第20話


 <夕空と、ホテルから出てきたの、

  たぶん、コイツ>

 

 ……

 はぁぁぁ???

 

 <どこのホテル?>

 

 <渋谷

  推しのライブの後>

 

 推しって、紗理奈さんの場合、

 どうせ二次元だろうけど。

 じゃなくて、それって。

 

 いや。

 まだ、ホテルから出てきたというだけで、

 なにか、事情があったのかもしれない。

 状況証拠だけで疑いを持つべきではない。


 それに、

 究極、恋愛は、

 自由では、ある。


 だけ、ど。

 

 (あはは、ひどい顔しちゃって。)


 (元気、出た?)


 夕空さんには、憂いなくいてほしい。

 余計なお世話以外の何物でないとしても。

 

 ……

 

 <もうちょっと、調べないと>

 

 <なにを?>


*


 よかった。

 嘘じゃ、なかったんだ。

 

 「……え。」

 

 「こんばんは、橘さん。」

 

 この日に、塾に通ってるかは、

 賭けだったけど。

 

 「……

  耕平君。

  ひょっとして、

  私のストーカーだったの?」

 

 「今日だけ、ね。」

 

 「……あはは、なにそれ。

  いいわ。ちょっと待って。」

 

*


 こないだの喫茶店、か。

 結構広いんだよな、ここ。

 照明の明るさと木目のコントラストが鮮やかで。


 ……相変わらず、整ったパーツをしている。

 少しだけカールしているものの、

 指通りの良さそうな黒のセミロングに、

 店の照明が映えて、光輪ができてる。


 だけど、少しやつれた顔をしてる。

 塾終わりの疲れもあるだろうけれど、


 「……。

  夕空の、こと?」

 

 あはは。

 さすが、頭いいな。

 

 「橘さんのクラスの高槻駿、

  両親、知ってる?」

 

 「え。

  ……。

  

  そう。

  そこまで、来てたの。」

 

 知ってるのか。

 弱ったな、情報交換にならないかもしれない。

 

 じゃぁ、こっちなら。

 

 「夕空さんに危害を加えさせたのが、

  高槻だと思う根拠は?」

 

 「!

  ……どう、して。」

 

 「僕にも、一応、

  いろいろな知り合いがいるから。」

 

 盗み聞きしてただけなんだけど。

 絶対に言わないでおこう。

 

 「……

  どうやら、耕平君を侮ってたみたいね。

  彼氏にしなくて良かったかも。」

 

 えぇ?

 

 「だって、そそらないでしょ。

  詮索好きの彼氏なんて、拘束DV夫になりそう。」

  

 うわ。

 

 「ふふ。

  いいわ。話してあげる。

  夕空、テニス肘って言ってたのよね。」

 

 そう、だ。

 そして、テニス肘なら、そこまで悪くはならないと。


 

  「刺されたの。」

 


 ……は?

 

 「高槻駿の、取り巻きの女にね。」

 

 えぇ??

 

 「たまたまカッターが悪いところに

  ぶつかったってしたみたいだけど、

  実際はもっとずっと危険な刃物よ。

  それこそ、ナイフみたいな。」

 

 ……。

 

 「耕平君も知ってると思うけど、

  高槻って、テニスプレイヤー一家の子なの。」

 

 一家、か。

 僕が知ってるのは親子関係だけなんだけど、

 神妙に頷いておく。

 

 「テニスができない奴は人間じゃない、

  みたいな扱い。

  

  だから、高槻は、対戦相手に妨害工作をしてる。

  自分の手駒を使って。」

 

 え。

 

 「きみも、だったんじゃない?

  佐藤耕平君。」

 

 ……。

 

 (入れるなっ!)

 

 (死んじまえこのっ!)


 (邪魔すんじゃねぇっ!)

 

 あれが、全部、

 高槻の指示、だと?

 

 「でも、耕平君は、勝った。

  それはそれは、恨まれてるでしょうね。」

 

 ……

 

 「証拠は?」

 

 「ないわ。

  あるわけない。


  だから、こないだ、

  本人を揺さぶってみたの。」

 

 それが、こないだの。

 

 「シラを切られたわ。

  でも、表情がね、曇ってた。

  絶対、後ろ暗いところがある。」

 

 うーん。

 心証であって確証はない、か。

 ありそうな話であっても、証拠に乏しい。

 

 あ。

 

 「じゃぁ、

  夕空さんが、高槻に近づいてるのって。」

 

 「……

  違うわ。

  

  耕平君にどう見えてるか分からないけど、

  夕空って、自分のことに関しては、

  とんでもなくお人よしなのよ。」

 

 え。

 あの、智謀の士が?

