いちごミルク④
それから半年後、ヘルは魂狩りの任務を行うことになった。
初めは魂狩りというので鎌を振り回したり、ナイフでブッ刺したり、随分物騒な想像をしたがそれらを使うのは特殊な場合であると本に書かれていた。
基本的には見守るだけ。死んだ後、人間の体から魂がを自然分離する。その魂を天へと送り、魂狩りは完了するといった非常に簡単なものである。
初めての魂狩りは老衰で亡くなる九十歳を超えたおばあさんだった。
自分の人生を全うした彼女は穏やかな表情で無事に天へと導かれていった。
次もその次も心穏やかにヘルは魂狩りの任務をこなした。
正直言って、魂狩りの任務はこんなものかと思った。あまりにも心穏やかに見送れるので死ぬという行為に笑顔を向けることさえあった。
そんな精神状態なので心に余裕もあった。死神の体は疲れなし、眠くならない。その特性を活かして、時間が空けば資料室へ行き、可能な限りの知識を頭に詰め込んだ。
それでも正直まだ足りない。本に書かれていることは基本的な事ばかりで、たまに大きな事例なども載っているが、一般的なものに過ぎなかった。
だからヘルは死神たちに話を聞くことにした。
他人に興味のない死神たちから話しを聞くのにはかなり骨が折れる。自分に関係のない死神が話しをかけてきたら無視は当たり前。たまに応じる者もいたが、まだ死神になって数年の殺人処理部、自殺処理部に所属している死神は魂狩りを思い出したくない様子で、その辺りを避けて話しをした。
だがかなり長い間ここで生活をしている死神は、やはり面構えが全然違っていていろんな話しを聞くことができた。
痛々しい内容が多く、話しを聞いているだけで心が荒んでいきそうだった。
どうしてこんなに話してくれるのか、魂狩りを思い出して辛くないのか? と聞いたこともあった。するとその死神たちは皆揃ってこう言った。
「死に慣れ過ぎた」
そして今日も死神たちから話しを聞いて、病処理部の部屋へと戻った。
ほとんどの死神は任務で出払っているのか、病処理部のブンカだけが席に座り、書類仕事に勤しんでいた。
彼は自分がやらないと気が済まないタイプのようで、率先して魂狩り任務を行なっている。なので話をしたくても中々捕まらないことが多く、今日のように座っているのは非常に珍しい。
いいかげんヘルの『願い』について話したいと思っていたので、ツカツカと彼の前まで行き、深くお辞儀をした。
「お疲れ様です、今よろしいでしょうか」
「おう、ヘルか。何だどうした」
ヘルの話しを聞く体制になったのか、書類仕事を止めた気配があった。
「聞いていただきたい話がございます」
一通りの話をして様子を伺うと彼は腕を組み、眉間に皺を寄せて難しい表情をしていた。時折唸ったりもして、そんなに難しい話だったのかと不安になった。
「言いたいことはわかった。だが基本的にはダメだ」
話をする相手が変われば上手くいくかもしれないと、微かな期待を抱いていた思いは見事に打ち砕かれた。
「それに俺は専門じゃない。詳しいことはわからないんだ。すまん」
「あ、いえ」
面と向かって話をする彼は眉を下げ、少し申し訳なさそうにしている。上司でもわからないのであれば他のブンカ、それ以上の位の死神に聞いてみるしかないのだろうか。
だが、他の処理部へ出向きたくても門前払いが目に見えている。他と接点を持ちたければ自分の所属しているブンカに取り継いでもらうものなのだ。
どう取り継いでもらうか思案し始めたところに思わぬ救いの手が差し伸べられる。
「殺人処理部のアイなら詳しいことが分かるかもしれない」
「……アイ、さんですか」
彼の名前が出た途端、ヘルは自分でも驚くほどに逃げ腰になった。
この世界に来た頃、ヘルの面倒を見てくれていたのはアイだった。だが彼の冷たい態度にズバズバとはっきり言う口調。そして何よりヘルの話を一切聞いてはくれなかったため、苦手意識があった。
「殺人処理部っていう一番仕事がキツイところのトップをしている。それに、もしアイがわからなくてもその上に取り次いでもらえるかもしれないしな」
「え?」
「アイは位のある者の中では一番の古株だからな。口説き落とせれば何とかなるだろ」
ガハハと豪快に笑う自分の上司を横目に、ヘルは話を整理する。
以前、アイに話をした時は死神になりたての何もわからないヘルだった。でも今はある程度知識をつけ、経験を積み、それなりにこの世界を理解しているつもりだ。
そして何より自分の上司にアイを勧められている状況だ。
取り次いてもらえればこれは逆にチャンスなのかもしれない。
「アイさんにお話をさせて頂きたので、取り次いでもらえないでしょうか。お願いします」
深く深くお辞儀をする。今日はたまたま上司がいて、落ち着いて話をすることができて、知っているアイの話も出てきて、運が回ってきているとしか思えない。
お辞儀をしているヘルの頭上から『顔を上げろ』と声がする。
その言葉通りに頭を上げると慈愛に満ちた顔で微笑む上司と目が合った。
「お前は本当に真面目なやつだな」
「……後悔、したくないので」
「いい心がけだ。今から行ってこい。門前払いにはならないよう話を通しておく」
その言葉に再びお辞儀をして、ヘルは病処理部の部屋を後にした。
後ろで『諦めるなよ』と言う言葉が小さく投げられていたことには気付かぬまま。
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