第2章

第9話


 ……はぁ。

 

 (ふふ。

  うれ、しい。)

 

 (こ、ここなら、

  誰にも見られてないし、

  いいよ、ね?)


 ……

 だめ、だ。

 柚に、はまりそう。

 

 柚の感触が、

 身体に、残ってる。

 まだ、柚が隣にいるみたいな気がしてる。

 

 心臓が刻む鼓動の音が、聴こえる。

 あの時の感覚が本当なら、

 僕は、やはり。

 

 ……

 人として、失礼すぎる。

 

 地味な容姿の頃から柚が好きだったならともかく、

 いまになって、っていうのは、

 感性が根本から卑しいってことだろう。

 僕の顔を罵って来たあの女子達と何が違うのか。

 

 そもそも、あの動悸は、

 丘の上まで走って来たからかもしれないし。


 倫子の時だって、間違いだった。

 だから。

 

 ……

 嫌だ、もう。

 いろいろっ。


*


 「おはようっ!」

 

 あぁ。

 柚は、ほんとうに可愛い。

 一昨日よりも、昨日よりも、今日がずっと可愛いなんて。

 

 「?

  どうしたの、耕平。」

 

 い、いかん。

 意識しすぎてるかもしれない。

 

 まずい。

 手が、震えてる。

 

 (私に、近づかないで。)

 

 あんな思いをするくらいなら、

 こんなの、いち早く捨ててしまうべきなのに。

 

 ……っ。

 そんな、心配そうな顔されると。

 

 「……なんでも、ないよ。

  行こうか。」

 

 「うんっ!」

 

 ……

 

 「?


  耕平、

  だいじょうぶ?」

  

 「う、うん。

  なんともない。」

 

 ……ほんと、嫌だ。

 背中を抱きしめたくなるなんて。

 拒絶された恐怖が、頭から離れないのに。


*


 電車に向かう通学路を、ふたり、並んで歩く。

 当たり前になった日常が、ただ、愛しい。


 こんな穏やかな気持ちで登校できるなら、

 高校も、悪くはない。

 

 「あのね?

  どうしようかなぁって思ってるんだけど。」

 

 ん?

 なんだろ、ちょっと真剣な顔してるけど。

 

 「その、購買のパンって、

  そうでもないんじゃないかなって。」

 

 うわ、なんてことを。

 これから三年間どうしろと。

 

 「それでね、

  こないだ、朝にもやってるお店があるんだって、

  わかったでしょ?」

 

 あ、あぁ。

 駅構内のやつね。

 

 「でもね、このへんだと、

  朝からやってるお店って少ないの。」

 

 まぁ、それはそうだろうなぁ。

 

 「一生懸命探してね、

  やっと、ここっ! っていうパン屋さん見つけて、

  恭子ちゃんとかにわーいって言ってみたら、

  もうみんな知ってて、めちゃくちゃ混んでるんだって。」

 

 恭子ちゃん?

 

 「あ、うん。

  夕空ちゃんの友達。」

 

 柚の友達じゃないんだ。

 

 「あ。

  うーん、どうなんだろ。

  お話しても無視しないでいてくれる人?」

 

 ……中学での扱いが悲惨すぎて、

 友達の軸がわからなくなってるな。

 

 「みんなお弁当なんだけど、

  わたし、そうじゃないから。」

 

 柚の父親は料理などまずしないタイプだし、

 柚自身、夜が遅く、朝も遅めだった。

 基本、紗理奈さん達とネットゲームをしているから。


 そんな柚が、朝ちゃんと起きて、

 遠回りして僕の家に来る、というのは、

 紗理奈さんに言わせると、革命的な変化らしい。

 

 しかし、なぁ。

 僕も弁当作れるほどの料理スキルがあるわけでもないしな。

 家庭科部とかに入ったら、女子に、

 この無能が、なんであんたいるのよ邪魔、

 とか、罵られてたかもしれない。嫌すぎる。

 

 ん?

