第2話


 翌日の朝。

 自分のクラスに入った時。

 

 見られて、いる。

 男子からは敵意を、女子からは蔑み興味を。

 

 ……土浦さんのせいではない、かな。

 同じクラスでなくて、良かったのかもしれない。


 「なぁ。」

 

 ……。

 

 「土浦さんを紹介するのは無理だぞ。」

 

 「は?」

 

 え?


 「あ、あぁ。

  よくわからんが、違う違う。

  お前、小央こなか西中の佐藤耕平、だろ。」

 

 ん?

 自己紹介で、出身中学なんて言わなかったのに。

 

 「バカ。

  俺、二回戦で対戦したんだぞ。」

 

 は?

 ……あぁ、そういう。

 

 「勝った奴って、対戦相手のことなんて忘れてるよな。

  ったく、むかつく。」

 

 ……。

 

 「ああ、うそうそ。

  んな顔すんなよ。

  俺、テニス、もう止めたからさ。」

 

 え。

 

 「お前も、入るつもりないんだろ?」

 

 そう、だね。

 ……誘われるのかと思ったけど。

 

 「俺はもういいわ。

  あんなもん、真剣にやってもな。」

 

 ……。

 

 「あれか、耕平は、

  練習しすぎて嫌になったクチか。」

 

 ……それは、ある。

 もう、あんな辛い練習はしたくない。

 グリップテープを血に染めながら、

 汗と涙の先に出会うものが、なら、絶対に。

 

 「それで。」

 

 ん?

 

 「お前、なんか部活入るのか?

  文化部とか。」

 

 あぁ。

 文化部、かぁ。

 うーん、想像してなかった。

 

 「軽音とかどうだ?

  女にもてそうだろ。」

 

 「いい。」

 

 「ん?」

 

 「いや、異性のことは、

  どうでもいいかなって。

  どうせ何やってもダメだから。」

 

 「……?」

 

 「きみは軽音、向いてるかもしれないね。

  女の人、好きそうだし。」

 

 「……耕平。

  お前、まさか、

  ひょっとしてコッチか?」

 

 そういう経験はないけど。


*


 はぁ。

 テニス部には入らないって言ってるのに。

 

 (小央西中の佐藤耕平君、だよね)


 まさか、二度も誘われるとは思わなかった。

 入る時だけネコナデ声で、

 入った後は地獄へ叩き落すつもりだろう。

 もう二度とひっかかるものか。

 

 ただ。

 どこにも入らないと、こういうことが起こるなら、

 どこかに籍を置くのはひとつの手なのかもしれない。

 

 形だけなら、なるべく負担の少ない、

 できれば週一度くらいの活動の部活がいい。


 そうすれば、合宿もないし、

 変な動員とかもかからないだろう。

 ミニバンの中で寝ると肩が

 

 ぴろん

 

 ん?

 

 <耕平くん、部活ってどうするの?>

 

 土浦さん、か。

 ちょうどいいタイミングではあるが。

 

 あぁ。

 土浦さん、どの部活に入っても、

 必ず獲られるな。

 

 だったら。

 

 <わたし、耕平くんと一緒がいい

  一緒なら、なんでもいい>

 

 ……。

 

 心を、繋げられそうになってしまう。

 土浦さんが僕と近かったのは、狭い世界しか知らなかったから。

 視野が広がってしまえば、倫子みたいに、

 整ったイケメンを好きになってしまうに決まっているのに。


 <いま、どこにいるの?

  近くなら、そっち行く

  近くなくても、行くから>


 逃げたくなる。嘘をつきたくなる。

 でも、土浦さんの泣き顔を思い出してしまう。


 少なくとも、、違う。

 倫子と土浦さんは、別の人間だ。

 

 最後は一緒になってしまうとしても、

 いまは、、違う。

 

 <学校の校舎内

  土浦さんは?>

 

 <らじゃ

  正門で待ってるっ!>

 

 ……なんでそんな目立つとこ行くかなぁ。


*


 急いで正門に行くと、

 土浦さんは、女子二人に囲まれている。

 ただ、険悪な雰囲気というよりも、

 一緒に軽い話をしているだけらしい。


 「あ、柚ちゃん。

  彼氏、来たよー。」


 彼氏じゃないんだけどな。

 いまの土浦さんじゃなれっこないわけで。

 

 「こ、耕平くんっ!」

 

 あ。

 顔、赤くなってる。

 

 「待った?」

 

 「う、ううんっ!

  ちっともっ!」

 

 「さっきまで首をながーくしてたのは

  どーこの誰かなぁ?」

 

 「ゆ、夕空ゆあちゃんっ!」

 

 あ、この娘、

 昨日見た土浦さんのクラスで一緒の子か。

 制服が似合って健康的で明るくて笑顔がいい。

 スポーツ大会のポスターになりそうな娘だなぁ。

 

 「ん?

  耕平君、ひょっとして、私に気がある?」

 

 「っ!?」

 

 「ないない。

  君のような高嶺の華には痛い目にあってるからね。」

 

 「あはは。

  斬新な断り方だなー。

  それなら、柚ちゃんも?」

 

 「夕空ちゃん、ほんとに怒るよ。」

 

 うわ。

 土浦さんが、物凄い眼をしている。

 

 「あはは。

  ごめんごめんって。

  耕平君、柚ちゃん、

  ちゃんと捕まえとかなきゃだよ?」


 「ゆ、夕空ちゃんっ!」

 

 「あはは。

  じゃぁねー、また明日ー。」

 

 ……去ってった。

 嵐のような人だなぁ。

 

 「え、

  えっと、そのっ。」

 

 あぁ、土浦さん、混乱してる。

 

 「クラスメート?」

 

 「そ、そう。

  き、基本いいコなんだけど、

  たまに、ああやって、からんできて。」


 ふふ。

 愛されてるなぁ。

 

 「か、帰ろっ。」


 うん。

 そう、だね。

 

 って。

 

 「……。」

 

 手、伸ばしてきてる。

 まぁ、確かに、誰も見てないけど。

 

 (柚ちゃん、

  ちゃんと捕まえとかなきゃだよ?)

 

 「!」

 

 そっと手を伸ばすと、

 暖かさと、血液が流れていく感触が伝わる。

 

 「……。」

 

 土浦さんは、真っ赤になりながら目を潤ませ、

 肩を、そっと寄せてきた。

 

 あぁ。

 こんなこと、倫子ともしたことがない。

 

 嬉しく思ったら、突き落とされるだけなのに、

 身体中が、ふつふつと沸きあがっている。

 まるで、生まれてはじめて砂糖を口にした猿のように。

 

 僕と土浦さんは、

 言葉をひとことも交わさず、

 夕暮れの駅までの路を、ただ、寄り添って歩いた。

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