第3話


 ……なんて、ことだ。

 

 朝から、土浦さんの夢を見てしまった。

 こんなの、見たことなかったのに。

 

 くだらない。

 こんなのが出てくるなんて、嫌だ。

 また倫子みたいになったら、もう。

 

 ……

 

 はぁ。

 着替えよ。

 

 ぴろん

 

 ん?

 これ、紗理奈さんの……?

 

 ぶっ!!!

 

 <いま、柚ん家

  おすそわけ>

 

 な、し

 したぎすがたの

 

 ……

 

 き、着替えなくてよかった。

 犠牲が一枚で済んだなら、まだ。

 

*


 「お、おはようっ。」

 

 う、うん。

 

 「そ、その、

  なんか、紗理奈ちゃん、

  へんなもの、送っちゃったみたいでっ。」

 

 うあ、

 バレてる。

 

 「け、消してくれたよねっ!」

 

 う、うん。

 待ち受け画面なんかにしてない。

 

 「えっ!?」

 

 は!

 じゃ、なくてっ。

 

 「さ、紗理奈さん、

  いつからいるの。」

 

 「う、うん。

  その、撮影だって言って、

  こっち、泊ってるから。」

 

 あ、あぁ。

 

 紗理奈さんは、もともと大阪住みで、

 仕事があるときだけ、東京に来てるらしい。

 っていうか、中3なのに、いいのか?


 「明日から土日だから、

  金曜休んでも、大丈夫だろって。」

 

 うわ。割り切ってるなぁ。

 そういう割り切りがあれば、

 僕ももうちょっとテニス部で生きやすかったんだろうか。


 「その、

  で、ね?」

 

 ん?

 

 「さ、紗理奈ちゃんが、

  なんか、モデル、やらないか、

  って、言って来たの。」

 

 ……は?

 

 「に、似合わないよね。

  わ、わたしなんて、

  しょせん、後ろのほうで座ってるだけの

 

 似合うか、似合わないかで言ったら

 

 「そりゃ、似合うでしょ。」

 

 「えっ!?」

 

 でも。

 ……あぁ。

 そのほうが、いいのかもしれない。

 その形なら、諦めもつくから。

 

 「こ、断ったよ?」

 

 え。

 

 「だ、だって、

  そんなことやったら、

  その、耕平君と、

  一緒にいる時間、減っちゃうなって。」

 

 あ、あぁ。

 

 「この格好にしたの、

  耕平君のそばでお話するためだもん。」

 

 ……

 勿体ないような、

 嬉しいような。

 

 いや、

 こんなの、嬉しがっちゃ、だめなんだけど。


 「……えへへ。」

 

 ん?

 

 「ううん。

  わたし、嬉しいの。

  耕平君が、似合うって言ってくれて。」

 

 ……あはは。

 表情が、ころころと変わる。


 髪を下ろしてる頃も、わたわたしている姿は可愛かったけど、

 瞳が見えると、こんなにも魅力的で。

 透き通るような肌なのに、

 陽の光を浴びて、溢れんばかりに輝いていて。

 

*


 あ。

 

 「おう、耕平。」

 

 おはよ。

 

 「なぁなぁ、

  お前、2組の大船と知り合いか?」

  

 ん?

 誰、それ。

 

 「とぼけんなって、大船夕空おおふなゆあだよ。

  昨日お前、校舎の前で話してたろ。」

 

 あ。

 

 (夕空ちゃんっ!)

 

 「あぁ、確かに。」

 

 「確かに、じゃねぇよ。

  どんな関係だよ。」

 

 関係?

 うーん。

 

 「絶対に関係を持ち得ないと決めてる高嶺の華。」

 

 「は?」

 

 「だって、あんなの、

  絶対に異世界だろ。」

 

 「……??」

 

 「きみ、軽音部入るんだよね?

  いいんじゃないの? ああいうの。

  お似合いかもしれないよ?」

 

 「ば、ばか。

  っていうか、軽音部なんて入らねぇよ。」

 

 え。

 

 「だって、あいつらガチ勢だぞ。

  本気でバンドやろうとしてやがる。」

  

 そりゃまぁ、そうじゃないの?

