第一章 ストーカーからの手紙

ストーカーからの手紙①

 ポカポカと陽の光が暖かい昼下がり。

 とある家のとある部屋の前に青白い顔をしたヘルは立っていた。


 今すぐこのドアを開けて部屋に入ることはできるが、中にいるのは年頃の女の子。プライベートというものがあるだろうし、多少なりとも気を使う。それにもし他に誰かいたとしたらこの状況は卒倒レベルだろう。

 なんせ、急にドアが開いたと思ったらそこには誰もいない。そしてヘルが手にしている彼女へのお届け物がひとりでに動いているように見えるわけなのだから。


 本来の仕事と全く関係のないことをしている今、正直このお届け物をドアの前に置いて立ち去ることだってできる。

 だからこんなことしなくてもいい。そう自分に言い聞かせても既に日課として身に染みついているため、やらないと逆にソワソワして落ち着かなくなる。


 そっとドアに近づき耳を側立ててみるが、中から複数人の声はしない。だが、人がいる気配はあった。

 彼女が一人で部屋にいることを願って、ヘルは合図を送った。


「コンコン」


 物理的なノックの音ではない。ヘルが自らの口で発した擬音だ。


(うん、悪くない出来だ)


 うるさくなく、それでいて存在感を出せたのではないだろうか。少し恥ずかしいがドアの前にヘルがいることはアピールできた。

 自信満々に仁王立ちして待っていたがが、しばらく経ってもドアが開く様子は一切なかった。


(まさか聞こえなかった? こんなにも存在感が滲み出ているのに)


 いつもならすぐに出迎えてくれる彼女が一向に姿を現さない。


「ふふっ」


 それどころか部屋の中から小さな笑い声が聞こえた。と言うことはと、ある一つの思考に至った。


(放置プレイ?)


 早速だがもう最終兵器を使うしかないと考え、先ほどより少し大きめの声で部屋の中へ合図を送る。


「コンコーン。お届け物ですコーン」


 その瞬間、光の速さで勢いよくドアが開いた。

 部屋から出てきた彼女、佐倉結衣はそこに立っているヘルを認識する。そして認識できた後、その視線は手に持っているお届け物に集中した。

 何も言わず早くそれをよこせと、華奢な手が差し出される。


(お届け物に釣られて出てきたな。そんなにもこれが気になるのか)


 こちらを見ずに手を差し出す結衣に少々呆れながら、誰もいないことを確認してヘルは部屋の中に入った。


 部屋に入ってまず目についたのは机の上に置いてある本だった。いかにも先ほどまで読んでましたと言わんばかりに無造作に置かれている。そしてその横には飲みかけのマグカップも置いてあった。最初のコンコンに反応がなかったのは、本に集中していたからであろう。放置プレイで無かったことに少しだけ安堵した。


「ねえ、そのコンコンやめない? 気遣ってくれるのはありがたいけど普通にノックしてよ」


 ヘルが中々手に持っているお届け物を渡さないため、結衣は諦めて会話を試みる。 


「他の人がいたら驚くだろう? 結衣だけだったら遠慮なくノーコンコンで入るけど」

「急に気遣いがなくなるっ!」

「前にも言ったけど俺のことは、結衣以外は見えてないんだからさ」


 死人のような青白い顔でそこに立っているヘルは死神という存在であった。

 部屋の窓ガラスにヘルは映らない。椅子だって机だってすり抜けてしまう。影もなければ足音も聞こえない。

 本来であれば人間に死神の姿は見えないはずなのに、なぜだか結衣には見えていた。


 いよいよ自分には力が宿ったのか、それとも元々潜在的にあったものなのか。いずれにしてもすごいことに間違いない。などとわかりやすいドヤ顔で妄想をしている結衣を横目にヘルはお届け物の封筒を差し出した。


「はいどうぞ。今日も来てたよ」


 ヘルがそう言うと、結衣は早々に妄想の世界から帰ってきた。待ち侘びていたその封筒を受け取ると破顔した。


「ありがとう! どれどれ~」


 シンプルな白の封筒に綺麗な字で『佐倉 結衣 様』と書かれた手紙。

 結衣は毎日その手紙が来るのを楽しみにしていた。


「毎日来てるよね、その手紙」

「うん!」

「返事するの?」

「うん」

「毎日飽きないよね」

「う、ん……」


 夢中になって封を開けた後はもう何の会話も耳に入っていない様子だった。生半可な返事に空気を無視してヘルは続ける。


「いつも思うんだけど、それって」

「ちょっと静かにして!」


 キッとまるで鬼の形相でヘルは睨みつけられた。


「次邪魔したら……分かっているよね?」


 そういうと結衣はまた意気揚々と手紙を読み始めた。


(死神を脅す人間……度胸があるというかなんというか。普通に考えて殺されるとか思わないのだろうか?)

 

 いや、そもそもだ。普通じゃない死神というよく知りもしない存在をこうやって招き入れる時点でおかしいのだ。

一応、死神であることは前に伝えているし彼女は認識しているはず。だが神経が図太いというか、色々と警戒心が無さすぎる。


 普通の女の子なら『キャーー! 変態!』と叫ぶであろうが、初めて彼女の部屋に訪れた際『あ、いらっしゃい。どうしたの?』といった反応だった。

 思わず『いや、そこは叫べよ』とツッコむほどであった。


「ふふふふ……」


 毎回、不敵な笑みを浮かべて手紙を読む結衣は非常に怪しい。そんな表情をするほどの内容がその手紙には書いてあるのだろうか。


「楽しそうだな。その手紙は」

「私が言ったこと分かっていないようね? 邪魔したら」

「あ、はい。すみませんでした」


 再び鬼の形相でキッと睨まれ、一触即発の状況に黙るしかなかった。その後、五分ほど待たされ、ようやく手紙を読み終えた彼女にヘルは恐る恐る声をかけた。


「もう声をかけても良いでしょうか」

「え? いつでも声かけていいよ」

(嘘をつけ、嘘を)


 心の中でそう思いつつ平静を装い、聞きたかった疑問を投げかけた。


「いつも楽しそうにしているけど、どんな内容で誰からの手紙なの?」


 毎日綻ぶような表情でヘルから手紙を受け取っては、大切な宝物のように丁寧に文字に目を通し、絶対に返事を書く。ヘルは郵便受けから手紙を持っていくパシリをしているだけで、相手が誰なのか、どんな内容なのか尋ねたことはなかった。毎回不敵な笑みを見せるため、さすがに今日は気になった。だからどういう回答をもらえるのか興味本位で尋ねてみたのだが。


「知らない」


 目も合わせず真顔でバッサリとそう答えた。

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