新しい曲を演奏してみますね」そう言って、私はいつもの定番曲ではなく、最近、作り上げたばかりの新しいメロディを奏で始めた。音楽は、言葉では伝えきれない感情を乗せて、画面の向こう側へと流れていく。
スマホの小さな画面越しに、視聴者たちのリアクションが伝わってくる。「素敵な曲だね!」「心が癒されるよ」そんなコメントが、私の心を一層温かくしてくれた。
演奏が終わると、私は深く一礼をして、スマホに向かって感謝の気持ちを伝えた。
「今日も聴いてくれてありがとう。また次回、お会いしましょう!」
配信を終えると、ふと部屋の窓から差し込む朝の光が目に入った。窓の外では、新しい一日が始まろうとしている。私はギターをそっと置き、スマホを片付けながら、今日もまた素晴らしい一日が始まったのだと感じた——。
「そうなればいいのにな……」
これが、私の理想オブ理想。しかし、現実は甘くない。
私の夢は、歌手になる事。しかし、この世界で、歌手になるのは、ほぼ不可能だった。スマホに支配された世界で、音楽だけで、歌手として生計を立てるのは、ほんの一握りの天才たちだけになってしまった。今の音楽業界は、AIが歌っている。心に響かない曲ばかりだ。
おばあちゃんの頃は、様々なジャンルの曲があったみたいだけれど、私が生まれた時は、電子音の曲ばかりが普及していた。
頭を抱えながら、私は私に問いかける。
「違う、私のやりたい音楽じゃない。もっとこう、心が動かされて、体がゾクゾクするような曲を作りたいんだ!」
すると、ポチがやってきた。
「絢音。どうしたの? 何か考え事でもしてるの?」
「ごめん。ポチなんでもない。ちょっと疲れてるのかな。ハハハ……」
苦笑いを浮かべながら、ポチを撫でた。ポチは喜んでいる。
「てか、あんた、なんでスリープモード解除されてるの? 解除してって言ってないよね! ほんとにもう、困ったちゃんだな……」
ポチを気にせず、再び作曲の続きを始めた。オリジナルは三曲ほど。未完成だけど、割と良い感じだ。自画自賛している。私の歌声が世界を変える。バカバカしいけど、本気で夢を叶えたいと思っていた。骨董品と呼ばれているギターを片手に歌い始める。 LIVE配信を始めた。これは、理想ではなく、
タイトルは『Around The World』希望を歌った曲だ。
『Around The World。星たちが見守ってくれる。僕たちなら変えられる。だから、僕は生きてられるんだ〜』
ワンフレーズ歌うと、次の曲『Change The World』を歌う。
一曲目とは違って、高音でハードな曲だ。
『Change The World。変えてみませんか?僕の手で、So この世界を!』
そして、最後の曲『時代』を心を込めて歌った。
『信じる事が愛なら、大人って偽物なのよ。信じるって事にもっと臆病になって。とりあえずと呼んで街を出ていく……。いつも通りに笑っていた。それは自分の姿じゃなかった。本当の自分は、脆くて苦いはずなのに。なぜ世界と言うのは、こんなにも醜い存在なのだろう……』
今回も視聴者数は『ゼロ』だった。世界中に発信しているのに、どうして、誰も私の曲を聞いてくれないのだろう……。いくら努力しても、誰にも応援してもらえなかった。いつの間にか、自信をなくしてしまっていた。路上ライブをしたとしても、スマホで動画を撮影してくれるけど、動画を撮るだけで、結局、私の音楽に耳を傾けてくれてなんていないんだ……。
数日後——。
「この曲、好きだな…」
作曲者の名前は、Ryuji。年齢不詳のアーティストだ。おそらく、男性だろう。彼の作る曲は、中高生の間で密かなブームとなっていた。テンポがいい曲に合わせて、ボーカロイドが歌っている。シンプルながらも、キャッチーな歌詞が若者の心を掴んでいる。
隣にいたポチが問いかける。
『絢音。Ryujiのこと好きなの?』
「はあ……。大大大好きよ。一度でいいから、彼に会ってみたいな……」
『隆二のことも好きなの?』
「なっ…。ポチなに言ってんの⁉︎ 隆二くんとは、そう言う仲じゃないよ」
『そっか、嫌いなの?』
「嫌いじゃないけど……。好きでもない」
ポチに嘘をついてもバレバレだ。
ポチは笑う。
『絢音。隆二のこと好きだもんね。僕にいつも言ってるじゃない。それなら、好きなら好きとハッキリ言えばいいのに。人間の考えてることはよくわからないな……』
私は怒る。
「あのね。ポチ。調子に乗らないでよね! これ以上、私を怒らすと、リセットするわよ」
『ごめん、ごめん。絢音……。おやすみなさい』
十年以上、一緒にいると、ここまで精度が上がるのかと感心しつつ、私はポチをお休みモードに設定して、ベッドに横たわる。
この世界では、直接、何かを伝える機会がほとんどない。基本は、スマホでメッセージのやり取りをする。授業は、スマートグラスをかけて、教室と言う名のバーチャル空間で、学び。年に数回程度、実際に会って少し会話をするくらいだ。
技術が発展して、世界中の人とバーチャルで繋がっている。言語の壁は破壊された。でも、なぜ私は孤独なのだろう。リアルな人との繋がりが殆どなくなってしまった。世界はスマホに支配されていた。私の恋心は、スマホが作り出した幻なのだろうか?それとも、私はどこかおかしいのだろうか? 私は何者なんだ? 疑問ばかりが浮かび、私の心をギュッと締め付けた。
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