第15話


 ……はぁ。

 

 柚と、一緒に、通えなくなるとは。

 

 (もうちょっとだけ待って

  鎮火報、出すから)

 

 ……意外に、長引いてるな。

 もう三日経つけど。

 

 まぁ。

 

 <みえるっ?>

 

 <見える見える>

 

 同じ電車に乗ってるんだけど。

 せめて、ってことで。

 

 車両連結とガラスの先、

 サラリーマン二人の向こうに、

 柚が、座ってる。

 

 始発だから、そんなに混んでない。

 だから、横顔くらいは見られる。

 

 触れたい。

 でも、触れられない。

 こんなゲーム、母さんがやってたな。

 

 <耕平、

  横顔、カッコイイ>


 ……はは。

 柚だけの勘違いだと分かっていても、

 なんか、嬉しくなる。

 

 <柚、すごく可愛いよ>

 

 あ、固まって震えながらポール掴んで蹲ってる。

 あんま見られないのが残念だわ。

 

 <中間の勉強、してる?>

 

 <(目が泳ぐスタンプ)>

 

 <紗理奈さんのペースで遊んでると、

  なかなかキツイよ?>

 

 僕が寝た後も遊んでるみたいだから。

 丑三つ時を超えて。


 <さ、紗理奈ちゃん、廃だから>

 

 <あれで高校いけるのかな>

 

 <え?

  紗理奈ちゃん、

  成績、すごくいいよ>

 

 ぇ?

 

 <確か、学年五位? だったかな>

 

 えぇ?

 

 <まえの学校超進学校が早くて、

  中1の時に中3の過程まで進んでたらしいの>

 

 は?

 なんだそりゃ

 

 <だから遊んでてもいいんだって>

 

 <それは柚が遊んでていい理由にはならなそう>

 

 <(正論とはいい度胸だなのスタンプ)>

 

 はは。

 

 ……ん?

 なんか、おかしいな。

 

 え?

 あれって。

 

 <僕の反対の椅子の人>

 

 <?>

 

 <まだ空いてるトコあるのに、

  女子の横に座ってる>


 <え?>

 

 <あ>

 

 近づいてる。

 っていうか

 

 凭れ掛かってる?

 

 さりげなく払いのけてるけど、

 また、乗っかかってるような。

 

 うわ、

 長い髪に潜って、匂い、嗅いでる。

 これは、もう。

 

 「おーい。」

 

 「!」

 「!?」

 

 「こっち、空いてるよ。」

 

 ……。

 

 うわ。

 めっちゃ睨まれた。

 40歳くらいのオッサンかな?

 

 ネクタイ、くたびれてるなぁ。

 青山さんと偉い違いだな。


 ちょっと睨み返したら、大人しくなった。

 弱い奴だけに手出しする輩か。

 

 ま、これでいいか。


 「……」


 あとは、柚の

 

 「4組の、佐藤耕平君?」

 

 え?

 

 あれ。

 うちの高校の制服だ。

 

 「災難だったね。」

 

 「ううん。

  いっぺん、話してみたかった。」

 

 は?

 

 「夕空の、恋人って、

  きみでしょ?」

 

 はぁ??

 

 「夕空さんって、

  大船夕空さん?」

 

 「うちの高校、

  他に夕空っていないと思うけど。」

 

 「絶対違う。」

 

 「だって、きみ、

  屋上で夕空とこっそりイチャイチャしてるんでしょ?」

 

 はぁぁ???

 

 「その情報、間違いしかないけど。

  どっから流れてるの?」

 

 「あれ、

  じゃ、ホントに違うんだ。」

 

 「違うもなにも。」

 

 「あはは。

  でも、それ、内緒にしておいたほうがいいよ。」

  

 え?

 

 「だって、もしそれが違ったら、

  夕空、またオトコに取り囲まれるから。」

 

 あ。

 いや、でも、それは。

 

 「あ。」

 

 ん?

 

 「いや、

  あのオッサン、降りてくれたなって。」

 

 あぁ。

 あれ、やっぱり通報して

 

 「もうひと駅だけ、いい?」

 

 え?

 

 「次の駅で、友達と待ち合わせしてるの。

  だから、それまで。」

 

 あ。

 

 「それで動きたくなかったんだね。」

 

 「……まぁ、ね。

  声、挙げられなかったってのもあるけど。」

 

 ……。

 

 「でも、耕平君に、

  じっと見られるってことは、

  私も、まんざらでもないのかな。」

 

 えぇ?

 

 「そんな失礼なことはしてないけど。」

 

 「あはは、残念。

  こっち、向いてくれてもいいのに。」

 

 柚がね、見てるんだよ、こっち。

 ガラス二枚ごしでも、ビリビリ視線を感じる。 

 なんだろう、なんにもしてないのに、

 なにか悪いコトしてる気になる。

 

 あ。

 隣の女子に、

 向こうの車両、覗き込まれちゃった。

 

 「……。

  気のせい、かな。

  強い視線を感じたんだけど。」

 

 まずい。

 ちょっと、話題を替えよう。

 

 「夕空さんは、どういう知り合いなの?」

 

 「あはは。

  耕平君、ごまかしてる?」

 

 うっ。

 

 「いいよ。

  夕空は、中学の時、同じクラスだったの。」

 

 あぁ、そういうことか。

 

 「夕空の怪我の理由、知ってる?」

 

 え?

 

 「テニス肘じゃないの?」

 

 「あはは、夕空、そう言ってるんだ。

  テニス肘って、よっぽど重症じゃない限り、

  治るものだよ。」

 

 え?

 

 「僕の先生とか、

  現役の頃、重症化してたみたいだから。」

 

 「わ。

  そういうこと、なんだ。」

 

 ん?

 

 あ。

 電車、ホームに入ってくな。

 このへん、駅間近いから。

 

 お。

 立った。

 

 「じゃ、向こう、行くね。

  ありがと、耕平君。」

 

 あぁ、うん。

 

 あぁ。

 友達と待ち合わせってホントだったんだ。

 そこ、穢れたオッサンが座った席だけど。

 

 ま、いいか。

 やっと柚を見られるな。

 

 ……

 おかんむり?

 

 <終わったよ?>

 

 <(やさぐれウサギのスタンプ)>

 

 ……さみしかったってこと?


*


 <やったぜ

  メスゴリラ、落とした>

 

 え?

 どういうこと?


 ……

 あ、あぁ。

 そういうこと、か。

 

 <これで2組の女子は大丈夫

  たぶん>

 

 <それはおつかれさま

  大活躍だね>

 

 <あはは。ありがと

  あと、柚と耕平君が中学の同クラで、

  家がわりと近いってのは流した>

 

 ふむ。

 

 <だから、

  ふつうに帰る分にはいける>

 

 ふつうに、か。

 ……告白、できないってことだよなぁ。

 

 <んー

  、ちょっとね

  うちのクラスだけならなんとかなるんだけど

  ほら、上の学年とかもあるから>

 

 あ、あぁ。そうか。

 部活入ってないから、意識から消えてたな。

 

 <まぁ、贅沢は言えないね

  ありがとう。すごくたすかる>

 

 ……

 あれ、

 連絡、来なくなったか。

 

 ま、いいか。

 夕空さんも忙しいだろうし。

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