第18話


 ……

 

 はぁ。

 

 最低、だ。

 逃げ帰ってしまうなんて。

 

 ……

 

 高槻、駿。

 

 県大会決勝で、当たった時。


 (入れるなっ!)

 

 (死んじまえこのブサイク野郎っ!)

 

 (邪魔すんじゃねぇっ!)

 

 ……

 

 搔き乱された。

 心が、張り裂けそうだった。

 

 どんなに声を枯らしても、どれだけ血を流しても、

 顔が良くなければ、生きている資格がない。

 倫子の横には、いられなかった。

 

 だから、

 柚の横にも、いられない。

 

 分かっていた。

 分かり切っていた。

 

 だけど。

 よりによって、こんな。

 

 ……

 

 16、人。

 

 イケメンは、人数制約がない。

 彼女がいても、許嫁がいても、関係ない。

 気まぐれに略奪して、好き勝手につまみ食いして、ポイっと棄てて行く。

 元の姿には二度と戻せないのに。

 

 柚まで、奪うのか。

 柚まで、奪われるのか。

 

 ……

 

 いや。

 柚は、もともと、僕のでもなんでもないし、

 そもそも、誰かを、僕ごときのものだと思うだなんて、

 おこがましいにもほどがある。

 

 だって、僕なんて、

 

 

 ……


 息が、できない。

 胃酸が逆流して、

 肺が、もど

 

 ……

 

 え

 

 「あはは、ひっどい顔してる。」

 

 ……

 

 えっ???

 その、夕空、さん??

 

 「イトコって言って、

  鍵、借りられちゃった。」

 

 う、わっ。

 管理人さん、秒で騙されてる。

 いや、ありえるか、こんなの。

 

 「スマホ連絡つかないんで、

  必死な顔したら、信じて貰えたよ。」

 

 あ、あぁ。

 いや、じゃなくて、本人確認とかは

 

 「あはは。

  じゃ、鍵、返してくるから。

  ちゃんと開けてねっ。」

 

 ……えぇ??

 

*


 「県の男子決勝、荒れてたって聞いてたけど、

  そこまでだったんだね。

  動画だと分かんなかったけど。」

 

 ……

 動画、出てたんだ。

 

 「いまどき、県レベルの上位だと、

  誰かしらが出してるからさ。

  まぁ、高槻君は、昔からだから。」

 

 ……。

 

 「容姿の良さでいったら、世界レベルの選手だね。

  大人の期待の大きこと。」

 

 そう、だ。

 

 あの時、僕に負けろ、っていう圧を送っていたのは、

 取り巻きの女子だけじゃなかった。

 会場の関係者全員が、ほぼ、僕の敵だった。

 表彰式の時の大人さえ。

 

 あれが、

 あれが、僕と、テニスを、別った。

 それは、最後のきっかけに過ぎなかったと思うけど。

 

 「高槻君、

  向こうの高校でやらかしたんだって。」

 

 え。

 え?

 

 「それでいられなくなったらしいよ。

  まぁ、噂すぎてよくわかんないけど。

  女子絡みかも、って思ってるんだけど。」

 

 ……。

 

 「高槻君に、

  柚が、靡いたと思ってる?」

 

 ぐぅっ

 

 「……

  わから、ない。

  でも、靡くかもしれない。

  僕は、、繋ぎ止められないから。」

 

 母さんも、

 倫子も、

 もちろん、柚も。

 


  「……

  

   じゃあ、

   柚が耕平君を棄てたら、

   あたし、貰っていい?」


 

 ……

 は?

 

 「あはは。

  すっごい顔してる。」

 

 え、えぇ??

 

 「うそうそ。じょうだん。

  柚が、耕平君を棄てるわけ、ない。」

 

 なんで、だろう。

 夕空さんの整った瞳が、寂しそうに

 

 「まぁ、紗理奈ちゃんに感謝かな。

  ケーキ屋を優先させたから。」

 

 ?

 

 「ああいう時に、

  泥沼のほうに行かせると、

  かえってメンドクサイことになるから。

  

  だって、現に、

  耕平君、スマホ、切ってるでしょ?」

 

 ……。

 

 「あはは、ちょっと安心した。」

 

 ……ん?

