第7話


 倫子とは、保育園の頃から一緒だった。

 小学校も、中学校も。

 習い事も、部活までも、一緒だった。


 付き合ったことなんてなかったけど、

 付き合うなら、倫子だろうって、

 ずっと、思ってた。

 

 倫子は、違った。


 中3の合宿の時。

 高校テニス部のイケメン先輩OBこと宝塚俊永たからづかとしなが

 声をかけられて、そのまま、一夜を共にした。


 たぶん、いまも。

 

 「……。」

 

 「……。」

 

 見たこともないをしてる。

 たぶん、あの美男子スケコマシの趣味だろう。

 

 ……よく考えれば、

 勝手にそうだと思い込んでただけだから。

 倫子には、倫子の生き方があるだけで。

 

 柚も、そうなるのか。

 

 (柚はね、

  もう、耕平君しか見てない。)

  

 ……

 

 あ。

 

 「……こんなところ、耕平が来るなんて。

  部活、さぼってきたの?」

 

 「入ってない。」

 

 「え。」

 

 「入らないよ、テニス部なんて。」

 

 「そ、そう。」

 

 ……びっくりするくらい、

 倫子に話したいことが、ない。

 あんなに泣いたのに。縋りついて叫びたかったのに。

 

 もう、人のもの、だからだろうか。

 倫子も、きっと、テニスも。

 

 あぁ。

 そっか。

 倫子に見せたくて、テニスをやってたんだ。

 

 (邪魔すんじゃねぇっ!)

 

 邪魔は、しない。

 倫子も、テニスも、年上のイケメン彼氏のことも。

 

 「な、なんで行っちゃうの?」

 

 え?

 

 「近くにいたら、迷惑なんでしょ?」

 

 RINEまでブロックしたんだから。

 

 「っ。

  そ、それは昔の」

 

 ……

 もう、いいか。

 

 「じゃね、倫子。

  お幸せに。」

 

 「っ!?」


 ……

 え?

 

 腕、掴まれてる?

 

 「……

  

  ……なんかじゃ、ない。」

 

 唇の中で消えるような、

 か細く、聞き取れない声で。

 

 「……

 

  もう、だめ。

  だめ、なの。」

 

 そう言うと、

 倫子は、反対側の腕でスマホを高速でタップし、

 

 「……。」

 

 ……

 

 これ、は。

 

 「……

 

  この娘だけじゃ、ない。

  私が知ってるだけでも、

  三人は、いるの。」

 

 げ。

 

 「私だけじゃなかった。

  そんなこと、わかってたつもりだけど、

  信じてさえいれば、大丈夫だって。

  

  ……

  こんな、辛いなんて、思わなかった。」

 

 ……。

 

 ひどい、な。

 

 「……

  

  あは、は。

  おかしい、よね。

  

  耕平には、

  姿、見られたくなかったのに。」

 

 ……。

 

 「……。」

 

 話したいこと、

 話すべきこと、 

 話すべきことが、

 ぐるぐると頭を巡って、

 

 腕を、捉えられてて、

 倫子の重みに、空気に。

 

 振り払ったのは倫子なのに。

 僕を罵り、棄てた女なのに。

 

 どうして。

 いまさらに、なって。

 

 意味が、わからなすぎる。

 

 こんな街中の、

 こんな華やかにキラキラと輝く目抜き通りのど真ん中で、

 二人して、涙を流してるなんて。


*


 ……。

 

 (耕平には、

  姿、見られたくなかったのに。)

  

 ……。

 

 倫子には、

 もう、なにもできない。

 

 なにも、してやれない。

 

 僕を棄ててあのイケメンを望んだのは、倫子で、

 あの男に裏切られたとしても、

 それは、ただ、倫子のせいなだけで。

 

 (……

  こんな、辛いなんて、思わなかった。)


 ……。

 

 (耕平君、

  もう、好きなんじゃん。

  柚のこと。)

  

 ……

 そう、だ。

 

 倫子には、もう、未練なんて、ない。

 あっては、いけない。

 

 ……。


 ぴろん

 

 ……

 

 げ。

 

 <これ、どういうこと>

 

 さ、紗理奈さん、

 どうしてこんなの。

 どこから、誰から美容師

 

 ……ええい。

 

 <幼馴染

  つきあった彼氏が四股>

 

 <(局所を日本刀で切り落とされる鬼のスタンプ>)


 ぴぽぴぽぴぽん

 ぴぽぴ

 

 「詳しく。」

 

 ……紗理奈さん、忙しいんじゃ?


*


 はぁ。

 朝、か。

 

 結局紗理奈さんの事情聴取に1時間も取られた挙句、

 またペイントの対戦に付き合わされてしまった。

 ランクが上がっちゃったけど、誇ることじゃない気がする。

 

 ……

 この時間から朝練してたんだよなぁ。

 こんなになんにもしない日々が続いていいんだろうか。

 

 ……

 考えても、しょうがないか。

 

 あ。

 そういえば、ワックス、買わされてたっけ。

 

 動画、見てないから

 青山さんがやってたやつの見よう見まねなんだけど。

 

 ……

 これ、朝ごはんの後のほうがよくないか?

 手がべとべと

 

 ぴんぽーん

 

 うわ。

 

 とりあえず手だけさーって洗って

 

 がちゃっ。

 

 「おはようっ


  ……

  っ!?」

 

 え?

 

 「……」

 

 手で顔を覆って、

 覆った指の隙間からこっちを見て、

 真っ赤になって沈んでる。

 

 「ど、どうしたの柚?」

 

 「む……

  ……むりぃ……っ……

  し、しんぞう、……」

 

 え。

 

 「なんか、そういう病気あるの?」

 

 必死で首を左右に振ってる。

 

 「ちょ、ちょ、

  ちょっと、その、

  ……ふぁぅっ!?」

 

 ……

 しばらく落ち着くまで待とうか。


*


 「をぅふっ。」

 

 ん?

 

 「こ、耕平

  お前、それ、なに?」

 

 なに、って。

 

 「髪型だよ、かみがたっ!

  芸能人にでもなる気か?」

 

 はぁ?

 あぁ。

 

 「知り合いに紹介してもらった

  美容師さんに切って貰った。」

 

 「……お前、ちょっと、

  やっべえことになってるぞ。」

 

 え?

 

 「やっぱ似合わない?」

 

 「逆だばか、

  逆、逆、逆っ!」

 

 そんな連呼されると、

 どっちがどっちなんだか。

 

 「……お前の頭の中、

  ほんと、どうなってんの?」

 

 どうなってると言われても。

 

 「え、なに、

  大船さん狙ってるとか?」

 

 は?

 

 「だから、高嶺の華だって言ってるだろ。

  なに考えてるの。」

 

 「お前な。

  いまのお前なら、ぜんっぜん」

 

 「はーい、みんな、

  こっち向いてねー。

  HRはじめるから。」


 ……ふぅ。

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