ストーカーからの手紙②
「え? あれ?」
「知らない人だよ」
これは予想外の回答だった。
いや、もしかすると聞き間違えたのかもしれないと頭を振ってヘルは自身の言動を振り返る。結衣はシー・ラナイさんという人の名前を口にしていたのにそれを聞き間違えたに違いない。
「あ~えっと、もう一度言ってもらえるかな? シー・ラナイ?」
「だから、知らない人からだって!」
うん、やはり間違っていないようだった。
「なんで知らない人と手紙のやり取りをしているんだ!」
「せっかく手紙を送ってきたくれたから!」
普通、一般的な人はよく知りもしない人からある日突然手紙が来たら警戒するだろう。気味が悪くなって手紙を捨てたり、身近な人に相談したり、ひどくなれば警察に駆け込む人だっているはずだ。
「普通そういう手紙は無視だろ……」
知らない人との手紙のやり取り。そしてあろうことか毎日嬉しそうに受け取り返事。彼女は熱があるのかもしれない。
額に手を当てる動作をしても熱は一切感じ取れなかった。
「まあ私も最初は警戒したよ? こんなブスで根暗で年中ニートみたいな可愛さのかけらもない気持ち悪い私に手紙だなんて変わっている人だなって」
良くもまあスラスラとネガディブな言葉が出てくるものだ。特に否定せずに次の言葉を待っているとなぜか結衣は呆れた様子でため息をついた。
「否定してよ」
「え? 否定してほしかったの? あー、気持ち悪くないよ可愛」
「ニートだけ否定して!」
「なぜ!!」
結衣は現役の大学生だ。大学生だからニートではない、だから否定してほしいということだろうか。ヘルはもう訳がわからなくなり頭を抱えた。
「それでね、警戒はしたんだけど手紙を読んだらどうでもよくなっちゃって」
そう言って今日届けた手紙をヘルに手渡す。
封筒を一通り観察するが真っ白で宛名以外何も書かれていないし、変なものが入っている様子もない。だが、手紙の内容を確認すると安全なものとはとても言い切れず、次第にヘルの表情は険しくなっていった。
「いや、これ完全にストーカーじゃん!」
「でもよ~く読んでみて? 私のこと細かく観察しているの。すごくない?」
感心している様子の結衣だが、つまりは自分の行動を逐一観察されているということ。もしかすると今もどこかからやり取りを見ているかもしれない。隠しカメラや盗聴器が部屋のどこかに設置されているかもしれない。まあはたから見れば独り言の多い女の子だろうが。
「今日はいつものいちごミルクは飲まないんだね。あ、もう飲んじゃったかな? いつも5秒で飲みきっちゃうもんね」
手紙に書いてある一文を読んでみせると。
「あ! そこね、自分でも気づかなかったんだけどいちごミルク五秒で飲んでいたみたいなの。びっくりだよね~」
なんともまあ能天気な言葉が返ってきた。
いちごミルクは結衣が大好きな紙パックの飲み物で、毎日欠かさず飲んでいる定番品。今日もどうやら飲んでいたようでゴミ箱の中に紙パックが捨てられている。
「……秒数数えるって」
「すごいよね!」
「いや、気持ち悪いわ!!」
「今度は時間かけて飲んでみようかな。それにも気づいてくれるんでしょう? きっと」
「はあ~~」
ヘルの深い深いため息が部屋中に響き渡った。
これは一度言い聞かせないとダメなようだ。背筋を伸ばしビシッと人差し指を立てると、結衣に向かって諭すように話した。
「いい? 世の中には危ない人もいるんだよ? この手紙をやりとりしているストーカーが今後行動に出ないとも限らない。最悪殺される可能性もあるんだからもっと警戒心を持って」
「ぷっ。あっははは!」
そんな注意も虚しく、結衣は声を出して笑った。涙を流しながらもうこれでもかと言うくらいに。逆に失礼じゃないかと言うくらいに。
「は~笑った。面白いことを言うのね。それはないって」
「いやいや」
「いやいやいや」
「いやいやいやや」
「あ! やを続けていったから負け!」
一体なんの勝負をしていただろうか。否定したら否定し返されて、それをまた否定しただけなのに彼女はすごく面白がっていた。
「もう負けでいいよ。とりあえず」
「ふぅー。いい息抜きだった。じゃあ返事書くね」
そう言うと結衣は手紙を机の上に置き、引き出しから可愛らしい便箋をいくつか取り出した。その表情はすごく穏やかで温かく彼女にとって大切な時間なのだと伝わってくる。
ストーカーへの返事だが。
それでも結衣にとっては意味のあるものなのだろう。
変態ストーカーからの手紙に対する返事だが。
どの便箋にするか数分悩んだ後、彼女はペンを取り、早速返事を書き始めた。
「拝啓、初冬の候 ストーカー様ご清祥のこととお喜び申し上げます」
「なんかやけに丁寧だな? で、なんて返すの?」
拝啓、なんて使うということは結構お堅い返事をしているのだろうか。
さすがにストーカーが相手だと知った今、どんな感じで返事を書いているのか気になった。
「よく私を見ていますね。私の行動で気になるところはありますか?」
「ストーカーにアドバイス求めているし!」
「だってニート脱出したいじゃない。そういえば死神さんお仕事は? 遂にニートになった?」
「遂にってなんだ」
「私の魂も取っていかないし何しているの? やっぱりニートでしょう?」
「ニートなわけあるか!」
ニートじゃないのかと小声で聞こえたような気がするが、ツッコむと余計深い話をされそうだったので無視した。
世間一般的な死神のイメージは、死期が近い人に見える黒い骸骨。魂を狩り取るために人間の前に現れる恐れの存在。あまりいいイメージはない。
「君の魂は取る必要がないって前々から言ってるじゃん」
死期の近い人間には稀に死神が見えるのだが、彼女は随分と先の予定となっている。だからなぜヘルが見えるのかわからないが、もしかすると意外と死神を見える人は多く存在し、その辺を歩いている人だと思ったものは実はということもあるかもしれない。
「それよりも俺の存在に気づく方が予想外だった」
「気づいちゃった、てへ」
「てへ、じゃないんだよ。上司に散々怒られたんだから」
「死神の世界にも上下関係とかあるんだ~」
目をキラキラと輝かせながら興味のある様子だが、ヘルはこれ以上話すつもりはなかった。そもそも死神と人間は相容れない関係。こうやって話していること自体ありえないのだから。
ふと、ヘルは結衣との出会いを少しだけ思い出していた。
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