第1話 転移

.......遠くの方で声が聴こえる。


「..............さん.......お姉さん!!」


 私はハッと目を開いた。

 

 どうやら......ベッドの上にいるようだ。

 体を起こし、ぐるりと周りを見る。

 ペンションのような木製の壁。

 何世紀か前のヨーロッパを思わせる装飾。

 そして......目の前には可愛らしい少女が立っていた。


 床に座り込みながら彼女は言う。


「よ、よかったです.......もう目覚めないんじゃないかって心配で.......」


 随分と変わった服を着た子だな.......

 しかも銀髪のロングって、なんだかアニメのキャラクターみたいだ.......じゃなくて。

 全く状況が呑み込めないぞ。

 ここは何処だ? 今何時だ? 

 確か、研究室にスマホを忘れて、それで.......?


「それにしても顔の傷も完治してよかったです。私、あまり治癒魔法が得意じゃなくって.......」


 .......治癒魔法? 魔法? 魔法.......魔法!?

 思い出した!! 

 確かスマホの怪しい画面を.......

 いやそんなことはどうでもいい!! 

 急に外に放り出されて.......

 そんなのもどうでもいい!! 

 今確認すべきなのは.......!!


 私は再び彼女の手を強く握り、最も重要な質問をした。


「こ、こここ、ここには.......魔法がっ、魔法があるんですね!?そうなんですね!?」

「そ、そりゃもちろんあります.......ってなんなんですか、その質問。魔法なんてあるに決まってるじゃないですか。お姉さん、大丈夫ですか?」


 再びガッツポーズである。


 魔法が存在する、彼女は今、そう言った。

 そしてそれは根拠の無い妄言などでは無い。

 まだ顔に残る微かな痛み。

 あの謎の光が顔に迫ってくる瞬間をハッキリと記憶している。

 そうだ。つまりここは異世界かなにかで.......そして.......そして!!



 この世界には、魔法が存在している!!



 あまりの幸福感に、もう一度気絶しそうになる。

 危ない危ない......正気を保て、私。

 安心はできない。

 確認すべき事柄がまだまだある。

 とりあえず彼女に話を.......あれ、なんか引かれてる?


「.......あの、お姉さん。本当に大丈夫ですか? もしかして頭にもダメージが.......?」

「え? あ、いえいえ! もう大丈夫ですよ。迷惑を掛けてすいません。少し困惑していて.......ち、治癒魔法で治療してくれたんですよね?本当にありがとうございます。えっと、確かお名前は.......」

「そういえば自己紹介がまだでしたね。初めまして、私はキリエナ・ラーヴァです。その.......き、昨日は魔法を顔に当ててしまって本当に申し訳ありませんでした!!」


 彼女は深々と頭を下げた。

 相当真面目な性格の子なんだろう。


 し、しかし魔法が顔に.......顔に当たって.......ぐふっ。

 ダ、ダメだ顔がにやける、こらえるんだ!!

 

「い、いえいえ。傷も治してもらいましたし.......そ、そうだ。えっと、私の名前は、玲奈、です。よ、よろしくお願いします。」

「レイナさん!! こちらこそ、よろしくお願いします!!」


 ここがどんな世界か分からない以上、一応苗字は名乗らないでおこう。


 名前とか服とか見ると、中世のヨーロッパっぽいし。

 異国の民とか思われると面倒くさそうだ。

 ここはあらぬ疑いを掛けられないよう慎重に.......

 

「えっと、レイナさんは何処から来たんですか? 転移魔法か何かで飛んできたんですか? ......っていうより随分と不思議な恰好をしていますね?見たことない服ですが.......」


 転移魔法!? 今、転移魔法って言ったよね!? そういうのもあるタイプの魔法かぁ!! 転移魔法があるってことは、千里眼とか高速移動とかもできたりするのかなぁ~~~?? はっ!! も、もしや飛行魔法とかもあったりして.......!?


 ま、待て待て。

 とりあえず落ち着いて質問に答えねば.......


「そ、それが気づいたらあそこにいて。自分のことは覚えているんですが、

 昨日以前の記憶が全く無くて.......正直、何が何だか.......」


 無論、嘘である。

 先週見たアニメの内容も完璧に覚えているし、先月発表された新作ゲームのリリース日までしっかりと記憶している。

 大分怪しいが、別の世界からすっ飛ばされてきました~って言うよりは幾分かマシだろう。

 信じてくれるか不安になりながら彼女に目をやると、俯いていた。


 しまった.......いくらなんでも無理があったか.......!?


 しかし、彼女は不安そうな顔を見せながら意外な反応を示した。


「そんな.......!? わ、私はなんてことを.......!! 今すぐお医者様のところにお連れ致します!!」

「え?!」


 彼女はそう叫びながら、私をベッドから引きずり出す。


「いやいや、そうじゃなくて!! き、きっと昨日の魔法のせいではないと思いますよ。衝撃はそんなになかったし.......何か別のことが原因です!! そうに違いない!!」

「そ、そうなんですか.......?レイナさんが大丈夫ならいいのですが.......」


 斜め上の勘違いに、少々驚いてしまった。


 ていうか、良い人だな...... 

 なんか嘘をついてるのが心苦しくなってきたぞ.......


 しかし、このままでは病院に連れて行かれて、健康(睡眠不足)であることがバレてしまう.......!!


 な、何か話題は.......


「こ、ここはキリエナさんのお家ですよね? 一人で住んでるんです......か?失礼ですがおいくつですかね.......?」

「えぇ、十六歳の一人暮らしですよ。今は魔法学校に通ってます!」


 んま、ままま、魔法学校だとおぉ~!?!?!?!?

いや、利便性の高い魔法が存在するのならばそれを学ぶ教育機関があっても不思議ではない!! いや......もしかして戦闘魔法をガチガチに鍛えてくれる学校ってのもありか?! なんてこった、どうやら最高の世界に転移してきたみたいだぞ。私も入学できるかな.......ワクワクしてきた.......


「レイナさんはおいくつ位なんですか?私よりは年上に見えますが.......」

「そ、そうですね。私はじゅう......いえ、二十二歳、です。」


 少し年齢を詐称しようか迷ったが、理性に阻まれた。


 魔法学校が高等教育的な立ち位置にあったら入学できなくなっちゃうけど、

さすがにこの見た目で十八歳です! とか言うのは無理があるよなぁ.......


 年取ったなぁ.......私。


「というかすごいですね、キリエナさんは。十六歳で一人暮らししてるんですよね。ご両親は?」

「えっ!? あはは.......まぁなんというか、独り立ちしたかったっていうか.......そ、そんなことよりレイナさんの方が年上なんですから、敬語なんて使わなくていいですよ! 呼び方も、キリエナで大丈夫です!!」

「そ、そうなの? 敬語は苦手だから助かるよ。ありがとうキリエナ」


 なんか露骨に話題を変えてきたな.......

 それだけ聞かれたくないということだろう。

 まぁ、無理に訊く必要は無い。

   

 それ以上に知りたいことが山ほどあるのだから.......!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る