 じぃって見られてる。

 

 「……

  嬉しい、な。

 

  わたし、夢だったから。

  こうやって、

  耕平と、一緒に学校にいくの。」

 

 ……あぁ。

 なんか、いろいろ浄化される。

 時を止めて、ずっと、このままでいられたら。


*


 「あ。」

 

 夕空さん、か。

 

 なんていうか、ほんと、水際立った美少女だな。

 目鼻立ちがくっきり整ってて、凜とした目力があるのに、

 明るい笑顔が親しみやすさを醸し出している。


 「ん? あー。

  おっはよっ、おふたりさん。

  

  そっかぁ。

  ちょうどよかった。

  柚、彼氏とRINE交換するけど、いい?」

 

 「か、か、かぁぁつ!!??」

 

 柚の脳神経ヒューズが飛んだ隙に、

 夕空さんは僕に目くばせして手を出す仕草をする。

 あ、あぁ、スマホを出せと。


 うわ。

 タップがめちゃ早い。さーって流れるような。

 

 「ほい。

  で、耕平君、

  昼、屋上来てね。

  

  じゃ、柚、

  こっちおいでー。」

 

 「う、う、うんっ。」


 ……夕空さん、

 柚の扱いに習熟しすぎてるな。


*


 「おう、耕平。

  おはよーさん。」

 

 あぁ。

 うん。

 

 「で、見たか?」

 

 なにを?

 

 「あぁ、お前、

  クラスRINE入ってないのか。」

 

 は?

 そんなの、いつのまに出来たのか。

 

 「昼休みにばーって作っちゃったからな。

  いなかった奴は入ってない。」

 

 なんて残酷な仕組み。

 って。

 

 「作ったの、きみ?」

 

 わ、ふんぞり返ってる。

 地味に組織力あるんだなぁ。

 

 「おら、スマホ出せ。

  耕平も入れてやるから。」

 

 誰なら拒否してんだろ。

 まぁ、ハブられないのは悪くはないけど。

 

 んーと……

 あれ?

 

 「これ、男子だけ?」

 

 「……決まってんだろっ。」

 

 前言半分撤回。

 ま、まぁ、

 こういうのあっても別にいいのか。

 

 ……

 うわ。

 こういう話題、か。

 ほんとにあるんだな、こんなの。

 

 え゛

 

 「これ、他クラの男子も入ってる?」

 

 「そりゃそうだろ。」

 

 なにその変な組織力。

 学年男子クラスRINEなんて聞いたことない。

 っていうか、それもうクラスじゃない。

 

 「んで、まぁ、

  だいたい出そろったわけでな、これがっ。」


 ……はぁ。

 

 女子のランキングねぇ。

 こんなの、女子が見たら殺されるな。

 え。投票総数80? 

 男子だけだよね? 網羅率高いな。

 

 んー

 これが最新集計?

 えーと……

 

 1位が2組の大船夕空

 って、夕空さんか。

 やっぱり1位なんだ。凄いなぁ。

 

 2位が3組の橘かなめ

 当たり前だけど、知らない。

 

 3位が2組の三鷹恭子

 ……ん?

 さっき、柚が話してたの、この娘か?

 

 え゛

 

 「よ、4位?」

 

 2組の、土浦柚。

 みまちがいじゃ、ない。

 

 「お、土浦柚か。

  あの小動物感と透明感、たまんねぇなぁ。

  

  耕平も入れるか?

  そしたら同点3位なんだが。」

 

 入れないわっ。

 こんなもん入れて、わざわざ注目度上げるなんて。

 

 ……そっか、

 柚、そう見られてるんだ。

 それは、やっぱり、どうみても

 

 ……あれ。

 

 「うちのクラス4組、いないの?」

 

 「……察しろ。」

 

 ……

 こんなん、

 クラスの女子に見られたら殺されるわ。

 料理研究部、入ったんだよね?

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