第13話


 「……チッ」

 

 電話かけてやっても、つながんねぇだと?

 特に目を掛けて、週一で態々足を運んでやってんのに。

 クソが。

 

 んじゃ、もうしょうがねぇ。

 えーと? じゃぁ、愛美んトコでも行くか。

 愛美とは先週ヤったし、

 さっきヤったバッカだから、身体は要らねぇけど。

 

*

 

 ……は?

 

 合鍵が、開かねぇ、だと??

 なんだクソ、この鍵、壊れてやがんのか?

 

 「愛美、僕だ。

  開けてくれないか。」


 ……

 

 「愛美、

  聞こえてるかい?

 

  ……

  聞こえてるね?

  そうだろう?」

 

 ……

 !

 

 メーターの、廻りが遅い。

 

 ……

 いない、だと?

 二か月放置しても、ずっと待ってた奴が、か?

 

 ……

 

 あー、クソ。

 むっしゃくしゃしてきやがる。

 

 ちっ。

 あーあ。しらけちまった。

 こんな年増、泣き叫んで土下座しても相手してやんね。

 

 ……しょうがねぇ、な。

 、崩れるし、

 ちと遠いが、瑞香のトコにでも

 

 じゃーじゃっちゃらー

 じゃーじゃっちゃらー

 

 ああもう、うるせぇな

 げっ。

 

 「お、叔父様?」

 

 「ああ。」

 

 「ど、どうされました?」

 

 「……こんの大馬鹿野郎が。」

 

 「は?」

 

 「婚約、解消だと。」

 

 「は゛!?」

 

 「俊永、お前、

  女遊びは綺麗にやれって言わなかったか?」

 

 「……。」

 

 「ガキに貢がしてたそうじゃねぇか。

  非合法スレスレだとよ。」

  

 「っ。

  な、なんで。」

 

 「なんだ、やっぱりそうか。」

 

 「っ!?」

 

 「お前、本家の顔に泥を塗った以上、

  ただで済むと思わないほうがいいぞ。

  じゃぁな、首を洗って待ってろ、このイ〇レクズチ〇野郎。」

 

 ぷつっ

 

 ……

 

 

 ぷちっ



 

 どさっっ

 

 

*

 

 <向こう婚約先の親戚筋から謝礼が来た

  スポンサー増えて事務所歓喜>

 

 あ、あはは。

 どさくさまぎれに実利を。

 さすが紗理奈さん。抜け目ないなぁ。

 

 <うわ

  本職は違うわ>

 

 まったくだ。

 そういう発想、考えたこともなかった。

 中3なのになぁ。


 <でも、どうしてここまでできたの?>

 

 こんな規模の同時交際なんて、普通、ばれると思うんだけど。

 それこそ包丁で腹を掻っ捌かれそうな。

 

 <あー。シンプルに言うと、

  待ち合わせ場所と日付を、複雑に変えてたみたい>

 <で、相手ごとに、違う店とスポットにいってる

  ほら>


 ん……

 動画?

 

 え、なにこれ。

 

 <この人達の住んでるトコの線を繋ぐと、

  山手線内で五芒星になるでしょ>


 は?


 <で、その端から

  こんどはこことここの路線中央線と小田急線と京王線で、同じように>


 なんだこりゃ。

 物凄いことするな。

 

 <うん。まぁ、頭、良かったらしいから

  多少綻びが出ても、その場その場の言い凌ぎで

  うまくやっちゃってたんだろうね

  成績はそうでもなかったようだけど>

 

 ……こんだけ凝ったことをしてれば、

 学校の勉強なんてできないわ。

 部活も出てはいたみたいだし。

 

 <一種の天才、だね

  スケコマシの>


 ……。

 なるほどね。

 倫子じゃ、どうにもならなかったわけか。


 <早く見つかって良かったんじゃないかな

  これ、たぶん、五年は持ったと思うから>


 げ。

 なんてひどい話だ。

 

 <で、ゲス詐欺師の大帝国を

  瓦解に追いやるきっかけになった

  例の倫子ちゃんだけど>


 ん?


