第8話


 「う、わ。」

 

 うわ、って。

 

 「どうしたの、耕平君。

  その髪型。」

 

 なんか今日、こればっか言われてるな。

 

 「切って貰ったんだけど、

  似合わない?」

 

 「……

  すっごい似合ってる。」

 

 あ、そう。

 夕空さんに言われるってことは、

 青山さん、やっぱ凄いんだ。

 

 「柚の従姉妹の紹介。」

 

 「あ。

  紗理奈ちゃん?」

 

 お。

 十日間でその情報を持ってるとは。

 

 「夕空さん、

  なかなかの柚通だね。」

 

 「あはは、なに、その言い方。

  あぁ。でも、そうかも。

  いろいろ聞いちゃってるから。

  

  ……

  そっか。

  それで今日、

  柚、おかしかったんだ。」

 

 おかしかった?

 

 「ずーっと上の空でね。

  なに聞いてもぼーってしてて。

  なんか病気なのかと思ったけど、

  たったいま、その謎が跡形もなく消え失せたよ。」

 

 そ、そう。

 っていうか。

 

 「柚もここで切って貰ったんだよね。

  結構有名なトコみたいで。」

 

 「へー。

  あたしも切ったら変わるかなぁ。」

  

 「夕空さん、これ以上変える必要あるの?」


 「えぇ?

  あるよ、あるある。

  いっろいろ。腐るほど。」

 

 「貪欲だなぁ。」

 

 「あはは。

  貪欲に狙って行かないと、

  一流のアスリートになれないぞっ?」

 

 なる気、なくなったからなぁ。

 もともと一流なんて狙ってたかどうか。

 

 あぁ。

 

 ……


 「……あの、さ。」

 

 「んー?」

 

 「前言ってた幼馴染と、

  昨日、ばったり会って。」

 

 「……。」

 

 「彼氏に四股かけられてた。」

 

 「……そう。」

 

 「なにもすべきじゃない、

  って、頭でわかってるんだけど、

  なんか、割り切っていいのかが分からなくて。」

 

 「それ、柚に言った?」

 

 え?

 

 「……ううん、まだ。」

 

 「そっか。

  それ、そのまま言わないほうがいいよ。」

 

 ?

 

 「柚、すっごく不安になる。」

 

 あぁ。

 

 「あたしからうまく言っとくから。」

 

 「うまく?」

 

 「うん。

  でもさ。」

 

 ん?

 

 「一応聞くけど、

  その幼馴染のコに

  まだ、気持ち、あったりする?」

 

 ……。

 

 「あってはいけない、

  と、思ってる。」

 

 「ふぅん、なるほどね。

  じゃ、柚に上書きしてもらったら?」

 

 は?

 

 「要するに、身体の関係になればいいんだよ。」

 

 はぁ??

 

 「あはは。

  いきなりそうじゃなくても、

  あれだよ、抱きしめ合って、肌をまさぐりあうとかさ。」

 

 えぇ……。

 なんか、表現がロコツ。

 

 「っていうかさ、

  柚って、耕平君の家、

  朝から行ってるんでしょ?」

 

 ま、まぁ。

 

 「……これで付き合ってないっていうんだからねー。

  朝から爽やかにディープキスとかしないの?」

 

 「しないってのっ。」

 

 「お。

  元気になってきたじゃん。」

 

 あ。

 元気じゃ、なかったのか。


*


 あれ?

 そういえば今日、柚からRINEに連絡がない。


 (私、耕平君と一緒がいい。

  一緒なら、なんでもいい。)


 (いま、どこにいるの?

