死の宣告②

◆◆◆


 時を同じくしてカランと古宝喫茶のドアが音を立てて開く。

 耳に残る印象的な鈴の音と共に店内に入ってきたのは結衣と翔だった。


「うわあ! レトロでお洒落〜」


 初めて来た結衣は目を輝かせながら店内のキョロキョロと見渡した。どれも普段目にする物ではないため、新鮮で心惹かれるものがあったようだ。


「いらっしゃいませ」


 すぐ近くのカウンターにいたマスターが笑顔で迎えると、少し離れた席にいたウエイターに目配せをする。ウエイターの彼は一度頷き、無駄のない動きで水を持って二人を接客し始めた。


「いらっしゃいませ、二名様でしょうか?」

「はい」


 店内の装飾に夢中な結衣に変わって翔がそう答えると、二人は入り口に近い席を案内された。

 席に着くと二人は早々にメニューを開いて何にするのか相談し合った。


「結衣は何飲む?」

「う〜ん。どうしよう、一つに絞れない」


 メニュー表には様々な飲み物があり、定番のコーヒーから普段中々口にしないようなものもあった。そのため結衣はページをめくっては戻り、めくっては戻りを繰り返していた。


「俺はコーヒーにしようかな」

「え、せっかく色々飲めるのに勿体無い!」

「やっぱ、いつものがいいんだよ」

「じゃあ私はストロベリーラテにする」

「結衣も結局一緒じゃん!」


 軽快にツッコミを入れた後、近くで控えていたウエイターを呼ぶ。

 コーヒーとストロベリーラテ、それから軽食を一通り注文をし終えると、翔はここにくる前に済ませた用事について話し出した。


「次の検診は一年後だっけ?」

「うん、経過良好! 正直元気が有り余っているし、病院の後にこうしてお洒落な喫茶店に連れて来てもらえるなら悪くないよね」

「こうでもしないと逃げるじゃん……」


 あははと笑って、過去に逃げ出した出来事を誤魔化す。

 結衣はどうしても血を抜かれるのが好きではないのだ。一度採血中に倒れたことがあり、それ以来、定期検診が近づいてくると翔を避けるようになった。

 翔もどうして自分が避けられるのかおおよその予想がついていたため、あの手この手を使って結衣が逃げ出さないように必死に策を講じた。

 そしてその結果が病院後に喫茶店に行くことだった。

 翔にとって、大人しく病院に行ってくれるのであればこんな出費安いものだ。


 結衣が定期検診に行くのには理由がある。

 小さい頃、彼女は病弱でよく入退院を繰り返していた。歳を重ねるごとに病状は悪化し、三年前に大きな手術をしている。

 術後、体はみるみる良くなっていた。今ではこうして一緒にカフェに行くこともできるようになったが、昔はそれさえできなかった。だからというのもあって、多少のわがままであれば叶えるようにしている。

 翔にとって結衣は妹のような存在。年齢的にも彼女の方が年下で小さい頃はよく面倒を見ていた。それだけの存在だったはずだ。


 それなのにいつしか翔にとって、一人の女性として目に映るようになった。

 この思いは叶わないと分かっていても、側にいて支えになることができたらと最近では世話を焼くことが増えた気がする。


 たまに突拍子もないことするので困ることもあるが、と思い至ったところで翔は昨日の結衣の謎発言について追究せねばと彼女を見据えた。


「そういえば、昨日のストーカーとの手紙は全部処分したか?」

「えっ? ……えーっと」


 目が泳ぎ出し、何もない虚空に視線を彷徨わせる。どう言い訳をしようかと考えている様子がありありと映っていた。


「したした当然じゃん。あははは」


 昨日、部屋を訪ねた際に妙な言い訳をされたのがずっと気になっていた。

 今日の定期検診の件で聞きたいことがあってメッセージを入れたものの、全く返事が来ないため彼女の家を訪ねた。

 部屋の前まで行くと、中から話し声が聞こえてきた。相手は一切分からないが、結衣の口から『感謝している』『面倒だな』誰かと話している様子だった。だから申し訳ないと思いつつ、ドアをノックしたのだが部屋には結衣以外誰もいなかったのだ。

 それどころか先ほどまで死神がいたとか、手紙を届けてもらったとか、斜め上の回答をするため翔は混乱を極めた。

 証拠として出してもらった手紙も明らかにストーカーからのもので全力で処分を促したのだが、この様子だとまだ手元に残っているのだろう。


「目覚まし三つもかけて起きられないのは夜更かしのせいだね。だったか?」

「そう! だから今度から四つにしようと思うんだけどどう思う?」

「どう思う? じゃないから。家に帰ったら処分するぞ」

「そ、それだけはどうぞご勘弁を」


 全くもって危機感のない結衣に呆れ返る。


(とりあえず俺が結衣の周りを警戒しておこう)


 ひとまず帰ったら有無を言わさずに灰になるまで燃やして、また手紙が来ているようであれば被害届を出しに行こうと心の中で固く誓った。


「お待たせ致しました。コーヒーとストロベリーラテです」

「わあ! 美味しそう。カップもお洒落〜」

「ありがとうございます。心ゆくまでご堪能ください」


 鼻に抜けるコーヒーの香りが、一緒に運ばれてきたストロベリーラテの甘い香りと程よく交わる。互いに香りを相殺せず、それぞれの良さが鼻をくすぐる。ちょっとしたお得感を味わっている気分だ。

 入れられたカップも実に上品な代物だった。金で縁取られており、一見ゴージャスのように見えるが小さく描かれているクローバの葉がゴージャスさを少し抑え、とても可愛らしく感じさせた。


 さて、堪能するかと一口飲んだところで翔の携帯電話が着信を告げる。一瞬顔を顰めると結衣に断りを入れて店外へと出ていった。


◆◆◆

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