第16話


 「えへへ。

  えへへへ。」

 

 ん?

 

 「いま、わたし、

  すっっごく嬉しいの。」

 

 うん。

 なんか、凄くよくわかる。

 小さな身体中から喜悦のサインが放出されてるから、

 こっちまで嬉しくなる。

 

 「なんていうのかなっ、

  ずーっと病気で入院生活だった人が、

  やっと娑婆に出て、牛丼食べて、

  はぁーって感じ。」


 娑婆って。

 っていうか、

 

 「牛丼、食べたことあるの?」

 

 「ううん、ない。」

 

 なんだそりゃ。

 どこから来たイメージなんだか。

 

 「あっ。」

 

 ん?

 

 「今度こそ、

  あのケーキ屋、いきたい。」

 

 そういえば、あの時空港の帰り

 売り切れだったんだっけ。

 

 「そうだよ。

  おかしいよ。平日なのに。」

 

 めちゃくちゃな人気らしいからなぁ。

 相当計画的に行かないと。


 「紗理奈ちゃんだったら、

  学校休んで行くだろうなぁ。」


 ……また悪いこと吹き込んでるな。

 あれはいろいろ特殊な


 ぶーっ。


 ん? 

 って、柚のほうか。


 「いいよ、見て。」 


 「ご、ごめんね?

  

  ……

  わ。」

 

 ん?

 

 「ほら、紗理奈ちゃん。」

 

 うわ。噂をすれば。

 これ、結構大きなコレクションじゃ?

 僕でも名前知ってるくらいだから。

 

 「うん。

  この仕事で、今から、こっち来るって。」

 

 は?

 え??

 

 「こういうのって、

  もっとずっと前から決まってたりしない?」

 

 「え、

  あ、んー。」

 

 ……柚も入力、わりと早いな。

 

 ぶーっ

 

 え?

 

 <入れ知恵すんな>

 

 ……あはは。


*


 ……ふぅ。

 

 中間の範囲、だいたい終わったな。

 部活やってないんだから、せめて、っていう感じで。


 …… 

 まぁ、勉強、

 別にキライってわけでもないけど、

 なんていうか、足を捥がれてるような感覚が。

 

 ……。

 

 テニスは、たまたま、

 倫子がやるって言ったから、入っただけで。

 

 ……

 僕って、倫子の追っかけだったトコはあるよな。

 そりゃ、倫子も嫌うか。

 

 もう、付き合いたいとは思わない。

 でも、コンタクトくらいは、

 あっても良かったのかもしれない。

 

 (この糞鈍感野郎。)

 

 ……

 これは、ただの未練、なんだろうな。

 もっといい感じで別れたかった、みたいな。

 そんなのに恰好つけてもどうにもなりはしないのに。

 

 あぁ。

 柚を、紗理奈さんに渡しちゃったからか。

 

 ……凄いな、柚の癒し効果。

 付き合ったら、完全に依存しそう。

 

 ……

 付き合えるの、かな?

 

 (こ、高校に入ったら、

  ぜったい、ぜったいに、

  耕平くんの隣でんだって)

 

 (耕平の、横にいられるって、

  できて、嬉しいもだもんっ)

 

 柚って、基本、

 「話したい」しか、言わないんだよな。

 

 柚から付き合いたいって言えば、

 秒で承諾するんだけど。

 

 いや、そんなの、卑怯だ。

 絶対に、こっちから言わないと。

 

 ……

 だいたい、僕なんかに、

 告白する資格、あるのか?


 見た目が変わったから好きになってしまうなら、

 柚が交通事故にでもあったら、一瞬でキライになるんだろう。

 そんな不実な奴が告白なんかしていいわけが。

 

 それ以前に、断られること、考えてる?

 こっちが勝手に盛り上がって、

 相手がそう思ってなかった、なんて、

 

 (私に、近づかないで。)

 

 ……

 だったら、いっそ、

 このままでも、いいんじゃないか。

 

 (もうちょっとだけ待って)


 ……

 そもそも、いま、

 告白なんて、できないんだよなぁ。


 ……

 なんだよ、もう。

 頬、無駄に赤くなっちゃってる。

 子どもみた


 ぶーっ

 

 ん?

 

 え゛

 

 <明日の衣装>

 

 い、いや、

 これ、めっちゃガーリーなんだけど

 

 え

 なにこれ、

 柚?

 

 っていうか

 うわ、なんか、尖ってる

 ピンクにパープルって。

 

 ガーリーって言うか、ストリート?

 ああもう、よくわかんないけど、

 いつも見てる柚とは全然違う。

 なんていうか、凄いな、服って。


*


 ……

 やれやれ。

 こんなところで、柚を待つとは。

 

 (打ち上げ入った

  柚、嫌がった

  拾って)

 

 ……プロのモデルの打ち上げに連れてくつもりだったって。

 そりゃ、柚も嫌がるよ。人見知りなほうだし。

 高校に入ってから、少しは変わったんだけど、

 中学が酷すぎたっていうか。

 

 まぁ、いまや学年美少女ランキング4位だからなぁ。

 いろいろ戸惑うトコも

 

 ……

 

 ん?

 

 あれ、

 見間違い?

 

 いまの横顔、

 夕空さんだったような。

 

 ……

 いや、どうだろ。

 着てたから。

 

 んー。

 

 メッセージ送って確かめることもできはするけど、

 そこまでの関係でもないしなぁ。

 

 関係、か。

 

 (……

  どう、だろ。) 

 

 わからない、な。

 こっちからすれば柚を護ってくれてるし、

 いろいろありがたい限りなんだけど。

 

 っていうか、向こうは泣く子も慄く学年一の美少女だ。

 縁のある範囲を超えてはいけない。

 

 「あれ?」

 

 え?

 

 ん?

 この人、見覚えが。

 

 「あはは、やっぱりだ。

  耕平君、だよね?」

 

 そ、そうですが。

 

 あ。

 この娘、こないだ、

 電車で隣になった人だ。


 面と向かってみるのは初めてだけど、

 結構、目を引く美しい子だ。

 パーツが整っているし、凜とした黒い瞳に吸い込まれそうになる。

 清楚系というやつだろうか。


 なるほど、ああいうオッサンからしたら

 

 「あぁ、ごめんね?

  自己紹介、してなかったよね。

  私、たちばなかなめ。」

 

 橘、かなめ……

 どっかで聞いたような……。

 

 うーん、

 思い出せない。

 

 「誰かと、待ち合わせ?」

 

 「うん。」

 

 「夕空かな?」

 

 「違うって。」

 

 「あはは、そうなんだ。」

 

 「橘さんは?」

 

 「あ、かなめでいいよ。

  夕空もそうしてるでしょ?」

 

 えぇ?

 会って二回目でそれは。

 

 「だって、耕平君は、最初からじゃない。」

 

 それは、名字がありふれてるからであって。

 

 「あはは。

  私は、塾の帰り。」

 

 え。

 

 「こんな街中の塾いってるんだ。」

 

 「うん。

  子どもの頃からだから。」

 

 うわ。

 

 「……そっか。

  私、夕空、。」

 

 ん?

 

 「ううん。

  ね、耕平君。

  学校で見かけたら、話しかけてもいい?」

 

 え?

 

 

  「だ、だめぇっ!」

 

 

 は?

 

 え。

 

 「ゆ、柚?」

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