第21話


 「ここ、だな……」


 築15年くらいの、まだ小奇麗で、

 ちょっと高そうなマンション。


 県営住宅の夕空さんの部屋にあった、

 筆圧が残っていたメモをシャーペンで黒塗りした先に

 白く浮かび上がってきた住所地。


 さて、どうしたものか。


 ……


 ままよっ。

 

 「!

  こ、耕平っ。」

 

 思い切って入ってみると、

 エントランスに鍵は掛かっていない。

 管理人室はあれど、人が誰もいない。

 うちのマンションよりもセキュリティが緩い。

 

 この中に、

 夕空さんが、いる。

 

 しかし、どの部屋に?

 これ、管理人さんいてくれたほうが

 

 違う。


 夕空さんの住所は、さっきまで見ていたあの集合住宅だ。

 ここに夕空さんがいることを管理人が把握している保証はない。

 少なくとも、賃貸契約書には載ってないだろう。

 かえってヤブヘビになりかねない。

 

 ……一周廻って、しらみつぶしが、一番効率がいいだなんて。

 どうせなら、部屋番号まで書いてくれてればよかったのに。


*


 ふぅ。

 手がかりなし、か……。

 

 「つ、つかれたよぉ……。」

 

 あぁ、柚、体力ないんだった。

 基本、夜行性の元ネトゲ廃人だし。

 

 「ちょっと休む?」

 

 「い、いいっ。」

 

 ……汗をかいて息がふうふうあがってる顔まで

 可愛いなんて、どうかしてる。

 

 だ、だめだだめだ。

 集中、集中。

 

 ええっと。

 

 1201、1202……

 

 っ。

 

 『KOBAYASHI』

 

 ……

 まさか。

 そん、な。

 

 でも、

 「高槻」は、無かった。

 

 僕並みに平凡な名字だけど、

 いまのところ、可能性は、ここだけで。

 

 小林宇三、か。

 

 ……。

 警察は、呼べない。

 根拠が、なにも、ない。

 そもそも、夕空さんは隠したいはず。

 

 それなら。

 

 「柚。」

 

 「う、うん。」

 

 「夕空さんの名前を出しながら、

  インターフォン鳴らして。」

 

 「う、うんっ。」

 

 柚はドアの前に立つと、

 

 ぶーっ

 

 ぶーっ

 

 「夕空ちゃん、

  夕空ちゃんっ。」

 

 ぶーっ

 

 ぶーっ

 

 「夕空ちゃんっ、

  夕空ちゃんっ!」

 

 ぶーっ

 

 ぶーっ


 「夕空ちゃ

 

 がちゃっ

 

 

  「……

   なんなの、もう。」



 ……はは。

 作戦勝ち、か。

 違ってたらどう謝ろうかと思ってたけど。


 「っ!?

  ゆ、夕空ちゃん、

  そ、その、顔っ……」

 

 ……思ってたより、ずっと惨いな。

 

*


 ……

 ホームページに出てた顔より、

 ずっと老けてるけど、間違い、ない。

 

 「小林宇三氏、だね。」

 

 「……うん。」

 

 ガウンを着たまま倒れている。

 息はあるようだから、眠ってるだけか。

 っていうか、めちゃくちゃ酒臭いな。


 「……。」

 

 話しづらいんだろうな、夕空さん。

 

 (柚って、なんていうか、

  ピュアなんだよね、いろいろ。)

 

 ……

 柚に、姿

 見せたくないんだろう。


 「柚。」

 

 「……うん。」

 

 なにかを察したらしい柚は、

 きょろきょろと部屋を探すと、

 

 「わ、わたし、

  トイレ、行くからっ。」

 

 「う、うん。」


 ぱたたた、と歩いていく音と、

 トイレのドアがぱたん、と閉まる音が、

 やけに強く響いた。


 「……

  はは。

  柚に、気、使って貰っちゃったよ。


  ……

  外、出られないからね。

  これじゃ。」

 

 顔だけで、少なくとも四か所の痣がある。

 痛々しいことこの上ない。

 学年一の美貌に、なんてことを。

 