  近くなら、そっち行く。

  近くなくても、行くから。)

 

 ……とか、言ってたのに。

 

 テニス部の勧誘、流石に来なくなったか。

 練習時間が減っちゃうだろうから、

 このまま諦めてくれるといいんだけど。

 

 ……

 

 <いま、どこ

 

 ……

 

 行く、か。

 

*


 「!」

 「!?」

 

 自覚ゼロ

 

 あ。

 

 柚、だけ、なんだ。

 今日、取り囲まれてないのか。


 なんか、溜息吐いて、

 ずっと窓の外を眺めては黄昏てるけど。


 「柚?」

 

 「……

  

  ひっ!?」

 

 どだんっ

 

 「な、な、なっ。」

 

 ……なんでそんな、端っこのほう行くの。

 身体、ちっちゃいもんだから、

 動きがめっちゃ小動物っぽいんだけど。

 

 「う、うそっ。

  え、その、は。」

 

 あからさまに挙動不審だな。


 ……なんか、倫子があの男に心奪われる時、

 こんな感じになってなかったっけ。

 ここまでじゃなかったにしても。


 ……って、ことは。

 

 「……

  そ、そのっ。」

 

 ?

 

 「えと、その、あの、

  いぅ、えふっ!?」

  

 ……なにしてるの、ほんと。

 あぁ、紅玉リンゴみたいな頬になって。

 なんかちょっと、色気が

 

 「こ、こんなの、されたら、

  だって、もう、となりで、

  喋れなくなっちゃう……っ。」

 

 ……?

 

 「だ、だって、

  こ、耕平、

  似合いすぎてて、

  すっごいかっこよくてっ。」


 え。


 「そ、そう?」

 

 「う、う、うんっ!」


 そ、そうなんだ。

 似合ってるって言ってくれた人はいたけど、

 そんなこと思ってくれる人はいなかったな。

 

 「い、嫌っ。」

 

 ん?

 

 「い、嫌だから。

  嫌だから。

  わ、わたし、嫌だから。」

 

 「この髪型、嫌なの?」 

 

 「ちがうっ!」

 

 お、怒られた。

 

 「か、髪、切って、

  耕平の、横にいられるって、

  お話できて、嬉しいもだもんっ。」

 

 「う、うん。」

 

 「わ、わたし、

  つ、つりあってなくても、

  耕平と、お喋りしたいのっ!」


 ……ん?


 「釣り合ってない?」

 

 「そうだよっ!」

 

 「それはこっちの台詞だけど。

  柚、綺麗になっちゃったし。」

 

 「っぅ!?」

 

 あ。

 

 「ち、違う、

  違うけど、

  違わないもんっ!」

 

 ……なんか、混乱してるな、いろいろ。


*

 

 はぁ。

 

 結局、帰り、一言もしゃべれなかったな。

 なんか、いろいろ、意識、しすぎて。

 

 ……

 

 (ひっ!?) 


 (えと、その、あの、

  いぅ、えふっ!?)

 

 なんだ、ろう。

 そういうふうに、考えたこともなかったけど。

 

 なんていうか、

 そそ、る。

 

 柚、

 めちゃくちゃ、かわいい。

 ほしく、なりそうになる。

 

 ……


 だめ、だ。

 こんなの、手に入るわけ、ない。

 絶対、他の男のモノにしかならない。


 (私に、近づかないで。)

 

 あぁ、なんで

 

 ぴろんっ

 

 ん?

 ……なんだ、紗理奈さ

 

 <スマヌ>

 

 <(石を膝に抱いて鞭打ちされるスタンプ)>

 

 なに?

 このスタンプ

 

 <

  柚に見られた>

  

 え゛!?

 こ、これ、倫子のやつ

 

 <いつ?>

 

 <ついさっき>

 

 は?!