 

 「人のことはいろいろ考えているんだけどね。

  こっちから見てると、心配しかないわ。」

 

 ……。

 そういうこと、か。

 

 (イトコって言って、

  鍵、借りられちゃった。)

  

 (やったぜ

  メスゴリラ、落とした)

 

 あの、凄まじい行動力と、

 

 (え

 

  んー

  なんでだろ)

  

 時折見せる、隙だらけの声とのギャップが。

 

 「……

 

  でも、耕平君も

  似たようなものね。」

 

 ……え?

 

 えっ!?

 

 「こんな夜中にノコノコ一人で来るなんて。

  柚ちゃんに、この画像、送っちゃおうか?」

 

 っぐっ。

 

 「あはは、嘘よ、嘘。

  耕平君まで敵に廻したら、

  フジミとかがいろいろめんどくさいじゃない。」

 

 ……女子、ほんと怖い。

 

 「とりあえず、RINE、交換してくれる?

  お互い、知っておいたほうがよさそうだから。」

 

*

 

 「聞いたか?」

 

 なにを?

 

 「大空夕空と高槻駿、

  揃って休みだと。」

 

 ……ん?

 

 「二人して電車乗って

  終点の宿でいちゃいちゃしてたのかねぇ。

  ったくっよっ。」

 

 ……それは、ない、な。


 ただ、

 夕空さんが休んだのは、キニナル。

 

 (刺されたの。)

 

 (高槻駿の、取り巻きの女にね。)

 

 言えるようなことなら、RINEとかで流れて来てる筈だし、

 柚や紗理奈さんに伝えたりしてるだろう。

 

 ……

 ただ。

 

 性別が違う。

 クラスが違う。

 出身中学が違う。

 

 共通点は、同じ帰宅部というくらい。

 関係が薄すぎて、行動が、できない。

 

 ……どうしたものか。


*


 ……

 夕空さんは、

 二日連続で学校を休んでいる。

 無断欠席らしい。

 

 気にならないわけはない。

 でも


 ぶーっ

 

 ん?

 柚、か。


 <決めた>

 

 ?

 

 <わたし、これから、

  夕空ちゃんのうちに行く>

 

 は。


 <まだ2時限目だけど>

 

 <早退する

  紗理奈ちゃん、よくしてるって>

 

 あのね。

 天才ネトゲ廃人兼モデルは

 ロールモデルに相応しくないっての。

 

 まぁ、でも。

 そういうきっかけでもないと、動けない。

 

 <夕空さんの家の場所、知ってるの?>


 <(聞こえんなぁのスタンプ)>

 

 ……気持ちが先走ってるだけ、か。

 それ、なら。


*


 「……ここ、

  なの、か?」

 

 2組の担任からしぶしぶ聞き出した

 夕空さんの住所。

 

 お世辞にも御洒落とは言えない。

 築年数で言えば50年は経過している

 コンクリート剥きだしの県営集合住宅。

 階段に伸びる影が昏すぎる。

 

 呼び鈴を押しても、反応がない。

 

 「た、倒れてたりしないかなっ。」

 

 柚、心配そうだなぁ。

 そんな姿まで可愛いだなんて。

 

 ん?

 

 ひょっとして、この鍵

 

 がちゃっ

 

 「開いて、る?」

 

 ……

 

 あ。

 

 「柚っ。」

 

 もう、足、踏み入れてる。

 

 「だ、だってっ!」

 

 ……これ、住居不法侵入だな……。

 いいや、もう。

 

 「ゆ、

  夕空ちゃん、入るからねっ。」

 

 入ってから言うの?

 

 ……

 部屋の中に、気配を感じない。

 人が住んでいる感じがまるでしない。

 食器棚にはなにもなく、ベッドもなければ布団もない。


 前世紀的な備え付け電話が寂し気に放置されている。

 引っ越した直後のような。

 

 ……

 どう、なってる?

 

 「こ、ここで、

  いいの、かな……?」

 

 表札には「大船」とあるので、

 ここは、夕空さんの家、なんだろう。


 電話の横にメモ帳があって、

 切れ端は……ないか。

 

 探偵小説とかだと、

 ここで、ゴミ箱とかに


 ……

 探偵小説?

 

 「? 

  どうしたの、耕平。」

 

 ……

 どういうつもりなんだ、夕空さん。


 「え?

  ……

  

  あっ!」

 

 こんな、を残して。

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