第11話


 「シンプルに言うね。

  パパ活してる。」

 

 え

 

 え゛

 

 「まぁ、パパ活するのは自由だから

  別にどうでもいいんだけど。」


 じゃ、

 じゃぁ、

 あの、は、まさか。

  

 「……なんで、わかったの。」

 

 「あー。

  あたし、外面だけはいいから。」

  

 情報源が多いってことか。

 

 「で、パパ活そのものもヤバいけど、

  その金がどこにいってるか、

  っていう話なんだよね。」

 

 ……

 それは、つまり。

 

 「うん。

  あのゲス野郎に貢いでるっぽい。」

 

 ……

 

 「違うかもだけどね。

  あのゲス野郎、羽振りいいらしいからさ。

  そういう金づるなんじゃないかなって。」

 

 ……。

 

 「まだよくわからないことも多いし、

  ま、究極、それも本人次第なんだけど。」

 

 ……

 

 「夕空さんは、さ。」

 

 「んー?」

 

 「もし、倫子が夕空さんの友達なら、

  どうする?」

 

 「うーん。

  手は出さないんじゃないかな。

  本人の自由だから。」

 

 「親友なら?」

 

 「あはは。

  親友がいたことはないなぁ。」


 うわ。

 こんな陽キャの鏡みたいな娘なのに。

 

 「じゃ、どうして、

  僕に教えてくれるの?」

  

 「え

 

  んー

  なんでだろ」

 

 は?

 

 「……あはは。

  なんでもないよっ。

  

  ま、一応、知っちゃったからさ。

  伝えとくね。

  

  じゃ、あたし、病院行くから。」

 

 病院?

 あぁ。

 

 「肘?」

 

 「あー、うん。

  そんなトコ。」

 

 あ、あぁ。

 

 「頑張って。」

 

 「……あはは、うん。

  そう、だね。

  んじゃ、またねっ。」

 

 ……ふぅ。


 こっちなんて、怪我もしてないのに。

 でも、もう、できそうにない。

 いろんな意味で。


 ……

 壊れた時計、か。

 

 そっ、か。


 (私に、近づかないで。)


 僕の時計は、

 あの日から、止まったままなんだ。

 

 (もう、だめ。

  だめ、なの。)

 

 ……

 馬鹿、な。

 なにを、いまさら。

 求められてもいないのに。


*


 ……はは。

 

 『誕生日代、

  振り込んでおいたから。』

 

 ……母さんらしい、な。

 なんでも、お金でカタをつけたがる。

 

 まぁ、覚えてくれてるだけありがたいけど。

 〆切仕事の合間だろうし、

 この部屋は、母さんにとって、辛すぎるから。

 

 一応、

 礼文くらいは書いておこうかな。

 

 ぴーんぽーん

 

 え?

 なんか、注文したっけな。

 変な宗教とかじゃないよね?

 

 がちゃっ

 

 ……

 

 ?

 

 「柚?」

 

 「う、うんっ!」

 

 ……こないだのホテルで見た、

 余所行きの私服だけど、

 なんか、ちっちゃい身体に荷物いっぱい持って。

 

 「い、入れてくれる?」

 

 「う、うん。」

 

 ……

 

 「だ、だめっ!」

 

 え。

 

 「こ、

  これは、わたしが、

  持って行くのっ。」

 

 そ、そう?

 

 ……小動物がふんすと鼻を鳴らして、

 よたよたと手一杯の荷物を運ぶ姿は、

 どうにも可愛すぎる。

 

 先回りして扉を開けると、

 柚は、ダイニングテーブルにどさりと荷物を置いて、

 ふぅ、と一呼吸したあと、くるっと周って、

 キラキラと輝く澄んだ瞳で、僕を見上げながら。

 

 

  「耕平っ、

   おたんじょうび、

   おめでとうっ!」


  

 え。

 

 あ。

 

 「きょ、去年の秋に、

  聞いてたからっ。」

 

 あ、

 あ、あぁ。

 そんな、昔のことを。

 

 「ほ、ほんとは、

  みんなでお祝いとか、してみたかったんだけど、

  そうなったら、わたし、霞んじゃいそうだし、

  どうやって声掛けていいか、分からなかったし。」

 

 あ。

 じゃぁ。

 

 「……

  わたしひとりじゃ、だめ?」

 

 ……

 

 「……

  そんなわけ、ないよ。

  あるわけ、ない。」

 

 「っ!?」

 

 あぁ。

 いと、しい。

 

 泣きそうに、なる。

 このまま、抱きしめてしまいたい。

 

 「ありがとう。

  ありがとう、柚。」

 

 「か、

  かみ、

  かみ、せ、

  セット、セット、セットしたからっ!」

 

 あ。

 あぁ。

 ちょっと、撫ですぎた。

 ちょうどいいところに頭があるもんだから、つい。

 

 「……

  あ。」

  

 ん?

 

 「け、

  ケーキ、その。」

 

 あ、

 あぁ。

 ちょっと、形、崩れてるな。

 

 「ご、ごめん、

  ごめんなさいっ。」

 

 どうして謝るんだろう。

 買ってきてくれたのは柚なのに。

 

 んーと。

 皿は、と。

 

 ……

 皿、か。

 

 あはは、

 ちょっと、埃、被ってる。

 

 「……っ。」

 

 洗って、流してしまえば、

 まだ、使える。

 あとはフォークでいいかな。

 

 ……こんなの、まだ、あったか。

 ケーキ切るためだけの包丁。


 ……

 あはは。

 何年ぶり、だろう。

 ホールケーキに、ナイフを入れるのなんて。


 思い出すことが、

 思い出せることが、あるなんて。

 

 ……

 ま、ちょっと潰れてるけど、

 こんなくらいかな?

 

 「ほら、柚。」

 

 「う、うん。」

 

 柚が嘘をついたのは、

 たぶん、この買い物をしていると、

 知られたくなかったからで。

 

 「ありがとね、僕のために。」

 

 「う、ううんっ。

  わたし、ずっと、ずっと、

  やりたかったから。

  

  ……っ。」

 

 あぁ。

 まだ、なにも食べてないうちから、

 瞳、潤ませちゃってる。

 

 柚にとっても、

 ひさしぶりのこと、なんだろうな。

 人の誕生日を祝うのは。

 

 「……。」

 

 ぇ。

 

 「こ、これ。」

 

 うっまっ。

 めちゃくちゃ旨い。

 

 ……って、

 なんで柚がそんな驚いてるの。

 

 「だ、だって、

  はじめて食べるんだもんっ。」

 

 ぇ。

 

 「き、決めてたの。

  耕平の誕生日の日に、

  耕平が一番食べたそうなものを、

  耕平と一緒に食べるんだって。」


 ……あぁ。

 やばい。

 緩くなった涙腺が、決壊しそうで。

 

 「……めちゃくちゃ美味しいね。」

 

 いや、このショートケーキ、

 ほんとに、すさまじく美味しい。

 

 舌触りが軽くて、ほどけるようで、

 スポンジとの一体感もばっちりで。

 

 でも。

 

 「うんっ!」

 

 弾けるような柚の笑顔が、眩しすぎて。

 涙腺から流れる塩の味が、口に入ってしまいそうで。


 全身が、震えている。

 暖かく、柔らかく。


 ……

 こんな日が、来るなんて。

 

 ただ、生きていることを、

 感謝してしまう日が、

 僕に、来るなんて。

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