第5話


 はぁ……。

 

 「つ、疲れたね、なんか。」

 

 まぁ、紗理奈さんだからね。

 朝から振り回された感が凄い。

 

 っていうか。

 

 「……すごい、ね。

  こんな朝から、みんな動いてるんだね。」

 

 働くミツバチの群れ、か。

 朝だから、じゃないかな。

 こっから高校行くって、なんだかなぁ。


 「ね、ね。」

 

 ん?

 

 「その、朝ごはん、食べてかない?」

 

 あ、あぁ。

 って、まだ6時ちょっとだよ?

 

 「6時半から空いてるんだって。

  紗理奈ちゃん、よく使ってるって。」

 

 ……とんでもない中3だな。

 

 「その、ありがとね。

  耕平くん、関係ないのに。」

 

 関係か。

 確かに、ないな。

 

 「……えへへ。」

 

 ん?

 

 「嬉しいなって。

  よかったな、って。

  思い切って、髪切って。」

 

 ……。

 あぁ。

 こんな澄んだ瞳で見上げられると、

 いろいろ、ばからしくなる。

 

 「い、いこ?」

 

 あわただしいホームのど真ん中で、

 ごく自然に、手を差し出してきて、

 ごく自然に、握ると。

 

 「っ……。」

 

 朝から、身体が、火照ってしまって。

 なんか、なんか、視界が

 

 「お、降りよっ。」

 

 「う、うん。」

 

 手を繋ぎながら、

 階段を逃げるように降りると、

 人が溢れる駅を、

 

 っ。

 

 「こ、こっちっ。」

 

 「う、うん。」

 

 顔を真っ赤にした土浦さんに連れられて、

 シャッターの閉まった地下街を潜りぬけていくと、

 昔ながらの喫茶店みたいな建物が見えてくる。

 

 「こ、ここらしいけど。」

 

 どうせだから、思い切って入ってみると。

 

 わ。

 まぁまぁ、お客さんいるな。

 

 スーツ着たサラリーマンっぽい人とか、

 スーツケース持った外国人観光客とか。

 

 「いらっしゃいませ。

  お二人様ですね?」

 

 「は、はいっ。」


 「こちらのお席でお願いします。」


 うわ。

 テーブル、狭っ。

 っていうか、めっちゃ近いな。

 

 「……。」

 

 か、顔、赤くなる。

 あ、朝から。朝だから?

 

 「ご注文、お決まりでしょうか?」

 

 は?

 

 「ま、まだですっ。」

 

 「かしこまりました。

  メニュー、こちらになります。」


 あ、あぁ。

 外のメニューで決めてる人もいるわけか。

 

 「耕平くん。」


 ん?

 

 「紗理奈ちゃん、ピザトースト食べてるって。」

 

 そうなんだ。

 

 「でも、わたし、

  この、小倉トーストがいいなって。」

 

 ……なるほど。

 

 「どっちも食べたい。」

 

 「そ、そうな

  ……っ!?」

 

 ん?

 

 「な、なんでもないのっ!」

 

 そ、そうなんだ。

 

 「ご注文のほうお決まりでしょうか?」

 

 「こ、このピザトーストで。」

 

 「そちらのお客様は?」


 あ。

 

 「小倉トーストで。」

 

 「畏まりました。

  メニューおさげしますね。」

 

 ……ふぅ。

 

 「……ご、ごめんね?

  勝手にメニュー、決めちゃって。」

 

 分からなかったからちょうどよかったんだけど。

 

 「……

  なんでそんなに優しくしてくれるの。」

 

 ん?

 

 「な、なんでもないのっ。」


 そ、そう?

 

 ぴろん

 

 って、紗耶香さんか。

 

 <リンク見たな?>

 

 え、

 あ、あぁ。

 

 えーと?

 ん……

 

 ヘアサロン?

 な、なんか、えらいおしゃれな

 

 <明日の18時だかんね

  忘れたら〇ロス>

 

 ぶ、物騒なこと言ってるなぁ。

 

 「どうしたの?」

 

 黙ってスマホを渡すと

 

 「……あ。」

 

 ん?

 

 「ココ、わたし、やって貰ったトコ。

  紗理奈ちゃんの紹介。」

 

 あ、あぁ。

 そういう。そういうこと。

 って、紗理奈さん、大阪住みだよね?

 

 「今日みたく、

  仕事でこっち来る時に

  やって貰うんだって。」

 

 なるほど。

 

 「もともと、こっち住みなの。

  いまは叔父さんの転勤についてってるけど、

  高校はこっちに戻るんだって。」

 

 そうなんだ。

 って、それはそれで騒がしそう。

 

 「あはは。だいじょうぶだよ。

  紗理奈ちゃん、学校で友達いっぱいいるから。」


 あぁ。

 なんかいそうな気が


 「お待たせいたしました。

  こちら、小倉トーストでよろしかったでしょうか。」

 

 「あ、はい。」

 

 ……あー。

 こういうやつか。

 

 下にバターひいてて、

 上に小倉あんを塗るやつね。

 

 「こちら、ピザトーストですね。」

 

 お。

 なんか、大きい。

 ぶあついんだな。

 

 「ご注文のほう、よろしかったでしょうか?」


 土浦さんが少し慌てながら首だけで頷くと、

 紙の伝票を机の端に置いて去っていく。

 うわ、混んできてるなぁ。


 「た、食べよっか?」

 

 そうだね。

 飲み物、頼んでないけど。

 

 「それは外の自販でいいんだって。」

 

 わ。

 そういうとこピンポイントに締まり屋だなぁ。

 どうでもいいアイテム大事に持っちゃうタイプ。

 これはっていうものは大胆に捨てられるのに。

 

 おぅ。

 ピザトーストのチーズ、

 とろんと溶けて、

 

 「はむっ」

 

 土浦さんの口に、するっと入っていった。

 咀嚼しながら動く唇と、

 大きく開く瞳が、嬉しそうに輝いて。


 「……そ、そんなじーって見られてると、

  は、恥ずかしいよっ。」


 そ、そうだねっ。


*


 最寄り駅に着くと、

 うちの高校の制服を身に着けた生徒達が

 我先にと降りていく。

 

 土浦さんと並んで、

 階段を降りて自動改札を潜り抜け、

 駅前のロータリーを抜けていくと。

 

 「あれ?

  柚じゃん。」

 

 あ。

 えーと、

 

 「おはよう、大船さん。」

 

 「あはは、夕空でいいよー。

  どしたの、朝帰り?」

 

 「ぶっ!」


 んなわけなかろうも。

 

 「あー、いいなぁ。

  あたしも彼氏欲しいなぁ。」

 

 彼氏じゃないっての。

 

 「か、か、かっ。」

 

 「ん?」

 

 ん?

 って。

 土浦さん、顔、真っ赤なんだけど。


 「柚、こっちおいでー。」

 

 「う、うんっ……。」

 

 なんか、二人して

 ごにゃごにゃ話してるみたいだけど。

 

 あ、土浦さん、

 急に腕、振り回してる。

 なにしてんの。

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