*


 「……

  どう、して。」


 「おばさんに、聞いたから。」

 

 幼馴染の特権、

 任意の関係者事情聴取と家宅捜索。

 

 「……

  私を、嘲笑いにきたの?」

 

 「半分は、そうかな。」

 

 「っ。」

 

 「もう半分はね、謝罪。」

 

 「……。」

 

 (もう、だめ。

  だめ、なの。)

 

 「あの時から動いてれば、

  もうちょっとだけ、

  早く済んだかもしれないなって。」

 

 「……。」

 

 「倫子には、恨みしか持ってなかったからね。

  遅くなった。」

 

 柚が道を指し示してくれなければ、

 なにもしなかったろうな。

  

 「……

  そう。」

 

 「うん。」

 

 「……。」

 

 相手が、悪かった。

 もっと、大きな被害になるところだった。

 

 なんの慰めにも、ならない。

 

 倫子は、貴重な一年を浪費した上に、

 日本を追われてしまうのだから。

 

 もう、逢うことも、ない。

 ただ、見送りくらいは、してやりたい。

 倫子には、大切なことを、なにもしてやれなかったから。

 

 「……

  じゃ、私、行くから。」

 

 「うん。」

 

 倫子は、

 白いスーツケースを引きながら、

 僕の近くを通り過ぎようとして。

 

 「耕平。」

 

 「ん、なに?」

 

 ……

 

 っ!?!?

 

 

  「この糞鈍感野郎。」


 

 ぇ

 ぇ

 ええええっ!!

 

*


 ……

 はぁ。

 

 (この糞鈍感野郎。)

 

 ……

 倫子は、僕を、棄てていった筈なのに。


 だったら。


 (あんたなんか相手にするわけないでしょ。

  人並み以下の癖に。)


 (私に、近づかないで。)


 ……あれは、なんだったんだ。

 

 あのクソイケメン詐欺師野郎に、

 あんな秋波を送って、

 処女を捧げておいて、なにを今更。


 ……。

 

 もう、いいんだけど。

 倫子とは、一生、逢うこともない。

 

 ……。

 

 いろいろ、ひどい。

 ファーストキスだったのに。

 

 ……

 

 いつ、どこで、

 なにを、間違えたのか。

 どうすれば、良かったのか。

 

 ぶーっ

  

 ん?

 

 <うしろっ>

 

 え。

 

 っ!?!?

 

 


  「ゆ、柚っ!」

 


 

 「……えへへ。

  の。」

 

 え。

 

 !?

 

 「さ、さっきの、

  見てた、の?」

 

 「う、うん。」

 

 ぶっ!?!?

 

 「だって、その、

  

  だったんだよ、ね?」

 

 ……。

 

 だれが、なにを、

 どう、伝えてる?

 

 柚には、いろいろ聞かせたくなかったけど、

 これ、ただの誤情報じゃないか。


 ……

 あぁ。

 

 でも。

 

 「まだお昼だし、

  帰り、どこかよってこ?」

 

 ……

 

 倫子と、離れなければ、

 柚に、逢えなかった。

 

 「空港のご飯じゃないんだ。」

 

 「んー。

  空港はね、高いだけなんだって。

  恭子ちゃんが言ってた。」

 

 うわ。

 敵を作りそうなこと吹き込んでるな。

 

 「その、

  こないだのケーキ屋さん、

  一緒に行きたい。」

 

 あ。

 あぁ、あの、

 めちゃめちゃ旨かったケーキ。

 

 「リベンジ。

  崩れてなかったら、

  もっと美味しいはず。」

 

 形、あんまり関係ないと思うけどなぁ。

 どっちかっていったら、

 違うものを食べてみたいけど。

 

 あぁ。

 でも。

 

 「!」

 

 小さな手を優しく握るだけで、

 柚の暖かな血流と繋がるだけで、

 いろいろな蟠りや苛立ちが、すっと、凪いでいく。

 

 すごい。

 すごいな、柚は。

 

 

 「行こうか、柚。」


 

 「……

  うんっ!」


 

 余所行きの服を翻しながら、僕に委ねるように笑う柚が、

 空港の硝子に反射した光を浴びて、

 くらくらするくらい眩しい。

 

 隣で、羽が生えたように、跳ね上がりながら歩く柚の、

 幸福な振動が左手の掌に伝わって来る。

 

 僕は、わけもなく溢れそうになる涙を必死に堪えながら、

 真っ白で騒がしい空港の天井を見上げ続けた。




高校デビューした地味子が、手を離させてくれない

第2章


(第3章につづく)

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