 

 「耕平君にも、

  子どもっぽいトコ、あるんだなって。」

 

 ……うわ。

 

 「たぶん、それなんじゃないかなぁ。」

 

 ……ん?

 

 「だって、耕平君、

  要領よすぎるからさ。

  

  小学校低学年で、

  親のために、子ども会の資料を作るなんて、

  普通じゃないからね。」

 

 いや、簡単にできることだから。

 

 「できない。

  あたしは、できてなかった。

  きっと、ナユタとかでも無理だよ。」

 

 ……。

 

 「手間がかからなすぎたんだろうね。

  耕平君のお母さんは、耕平君に甘えちゃってるだけ。

  きみが嫌いなわけじゃない。」

 

 ……でも、

 もっと、顔が良ければ、

 母さんを、

 

 「紗理奈ちゃん、

  明日の朝一の新幹線で高校いくらしいから、

  柚、拾ってあげるといいよ。」

 

 ……

 また、そういうことを。

 

 「ふふ。」

 

 ん?

 

 「ね。

  元気、出てきた?」

 

 ……まぁ。


*


 (柚が、靡いたと思ってる?)

 

 ……

 は。

 倫子の時と、同じで。

 

 ……

 

 (耕平っ、

  おたんじょうび、

  おめでとうっ!)

 

 信じ、たい。

 信じたいけど。

 

 (ごめんなさい

  母さん、

  もう、だめなの)

 

 ……

 

 (私に、近づかないで。)

 

 ……

 

 悪いことばかり思い出すのは、

 僕の悪い癖だと、分かってる。

 

 だけ、ど。

 

 ……

 

 う、わ。

 混んでるなぁ。

 さすが新幹線ターミナル駅。

 

 紗理奈さんの座席情報がなければ、

 合流なんて、絶対にできないわ。

 いろいろ怒られたけど、まぁ、御尤もだし。

 

 えーと。

 

 <9/13/A>


 ……わ。

 これ、グリーン車じゃん。

 どんだけな中3なんだか。

 

 あ。

 

 柚、だ。

 律儀に、紗理奈さんの席の場所で

 窓を見つめながら見送ってる。

 

 ……。

 なんだろ、

 ちょっと、肩を落としてるような。

 

 あ。

 なんか、わたわたしてる。

 紗理奈さんにからかわれたんだろうな。

 わりとドギツイ冗談を言うから。

 

 『のぞみ1号、博多行き、

  まもなく発車致します』

 

 あ。

 出る、か。

 この警笛音、凄いよな。

 頭に響く。

 

 柚、ほんと律儀だなぁ。

 ちゃんと、紗理奈ちゃんが見えなくなるまで

 小走りしてる。

 

 うわ。

 

 小走りどころか、

 そんな全速力したら、

 

 「!」

 

 わ。

 視野、入っちゃった。

 

 あ。

 

 固まってる。

 蝋人形みたいになって

 

 ぇ


 ぜ、全力で、

 

 っ!!!

 

 どふっ

 

 ぁぐっ

 と、飛びつかれたっっ?!?!

 

 柚の華奢な腕が、

 僕の背中にぎゅっと廻り、

 全身が、ぐるりと半周して、

 柚の身体が、宙に浮いて

 

 っ

 

 「!」

 

 僕は、慌てながらも、

 腰を入れながら、遠心力で下半身が飛び上がった柚を支え、

 腕を伸ばして捉え、できるだけ優しく身体に引き込む。


 柚の全身に掛かっていた遠心力が弱まり、

 僕の腕に、すっぽりと収まった。

 

 「ゆ、ゆずっ!」

 

 危ないじゃないか。

 いきなり何を、

 どうしてこんなことを。

 

 疑問も、誰何も、

 身体に寄せられた温もりと吐息の甘さに、

 興奮した柚の瞳の輝きの中に、消えそうになる。

 

 「……はなさ、ないっ。」

 

 ぇっ?

 


  「わ、わたし、

   は、離されたくないもんっ!」





高校デビューした地味子が、手を離させてくれない

第3章


(第4章につづく)

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