いちごミルク③
死神というのはまず、長から名前をもらうところから始まる。死神になった自覚を持たせるために死神名が付けられるとのこと。
長室へ移動しながらアイは簡単にそう説明してくれた。
先ほどの灰色の部屋を出ると、これまた灰色の廊下が延々と続いてた。
だが先ほどの部屋と違うのは、ところどころに窓があることだった。
窓から見える景色は薄暗い雲で覆われた空。少し遠いところにいくつか建物があるのと、それからアイと同じような真っ黒な服装に青白い顔をしている者がちらほらと見えた。
何気なく窓に反射されたものを見ると、縁自身が映し出される。窓の外にいた人たち同じように真っ黒な服装に血の通っていない顔面蒼白がそこには映っていた。
やはりここは夢とかじゃなくて死神の世界なんだと自覚するには充分だった。
しばらくして廊下の色にそぐわない違和感のある扉が見えてきた。
重厚感のある深緑色の扉には取っ手がなく、中の人を呼び出すためのドアノッカーがついているだけだった。
それを使ってアイが中の人に合図を出すとしばらくしてドアが開かれ、中に迎えられる。
一体どんな人が死神の長をしているんだろうかとソワソワと落ち着かない気持ちでその部屋へと足を踏み入れた。長室は、先ほどの灰色の部屋とは打って変わって、人間で言うところの中世ヨーロッパの貴族とかの執務室のような印象を受けた。
「ようこそお越しくださいました。私はキンソツのサリエルです。そちらが本日死神となった方ですね」
部屋に入ってすぐに出迎えてくれた女性の死神は丁寧にお辞儀をする。所作がとても綺麗な丸メガネの彼女もやはり真っ黒な衣に身を包み、青白い顔色をしていた。
案内された部屋の中を改めて見渡すと、アンティーク調の机に高級感のある革の椅子。それらを取り囲むかのように背後にそびえ立つ本棚。そこにはぎっしりと分厚い本が並べられていた。
そんな長の机の前には客人をもてなす、これまた見事な革のソファとにシックなテーブル。
そこに一人、優雅にティータイムを楽しんでいる人がおり、こちらに気づくとニコリと太陽のような明るい笑みを向けてきた。
「やあ、いらっしゃい。新人死神くん」
この小さな少年のような死神は一体誰なのだろうか? 堂々たるくつろぎ具合に長の知人なのか考えた、がすぐに答えが判明した。
「長、新人にその態度はいかがなものかと。位の高い神であればもう少し威厳を」
小さな少年の死神の隣でこそっと口添えをするサリエルに、この人が長である事を認識する。
長と会うと聞いていたので、ここに来るまでにどれほど凄まじく威厳のあるお方なのかと大いに想像を膨らませた。それこそ周りの死神たちが黙ってひれ伏すような、ガタイのいい髭を生やした大男をイメージしたのだが、実際は小さな少年のような神だった。
「位が高いからこそ、親しみを! これ私のポリシーだから。なので……そんなところに突っ立ってないで、こっちにきて一緒にティータイムと洒落込もうじゃないか」
「えっ、と」
長の言うことなのだから、応じるべきだろう。
だがちらりと横にいるアイを見ると、鬼の形相で長を睨みつけているように見えた。
「アイ、そんな鬼みたいな顔していたら新人くんに怖がられるぞ?」
「はあ……あなたもご存知の通り、元からです」
「そんなことなかったと思うけどな〜」
口を尖らせて拗ねた様子の長だったが、目の前に置いてあったショートケーキを口に頬張ると、幸せそうな笑みを浮かべた。
(一体ここはどこなんだっけ?)
そんな流れを見ていた縁はどうしたらいいのか分からなくなっていた。
知らない場所に知らない人々。縁自身も知らない格好をしており、知らないことだらけ。先ほどアイの説明でかろうじて死神の世界と認識できたはずなのだが。
長と言われる人があまりにも表情豊かな無垢な少年で、アイとの対比がものすごかった。
「とりあえず座って。サリー、お茶よろしく」
渋々といった形でアイが長の向かいのソファーに腰を下ろしたため、その横に縁も座った。
サリエルが出してくれたお茶もそこそこに縁に死神名が名付けられた。
「君の名前は、ヘル! うん、我ながらいい名前をつけた」
ご満悦な様子の長はサリエルから渡された一枚の紙にヘルと名前を書いていく。
死神として生きるための誓約書的なものなのだろう。長が名前を書いた瞬間、身体中がそれを認識し、胸の辺りから指先まで一気に血が巡っていくような感覚になった。
『ヘル』
それが縁の死神名。
北欧神話にヘルという神様がいるので、そこから取ったのかと長に尋ねたところ。
「ヘルスケアから取ったんだよ~。健康管理って大事だからね~」
と言った、まあ気の抜けた回答をもらった。
健康管理がどうこう言う長を見て、アイやサリエルがため息をつく。
「思考がぶっ飛んだヤバイ方なので早く慣れて下さい」
もっと厳しくて気の抜けないところだと思っていたのに少し拍子抜けだった。
でも縁……ヘルは何だか死神としてやっていけそうだなと少しずつやる気を出していった。
長に名前をもらった後は所属する部が決まり、死神学という死神の常識・歴史を徹底的に頭に叩き込まれた。百パーセント人間上がりのため、死神としての常識が全くない。
そのため、講師や膨大な量の本から知識を得るのだが、人間とはあまりにも異なるため初めは戸惑うことが多かった。
でもたくさんの死神の常識を得ることができた。
この世界には人間社会のように一つの組織として部門があり、それぞれに特化した任務が割り振られていた。
ヘルが所属する『病処理部』は主に病気や老衰で亡くなる人の管理を行う部だ。一般死神の入れ替えが激しく、三日前にいた死神が今は成仏していなくなっているなんてことも多い。
他にも事故処理部、殺人処理部、自殺処理部、死神統括部などもあり、部によって特色が異なる。
そしてその中でも役職という位を示すものも存在する。
ミガニシが長でトップとなり、その後にキンソツ、ブンカ、カブ、ジンシと位づけされている。キンソツとブンカは十人もいない特別な位で、大半の死神はそれ以下の役職止まりとなる。
ちなみに後で講師の者が教えてくれたのだが、役職名は逆さから読むと大体何か分かると言う。ミガニシなんて死神を逆さから読んだものじゃないかと心の中でツッコミを入れた。
そして他にも学べばたくさん分かることがあった。
一つ、死神は疲れない、眠らない、お腹も空かない、そして成長することもない。
二つ、生きていた時の罪の重さによって、この世界に縛られる年数が異なる。自殺や殺人は軽く千年は死神として過ごすという。
また、本来は事故や病気で亡くなった場合、死神になることはない。基本的には。だが未練が残っていたりすると死神として生活することもある。ヘルはそれに該当する。
三つ、人間に死神名を教えてはいけない。『カブ』以下の死神は役職名を伝えること。
名前には特別な力があるとされている。魂を縛りつけ、身動きを取れなくする力さえ持っている。だから死神名、ましてや人間名も名乗ってはいけないことになっていた。
こうして死神の知識を得る勉強は楽しかった。
元々人間の時から勉強は好きな方だったため、苦痛ではなかったし、むしろもっと知りたいと意欲を掻き立てられた。
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