 「あーあ。

  オトコ見る眼ないよね、あたし。」


 かも、しれない。

 その前が誰か分からないけど、

 これほどの容姿で、まともな彼氏がいない時点で。

 

 「緋色の服は、

  この人の趣味?」

 

 「あ。

  ……もう、いいか。

  うん。」

 

 ……やっぱり、か。

 

 「……


  あたし、さ。」

 

 「うん。」

 

 「あたし基準だけど、

  一応、これでも、できるだけ、

  ちゃんと、生きてたつもりなんだよ。」

 

 「うん。」

 

 「あの娘に肘、刺されてもさ、

  腐らずに、リハビリなんてしてさ。」

  

 「うん。」

 

 「……ちゃんと生きよう

  前だけを向いて生き続けよう、って、

  頑張ってきたつもりなんだよ。」

 

 「……うん。」

 

 「もう一生テニスできないって分かった時に、

  宇三さんとは、切れるべきだった。」

 

 ……。

 

 「……

  なのに、くだらない未練があって。」


 ……。


 「……

  大人のほうが、包容力があるなんて、ウソだよ。


  ちょっと都合悪くなると、

  すぐ怒るし、暴力振るうし。

  

  それに、さ。」


 ……。

 あぁ。

 

 「脅されてたんだね。」

 

 「……うん。

  高校に、ばらすぞぉって。」

  

 ……やっぱり、か。

  

 「……あはは。

  ここに来たってことは、

  あっちの家、見たよね?」

 

 あっち、か。

 県営住宅のほうか。

 

 「……

  うち、さ。

  もともと、会社やってて。」

 

 うん。

 

 「子どもの頃は、

  悪い生活じゃなかったと思う。

  

  ナユタとかに誘われて、

  テニス、習わせてもらえるくらいには、

  お金、あったんだよ。」

 

 うん。

 

 「でも、中学の時、

  事業、傾いちゃって。

  借金、返せなくなって。」


 ……。

 

 「借金はなんとか整理できたらしいんだけど、

  家も引っ越さなきゃってなった時に、

  お母さんが蒸発しちゃって。」

 

 ……。

 

 「そしたら、お父さん、

  他のトコに、女、作って、

  そっちで暮らすようになっちゃって。」

 

 ……うわ。

 

 「ま、しょうがないって思ったよ。

  お母さんも、お父さんも、

  いろいろあったろうし。」

 

 ……。

 

 「宇三さんのところに転がり込んでたのも、

  幸せだった頃の思い出の中で

  まどろんでいたかっただけかもしれない。

  

  だから、切れなかった。

  それだけじゃ、ないけど。」

 

 ……あぁ。

 

 「……

 

  化粧ってね、

  まぁまぁ、金、かかるんだよ。」


 ……うん。

 

 「女って、めんどくさいから、

  ちゃんと顔面、工事してないと、

  舐められる。」

 

 ……うん。

 

 「……

  あーあ、

  ほんっと、ただのひでぇオンナじゃん、あたし。

  面子張るための金ヅルにしてただけなんだから。」

 

 ……かな。

 

 「夕空さんに分かるかちょっと不安だけど、

  中学の頃の柚って、

  人見知り、めちゃくちゃ激しかったんだよ。」

 

 「え。」

 

 「スゴイなって思った。

  夕空さんが柚、操縦してるの見て。」

 

 「……あはは。

  柚、みんなに楽しく遊ばれてるよ。

  リアクション可愛いから。」

 

 「っていう空気を作ったのって、

  夕空さんだよ。」

 

 「……。」

 

 「女子の中で、

  誰も虐められない空気を作るって、

  大変だから。」

 

 「……。」

 

 「夕空さん、さ、

  テニスができなくなっても、

  腫れあがった顔が戻らなくても

  

 「だめ。


  ……

  だめ、だよ。

 

  それでいいって、言ってくれるのは、

  地球上で、耕平君だけ。

  

  お願いだから、

  あたしを、甘えさせないで。」


 ……

 

 って

 

 「……っっ……っ。」

 

 起き、た?

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