高校デビューした地味子が、手を離させてくれない
@Arabeske
第1章
第1話
自分で言うのもなんだが、
僕の容姿は、
奥二重だし、歯並びもよくないし、
鼻の形も良いとはいえない。
鼻の下は少し長いし、なんなら、顎も少し長い。
密かに想っていた幼馴染をイケメンに獲られるくらいには、
テニスの県大会決勝戦で、顔の良い子と当たった時、
観客の女子達に負けろ負けろと激しい罵声を送られるくらいには、
主人公側でないことを自覚している。
この世に希望など持っていないし、高望みもしない。
女性に関心を持つつもりもない。
もっと不幸な人が世界中に溢れているらしいから、
特に何も言わないけれど、
明日死ぬんだと聞かされても、後悔はなにもない。
そう、思っていた。
つい、10秒前まで。
「……耕平、くん。」
肩の先まであったぼっさりした髪をばっさりとショートにし、
肩の先は少しカールしていて、前髪は切りそろえられた眉の上に。
なにより、キラキラと輝く、印象深い瞳が前に出ている。
「そ、その、
似合わないと、思うんだけど。」
あぁ。
似合う。似合いすぎる。
「あの、
さ、紗理奈ちゃんが、
その、無理やり。」
全校のトップになるかは分からないが、
クラスの上位3位以内には、確実に入るだろう。
高校1年の春。
*
中学の時、土浦さんは、
クラスの中で、同じグループの子だった。
他の子が遊んで作業をしない中で、
土浦さんは、指定された作業を地道にこなしていた。
こなしすぎて、やんちゃな娘達に仕事を押し付けられていた。
今にして思うと、面白半分に虐められていたのだと思う。
文化祭の時、
僕は、土浦さんの作業を、
ほんの少し、手伝った。
「え。
だ、だって、
こ、耕平くん、部活が。」
佐藤、という名前が三人もいるので、
僕は最初から下の名前で呼ばれていた。
「いいよ、いい。」
推薦の道が絶たれ、練習に出る必要がなくなっただけ。
勉強する気分でもなく、ちょうどいい大義名分が出来たと思っただけ。
土浦さんのためでも、なんでもない。
それなのに、
義理堅い土浦さんは、恩義に感じてくれた。
*
土浦さんの希望もあって、
教室での僕らは、一切関係を持たなかった。
でも、みんなの見えないところで、
薄く、指を繋げていた。
RINEとIscordeいう形で。
RINE上での土浦さんは、
饒舌で、少し攻撃的なくらいだった。
ゲームがとても上手いことに驚いたりした。
部活での指定校推薦が流れてしまい、
退屈な受験勉強の合間に、
土浦さんと、彼女の従姉妹だという紗理奈さんと
オンライン上で遊ぶのはいい息抜きになった。
とはいえ、それも月に一度くらい。
RINEでの会話も、思い出した時に、二週間に一度くらい。
濃密な関係とは、とても呼べないものだった。
だから。
「……。」
驚いた。
その変貌に。
この、距離感に。
「き、決めてたの。
こ、高校に入ったら、
ぜったい、ぜったいに、
耕平くんの隣で話すんだって。」
一軍入り確実な姿形なのに、
眼を潤ませ、身体を震わせながら話す土浦さんは、
ただただ、可愛い。
そして、可愛いということは、
奪われるということだ。
(死んじまえこのブサイク野郎っ!)
(邪魔すんじゃねぇっ!)
答えるべきでは、ない。
倫子が僕にしたように、先に手を払うほうが、
お互いのためになるのかもしれない。
「……。」
でも。
「紗理奈さん、凄いね。
まだ中学生なのに。」
そんな、泣きそうな顔をされてしまったら。
「う、うんっ。
さ、紗理奈ちゃんは、
その、モデルだから。」
モデル、か。
遠い異世界の存在だ。
となると、モデル仕込みか。
なるほど、凄いわけだ。
*
< ><。 >
別のクラスになった土浦さんは、
自己紹介が終わった後、
いろいろな人に話しかけられてパンクしているらしい。
<タスケロ>
なぜ小文字?
……僕でどうにかなるとはとても思えないけど。
「あの、佐藤君。」
「ごめんね、
ちょっと知り合いに呼ばれてて。」
知り合い、か。
知り合い、だな。
*
土浦さんのクラスは、二つ先の教室だった。
あぁ。
囲まれてる、なぁ。
どうにか土浦さんの視界に入ると、
「!
耕平くんっ!」
涙目のままぱっと明るい顔になったかと思うと、
廊下の手前まで思い切り駈け寄られてしまう。
「えぇ?」
「……チッ」
……まぁ、そうだろうな。
野郎からの敵意が凄い。
女子は僕を
おそらく、お眼鏡には叶うまい。
「じゃ、
わ、わたし、
か、帰るからっ。」
「あ、ほーい。
柚ちゃん、また明日ー。」
なにかを見取ったのか、
制服が似合う快活そうな女子が手を軽く振ると、
クラスの男子の大半が、
関心を無くしたように、土浦さんから目線を外す。
「い、いこっ!」
……
まずい。
上目遣いが、朱に染まった頬が、
物凄く、可愛い。
なんて現金で、卑しいんだろう。
そんなこと、去年は全然思わなかったのに。
自分が、人間が、
心底、嫌になる。
*
高校から離れ、電車に乗ると、
「あーもう、
初日から疲れたよ。」
調子が戻ってきたのか、土浦さんが、
ゲームでチャットしてるような口調になる。
「耕平くんとクラス違うなら、
いっそ、元の髪型に戻そうかなぁ。」
元の髪型って、あの長い髪だよね。
「あ。
そっかぁ…。
もう、戻せないんだ。」
戻りたいの?
「……ううん。
やっぱり、いい。
あの髪型だと、
こうやって、耕平くんと喋れない。」
……見上げてくる瞳がいちいち心臓に悪い。
土浦さんじゃなかったら、嫌悪感が先に立つはずなのに。
「ね、ねぇ。
帰る時って、思ったより、座れるね。」
駅に貼られたダイヤを見るまで気づかなかったが、
この高校の電車は、二本に一本、始発駅の隣になるらしい。
「耕平くん、
テニス部、入らないんだよね?」
これは、決めている。
一か月前くらいに、土浦さんにも伝えた気がする。
「だったら、
い、一緒に通わない?
で、電車の中だけでもいいから。」
あぁ、断るべきなのに。
どうせ誰かに邪魔されて、奪われるのに。
「いいよ。」
涙を拭いながら微笑む土浦さんの姿を、
ガラスに吸収された太陽の淡い光が包み込む。
この世のものとも思えないくらい儚くて、可憐だった。
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