 

 <紗理奈さん、

  いま、こっちいるの?>

 

 <仕事

  さっきついたとこ>

 

 うわ。

 凄いな新幹線代。

 

 <撮影の前に

  柚と飯食うはずだったんだけど

  柚、目がやばい>

 

 げ

 

 <いまココ高級ホテル

  繋ぎ止めてる間に

  迎えに来い>

  

 <これ、紗理奈さんのせいでしょ>

 

 <(石を膝に抱いて鞭打ちされるスタンプ)>

 

 ……このスタンプ、

 こっちが虐待されてる気分になってくるな。

 

*


 はぁ……はぁ……

 

 部活やってた頃は、

 この程度走ってもビクともしなかったのに。

 

 はぁ……はぁ……っ

 

 くそ。

 この丘、地味に傾斜がきついっていうか、

 傾斜角が高くなってやがんな。

 

 っくっ。

 

 ぬ、抜ききってやるっ!

 

 ……はぁ、はぁ……っ

 

 い、息が、切れてる。 

 動悸が、煩い。

 こんなんで、こんなに。


 こ、ここ、かっ。

 えらい奥まったところ

 

 ぅわ。

 なんていうか、きらっきらしてる。

 威圧感がスゴイな。


 ま、また、

 とんでもないトコ使ってるなぁ。

 場違い感しかないじゃないか。

 

 ええい。

 入るしかないけど。


 げ。

 

 ロビー、でっかいな。

 ど、どこだ?

 

 え、ええっと……

 外国人ばっかりだ。

 

 こ、これ、写真だと

 あっ。

 

 「柚っ。」

 

 「!

  

  え、

  ど、どうしたの?」

 

 ……は?

 

 「い、いや。

  紗理奈さんに、

  柚、迎えに来いって言われて。」

 

 「え?

  あ、

  ……うん。」

 

 ?

 

 「……ううん。

  いい。

  

  ……ふふ。」

 

 ……な、なんだ?

 学校とは、別人みたいに落ち着いてるいろいろありすぎて感情が一周した人けど。

 

 「……

  

  ありがとう、耕平。

  こんなところまで、迎えに来てくれて。」

 

 い、いや。

 まぁ。

 

 「……。」

 

 ……って。

 なんか、じぃって、見つめられてて

 

 「ふふ。

  うれ、しい。」

 

 わ。

 やばい。可愛い。

 柚、ものすごい可愛い顔してる。

 

 顔も、化粧も、服も余所行きだからなのかもだけど、

 雰囲気っていうか、仕草っていうか、

 声っていうか


 ん?

 

 え゛

 

 「な、なに。」

 

 少しチークを引いた頬を朱に染めながら、

 声を、甘く、乗せるように。


 「耕平、

  綺麗だから、撮っちゃった。

  あはは。」

 

 ……か、可愛いょっ。

 やばい、語彙が、消えてる。


 高級ホテルのロビーを背景にした、

 澄み切った瞳と、透明感ある仕草に、誘われそ


 っ

 

 僕らの目の前で、外国人客同士が、

 互いを抱擁し、接吻を交わしている。

 

 「……


  か、帰ろ?

  さすがに、おそいよ。」

 

 あ、あぁ。

 そう、だねっ。

 

 「……。」

 

 え。

 

 「……。」

 

 て、手を伸ばされて、

 ね、ねだられてるっ。

 

 「こ、ここなら、

  誰にも見られてないし、

  い、いいよ、ね?」

 

 とくん


 伸ばされた華奢な手を、そっと掴むと、

 暖かさと、血液が流れていく感触が、

 どくどくと、伝わってきて。


 全身が、

 暴れるように、熱い。

 

 「……。」

 

 柚は、頬を紅く染めて俯きながら、

 身体を、寄り掛かるように寄せてきた。


 僕の唇に柚の髪が薄く掛かり、

 柚の纏っている薄い香水の奥から、

 柚の香りが薫ってくる。



 どくんっ


 

 柚は、潤ませた瞳で僕を見上げながら、

 委ねるように微笑むと、

 僕の胸に肩を寄せながら、ゆっくりと歩きだす。

 

 僕と柚は、言葉をひとことも交わさずに、

 最寄り駅までの細い路を、

 互いの匂いと体温を感じながら降りていった。



高校デビューした地味子が、手を離させてくれない

第1章


(第2章につづく)

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