 

 「ちげぇよ。

  バンドなんて文化祭でちょろっとやって、

  女に告白するネタになりゃいいんだよ。」

 

 いっそ清々しいなその発想。

 

 「じゃ、どこに入るの。」

 

 「んー、そうだなぁ。

  天文部とか、美術部とか?」

 

 ……どっちも女子がいそうなトコだな。

 

 「それなら、料理研究会にでも入ったら?」

 

 「耕平……

  お前ぇ、天才かよっ!」

 

 ……変な道を示したかもしれない。


*


 土浦さんは、

 同じクラスの女子に囲まれてるので、

 昼食を一緒にすることはできない。

 

 テニス部の勧誘を避けるには、この教室にはいられない。

 勢い、外に出なければいけなくなる。


 食堂も勧誘されやすい場所だから、

 人気がなくて、食事に困らない場所となると。

 

 「あれ?」

 

 あれって、こっちの台詞だけど。

 えーと、きみは確か

 

 「あー、そういえば、はじめましてだね。

  あたし、大船夕空。

  きみは、佐藤耕平君、だよね?」

 

 あ、うん。

 土浦さんと一緒じゃないの?

 

 「あー。

  んー、ま、いいか。

  さっきまでさ、ここ屋上で、コクられちゃっててね。」

 

 あ、あぁ。

 そういうことか。

 って、まだ高校はじまって一週間で。

 

 「そうなんだけどさー。

  ほんと、まいっちゃうよ。」


 律儀なんだね。


 「あー、まぁね。

  真面目そうな人だったし、

  別に悪いことでもないしさ。

  

  っていうか、耕平君は?

  告られにきたわけじゃなさそうだけど。」

 

 ありえない。

 ただ、追われてはいる。

 

 「んー?

  あぁ、テニス部の。」

 

 よくわかったね。

 

 「そりゃだって、関東準決までいったんだもん。

  公立から硬テでさ。」

 

 ……ひょっとして。

 

 「あ、うん。

  テニス部だったからさ、あたし。」

 

 なるほど、ね。

 過去形ってことは。

 

 「……うん。

  肘、やっちゃって。」

 

 あ、あぁ。

 故障、かぁ……。

 

 「陸上とかも、

  意外に腕、使うんだよね。

  だからあたし、なにができんのかなーって。」

 

 ……こんな、快活そうな、

 スポーツ女子の見本みたいな笑顔してるのに。

 

 「……あはは。

  なんだろ、なんか、ぼろってなっちゃった。

  あーあ。カッコ悪。」

 

 「それで言ったら、

  僕のほうがずっとカッコ悪いけどね。

  怪我したわけでもないのに、逃げ回ってるんだから。」

 

 「練習、嫌だったとか?」

 

 「まぁ、うん。」

 

 「嫌だよねー。筋トレとか振り回しとかさー。

  筋肉なんて、休ませなきゃいけないのに。


  あ。」

 

 ん?

 

 「……ううん。


  耕平君の

  ほら。」


 え? RINE?

 あ、あぁ。

 囲まれちゃってるんだ。

 

 「……あはは。

  うわ、クッソやべぇな、あたし。」

 

 ん?

 

 「ううん、こっちの話。

  じゃ、柚ちゃん、拾ってくから。」

 

 拾ってくって。

 

 「だってほら、次、体育だし。」

 

 あ、あぁ。

 

 「あはは。

  んじゃね、耕平君。

  

  ……ありがと、ね。」


*


 ……はぁ。

 

 嫌なモノは嫌です、では

 論理武装としては弱いんだよなぁ。


 (邪魔すんじゃねぇっ!)


 ……別に、テニスのせいじゃないなんてことは、

 百も承知なんだけど。

 

 なんだろう、燃え尽きちゃったんだよな。

 もう、あんな情熱で取り組むことはできない。

 

 ……あぁ。

 倫子のこと、か。

 それもあるんだろうな。

 

 だからって

 

 ぴろん

 

 <耕平くん、どこ?>

 

 同じ轍は踏むまい。

 

 <土浦さんは?>

 

 <耕平くんの教室で待ってる>

 

 え。

 

 <校門、嫌かなって思って>

 

 あ、あぁ。

 気、使わせちゃってるんだ。

 

 ……

 土浦さんって、あんな激変したのに、

 中身、なにも変わってないなぁ。

 

 いや。

 まだ、変わりたてだから。

 倫子のようになるのは、時間の問題だから。

 

 でも。

 いまは、、違う。

 

 <わかった。

  待ってて>

 

 <(歓喜の歌と踊るアルパカのスタンプ)>

 

 ふふ、なにこれ。

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