第10話 初夜
私は脱衣所で服を脱ぐ。
思えば、風呂につかるのは何日振りだろうか。
随分汗もかいている。
羽織っていたコートをハンガー......のようなものにかけ、ブラウスを脱ぐ。
そういえば、冬コーデで外を歩いていたのに全然暑くなかった。
見た目は4月くらいだったが、日本とは気候が全く違うようだ。
パンツを下ろし、下着を脱いで......
「......ん?」
さっきから下着に違和感を感じるとは思っていたが......
「まさか、魔法に興奮しすぎて......絶頂......」
......さすがに人としてどうなのかと、我ながら思った。
毎回毎回、魔法を使う度にこうなっていては話にならない。
もう少し魔法に慣れようと決意する玲奈であった。
......桶でお湯をすくい上げ、肩にかける。
すごく丁度いい温度だ。
ここまで細かく温度調節が出来るとは......
透明で綺麗なお湯にちゃぽんっ、と足から体を入れる。
身長は高いほうだが、そんな私でも余裕のある大きさの浴槽。
足を延ばしながら息を吐く。
「ふぅ~............」
今まで生きてきた中で一番長く、一番幸せな一日だった。
魔法に出会って魔法を使って......
まるで夢のような世界だ。
これが夢オチだったら余裕で首を吊るけど......
まだまだ私が知らない魔法があると思うと、ワクワクが止まらないな。
それにしても......キリエナには本当にお世話になった。
こうして家に居させてくれる上に、魔法まで教えてくれるとは。
どうして、あんな良い子に友達がいないのだろう。
彼女のヒモにはならずに済みそうだが、
やっぱりなにかお礼がしたいな......
さっきは少し落ち込んでいたけど、大丈夫だろうか......
風呂を出ると、脱衣所に寝巻のような服が置かれていた。
タオルで体を拭き、それを手に取る。
私とキリエナの身長にはかなり差があるが、寝巻のサイズはほとんど私の体型にピッタリだった。
「......お礼だけじゃなくて、後でお金も返した方がよさそうだな」
脱衣所を出ると、いい匂いが鼻を刺激する。
リビングの食卓の上には、豪華な食事が並べられていた。
「キリエナ。お風呂あがったよ」
「あっ丁度良かったです。今、最後の一品の仕上げを......」
キリエナが私の方を向いて目を見開いた。
「えっと......キ、キリエナ?」
「すごく......」
「へ?」
「すごく可愛いです! やはり、あの服を選んで正解でした!」
「あ、やっぱり私のために買ってくれたの? ごめんね、お金が入ったらすぐに返すから......」
「えっ、必要ないですよ! 私がレイナさんに着てほしい服を買ってきたんですから! むしろありがとうございます」
子供のように目をキラキラさせている。
彼女は存外、お洒落が好きなようだ。
可愛い子に可愛いと言われても悪い気はしない。
それにしても、元気になっていてよかった。
「こちらこそありがとう、キリエナ。お風呂も食事も用意してもらって......」
「そ、そんなの......友達なら当然です! ほら、いいから食べましょう!」
キリエナが用意してくれた食事に目を向ける。
そういえば、こちらの世界の食べ物を食べるのは初めてだ。
どんな味がするのだろう。
椅子に座り、パンッと手を合わせる。
「いただきます」
「えっと、何ですか? それ?」
「う~ん、まぁ食べる前の儀式みたいなもんかな」
「そ、そうなんですね......えっと、い、いただきます!」
まずは、目の前に置いてあるパンを手に取った。
見た目は元の世界のスライスされたフランスパンだが、はてさて味も同じなのだろうか......
少し不安を感じながら口に運んだ。
「......美味しい」
「ほ、本当ですか!?」
何も味付けがされてないように見えたが、パンそのものがピーナッツバターの味がする。
それに思ったよりもサクサクだ。
次は、スープに手を付ける。
見た目は完全にトマトスープだが、何故かカボチャのような香りがする。
スプーンですくって口に運ぶ。
ん?! なんだこれ!?
美味い......美味過ぎる!!
