ストーカーからの手紙③

◇◇◇


「体調悪いんですか?」


 最初は道で顔色が悪いヘルに結衣が声をかけてきたのがきっかけだった。

 人間に死神が見えるはずはないため勘違いだろうと無視していたのだが、どうやらそうではなかった。


「あの〜」

「大丈夫ですか?」

「もしも〜し、聞こえてますか?」


 無視し続けているのにも関わらず彼女は根気強く声をかけ続けてきたのだ。

 これは明らかに見えている。ただ、見てはいけないものを見ているとかそういう発想にならないのだろうかと別の疑問が浮かんできた。

 あと、若干しつこい。


「あなた大丈夫? 顔色ものすごく悪いけど」

(この顔は元からだ!)


 思わず心の中でツッコミを入れる。死神は皆、死人なのだから青白い顔をしているのは当たり前なのだ。

 このままでは終わらないと踏んだヘルはその場を後にする。

 もう会うことはないだろうとその時は思っていたのだが、その考えはすぐに打ち砕かれる。

 なんの因果か。ことあるごとにヘルは結衣に会った。

 その度に無視を貫き通していたが、彼女はめげず声をかけ続けた。


 最初は体調を気遣った言動が多かったが、気づけば日常の会話へと変わっていき、今日の朝ごはんは納豆だったとご飯の感想まで言うようになった。

 なぜ納豆の話を聞かされているんだと思いつつ全て無視していたが、ある一言で突然終わりを迎えた。


「それでね、最近変なおじさんに声かけられて」

「変な、おじさん?」

「やっぱり聞こえているじゃない!」

「しくじった……さてと。仕事に戻るか」


 変なおじさんという言葉に反応するとか少し気が緩んでいる証拠だ。人間と関わりを持たない。持ってはいけない。


「ねえ、あなたの名前は?」

「教えるわけないだろ……」


 そう捨て台詞を吐いてヘルは仕事へと戻っていった。

 その後も偶然が重なって2人は何度も会った。そして10回目を超えるあたりには結構仲良くなっていた。


「ねえ、ちょっといちごミルク買ってきて」


 結衣がヘルをパシろうとするくらいには打ち解けてきていた。


「無理だよ。実態がないんだから」

「でも意識すれば物を移動させたりパッとしてシュッと出来るんでしょう?」

「なんだパッとしてシュッって。死神を何だと思っている」

「超人的なパワーを持ったすごい神」


 死神にそんな力はない。人間の死に様を観察し、魂を狩り取るだけのただの死に近い神というだけ。それに普通の人は死神にならない。それが世の理。


「仮にだ。いちごミルクを買ってこれたとしても俺の姿は誰にも見えない。物を持てば宙に浮いているように見えるし、心霊現象だと言われるのがオチ」

「それは楽しいね! 『謎のいちごミルク、宙に浮く』ってバズるかも」


 妄想を膨らませ楽しそうにする結衣の傍でヘルは深いため息をつく。

 人間に干渉できる方法がないわけではない。ただ、それをすると体力はかなり持っていかれるし、一時的に精神も弱くなる。だから仕事でない限り死神がそれを使うことはない。


「まあでもそのせいでいちごミルクが飛ぶように売れて私が飲めなくなったら困るし。それじゃあ郵便受けから手紙取ってきて。それなら誰にも見られないし大丈夫でしょう?」

「何がどう大丈夫なんだ。あと、当たり前のようにパシらせるな」


 結局このことがきっかけでヘルはパシられるようになった。干渉も一時的とはいえ、かなりの体力を持っていかれるので仕事終わりにという条件にはなった。

 仕方なく了承した彼に気づかれないよう、悪巧みな顔で結衣がこっそりと『ちょろいちょろい』と言っていた。


◇◇◇



「でもさ、あんなにも顔色悪そうにしていたら声かけちゃうよ」


 結衣の声に現実に意識を戻す。彼は少々過去に浸りすぎたかもしれない。


「何度も言うがこの色は元からだ」


 血の通っていないその色に普段なら気にもならないし、なんなら周りも皆同じ色をしている。これが普通なのだ。

 少し彼が気落ちしているように見えたのか、結衣は慌てて弁解する。


「でもでも! 手紙をここまで届けてくれるし私感謝しているんだよ」


 弁解になっていない弁解だったが、それでもヘルは嬉しかった。なんだかんだ言っても彼女は気遣ってくれる。


「だって郵便受け見る面倒だったし」


 前言撤回。気遣いとはどういう意味だったか。もう一度辞書で調べる必要があるだろう。


「とにかく、もっと警戒心を持つこと。分かった?」

「はあ~~」

「ため息をつきたいのはこっちの」


 コンコンと会話を遮るように物理的な音がした。誰か来たことは一目瞭然だ。一旦会話を中断して静かに部屋のドアに注目する。


「結衣~? お取り込み中のところ悪いんだけどちょっといい?」

「あれ、翔だ」


 部屋の外にいる声の主は結衣の幼馴染の春日翔。隣の家に住む二つ年上の爽やかお兄さん。

 彼が家に来る理由に全く心当たりのない結衣は、首を傾げながらドアの近くへ向かった。だがヘルが目の前で全力で止めにかかる。


「待て待て。俺いるんだけど」

「どうせ見えてないんだから大丈夫でしょう」

「大丈夫なわけあるか」


 いくら翔に死神の姿が見えていないとはいえ、盗み見るようでいい気はしない。聞いちゃいけないあ~んなことやこ~んなことを聞いてしまったらもうここには来れなくなる。一刻もここから立ち去らねばと結衣に伝えたいことだけを伝えた。


「とりあえず俺行くから。手紙は明日回収するからちゃんと書いておけよ」


 ヘルは壁をするりと抜けて結衣の家を後にした。

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