何の味か全く分からないのに、とてつもなく美味い。
どこか懐かしいような気もするが......奇天烈なものを食べているような気もする。
忘れていた空腹を体が思い出してくる。
どんどん腹が減ってくる。
「自分が作ったご飯を誰かに食べてもらうのは初めてです。だから、お口に合って良かったです.....えへへ......」
あっという間に食べ終えてしまった。
満腹になり、椅子に深く腰を掛けてもたれる。
異世界の味覚が私の口に合わないんじゃないかと不安だったが、その心配は無さそうだ。
少し遅れて食べ終えたキリエナが、思い出したかのように口を開く。
「そういえば、試験の日程は一週間後に決まりましたよ。試験に確実に合格するなら、もう少し時間が欲しかったですが......」
「受けさせてもらえるだけでありがたいよ。それはそうと、試験ってどんな感じなの?」
「そうですね......面接と魔法の実技テストが基本です。正直、面接は伝統というか、形式みたいなものなので問題はありませんが......実技テストの方は編入の試験なので詳しくは当日になってみないと分かりません。年によって大きく変わるものなので......」
「そうなんだ。それなら尚更魔法の練習をするしかなさそうだなぁ......」
あっ、そういえば......
私は訊きたかったことを思い出す。
「ねぇキリエナ。エイルグラントの花畑、って知ってる?」
「エイル......グラント? 都市の名前か何かですか?」
どうやらキリエナも知らないようだ。
となると、やはり人間領ではないのかな......
「実は、こっちの世界に飛ばされる時に聴こえたんだよ。エイルグラントの花畑を訪れて、ってさ」
「そうなんですか......? すみません、力になれなくて......」
「いやいや、こっちこそ変なこと訊いてごめん」
誰かが目的を持って私を召喚?したのか、偶然こっちの世界に飛ばされたのか。
まぁ、この話は追々でいいかな......
「とにかく、明日からの魔法の練習、よろしくね」
「ま、任せてください! さて、明日は朝から練習ですから、今日はもう寝ましょうか」
食器の片づけを手伝った後、私はベッドの上で魔導書を読んでいた。
キリエナは風呂に入っている。
それにしても、明日から本格的に魔法が使えるのか......
今日試せなかった魔法も、使いこなせなかった魔法も無数にある。
威力や距離の調整もまだまだだ。
実技テストが何なのかは当日にならないと分からないらしいが、戦闘の際の立ち回りも覚えておく必要があるだろう。
そうなると、速射やブラフなどの練習も......
いかん。楽しみ過ぎて寝られない。
まるで遠足前日の小学生のようにベッドの中で目をキラキラさせていると、キリエナが風呂から出て、眠そうな顔をしながら寝室に入ってきた。
ん......? ちょっと待て。
私はキリエナにこのベッドで寝るように言われたが、それならば彼女は一体どこで寝るんだ?
確か一人暮らしだと言っていた。
見た感じ、ベッドはひとつしかない。
もしかして、私をベッドに寝かせて、彼女はソファで寝ようとしているのか......?
さすがにそれは、申し訳なさすぎる!
私がベッドから退こうと身を起こしたその時、キリエナがベッドの中に入ってきた。
......えっと?
「キ、キリエナ? 今私が退くからちょっと待って......」
「何言ってるんですか? 明日は早いんですから早く寝ましょ?」
「い、いやその......」
未成年の女子高生と同衾。
字面だけ見れば普通に犯罪ではあるが......
この世界には同じベッドで睡眠を取る文化でもあるのだろうか。
とにかく、このままじゃゆっくり寝れないから一回......
あっ、すごい良い匂い......
「んんぅ......レイナ、さん。寝ないんですかぁ?」
「えっと、その......なんで二人で一緒のベッドで寝るの? 私は床とかでも寝られるけど......」
「何言ってるんですか。友達なんですから、当たり前ですよぉ......」
ん?
「いや、あんまり友達同士でやることではないと思うけど......」
「......え??」
ムニャムニャしていた声から一転、キリエナが目を見開いて固まった。
「キリエナ? ちょっと、大じょうb......えぇ!?」
気づけば......彼女の顔は真っ赤になり、泣きそうな顔をしていた。
「違うよ?! 一緒に寝るのが嫌とかじゃなくて......!」
「............です」
「な、なんて?」
「友達とか......できたことなかったので......グスッ、レイナさんが、友達が家に泊まるのとか、浮かれちゃって......どうすればいいのか分かんなくて......」
「えっと、あっ、そうだよね! いや~友達なら一緒に寝るしかないよねぇ! よーし、明日は早いから早く寝よう! あははは......」
「うぅ......」
どうやら、地雷を踏んでしまったようだ。
それとなく誤魔化しながら、プルプル震えるキリエナに布団を被せる。
とりあえず、今日はこのまま寝てしまおう......
私はキリエナが寝息を立て始めるのを確認してから、眠りについた。
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