第2話 我慢

私は鼻息を荒くして彼女に問う。


「とりあえず色々訊いてもいいかな。正直、ここがどこなのかもよく分かってなくてね......詳しく教えて欲しいな」

「そ、そうですね。ここはグナ大地の北の端。シュネイルと呼ばれる地域ですよ。そしてここは、私が数年前に一人で建てた一軒家です。」

「ひ、一人で建てたの!? も、もしかして、それも魔法で......!?」

「えっ......? あ、当たり前ですよ! そんなの余裕です! 自慢ではありませんが、魔法学校の成績も結構優秀なんですよ! ふふん!!」


 ......何と言うか、思ったよりもチョロ......親しみやすそうな子で安心した。

 それにしても魔法で家まで建てれるのか。

 グナ大地とかいう名前も異世界っぽくて興奮するなぁ......


「じゃ、じゃあ、地図とか見てみますか? 見てみたら、何か思い出すかもしれません」

「えっ、本当に? 助かるよ」

「では......」


 彼女はそう言うと、人差し指をピッと振った。

 その瞬間、ホログラムのような地図が空中に現れる。


「えっと、まずここが......」

「うひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「ひぃっ!!つ、次はなんですか?!」

「あっ。ご、ごめん。つい興奮しちゃって......」


 スクリーンも端末も無い、正真正銘の魔法の地図......

 立体的で、土地や都市が一目で分かるようになっている。

 なんて......なんて美しいんだ!!


「そ、そんなにすごいですか......? えへへ......と、とりあえず続けますね? ここが私達がいるグナ大地。他の場所よりも高地になっていて、私の家は......大体この辺りですかね。その東側にあるのが、王家の城を中心とした大都市ルイーゼ。人間領の中で最大の都市です。そして南側にあるのが魔法都市ロンネルトで......」

「うんうんうん。おっけー分かったとりあえずその魔法都市とやらに早く行こうか今すぐにでも行こう」

「ちょ、ちょっと待って下さい!! もっと私にお話しさせて下さいよ!!」


 エデンが私を待っている。

 行かない? そんな選択肢は存在しない。

 今すぐ準備をして......


「......ん? 人間領?」

「えっ? あ、はい。人間領、がどうかしたんですか?」

「人間の領土? それって......他の種族か何かがいるってこと?」

「......そんなことまで忘れてしまっているんですね。そうですよ。人間の他にも、獣人族、魔族、エルフなどがいますよ。彼らも、それぞれの場所で生活してるんです。......仲は良くありませんが」



 あっ、仲悪いんだ......

 

 しかし言われてみればそうだ。

 異世界なんだから、そういうのがいると言われても不思議ではない。

 それにしてもエルフに魔族、か......

 言語が通じるなら弟子入りさせてもらえないだろうか。


 それにしても......


「その、自分で言うのもなんだけどさ。私が怪しい奴だとは思わなかったの? 記憶が無いので色々と教えてくださ~い、って嘘をついて情報を引き出そうとしてる他国の間者なんじゃないか......とか」

「えっ?」


 鳩が豆鉄砲を食らったような間抜けな顔......になったと思ったら、急に目を逸らしてたどたどしく話始める。


「あっ............その、ちょっと私、用事が出来たので席を外しますね......」

「え? ちょ、ちょ、ちょっと待って! 違う! 違うから!!」


 部屋から出ていこうとするキリエナをどうにか止めようとする。

 本当に想像すらしてなかったようだ。

 っていうか力強いな!?


「な、なんで止めるんですか!? やっぱり本当にどこかの国の間者なんですね!?」

「違うって! さっきのはちょっと気になったから訊いちゃっただけで......そ、それに、本当に間者なら自分から疑われるようなこと言うわけないでしょ?! だから、一回話を......」

「そんな御託を並べても無駄ですよ!! 潔く白状してください!!」


 困った、非常に困った。

 完全に間者だと思われてしまっている。

 このままでは捕まってしまうぞ......


 私の魔法ライフをこんなところで終わらせるわけにはいかない!


 か、かくなるうえは......!!


「わ、私、実は異世界から来たんだ!!」


 い、言ってしまった。

 間者よりもマシに聞こえると思ったんだが......

 よくよく考えたら異世界から来たとか言い出す方が怪しくないか!? 

 まずいぞ......と、とりあえずあの窓から逃げて......


 私が焦っていると、彼女は不思議そうな顔をして振り向いた。


「異世界、って......そんなのが本当にあるとしても、どうやってこの世界に来たんですか?」

 

 あれ? 結構反応が薄いな......?

 もしかして、異世界ってこっちでは珍しくないのか?


「そ、それが変な文様みたいなのに触ったら、急にあそこに放り出されて......」

「文様? 異世界から何かを呼び出す魔法なんて聞いたことありませんが......もしかして......」

「えっ? 心当たりがあるの?」

「いえ、厳密にあるってわけじゃないんですが......はっ! ま、またそうやって情報を抜き出そうとしてるんじゃ......?」

「だ、だから違うってば!! 訳も分からず飛ばされて来ただけなんだって!!」

「ほ、本当ですか? ......まぁ確かに、間者が自分から疑われるようなこと言うわけありませんもんね......」


 さっき丸々同じこと言ったはずなんだけどな......

 まぁ疑いが晴れたならそれでいいけど......


「と、とりあえず信じてくれて助かったよ。でも、異世界から来たってのも、それはそれで怪しくない? よく考えれば間者よりも怪しい気がするんだけど......捕まったりはしない、よね?」

「他の人も聞いたら驚くかもしれませんが......多分、間者じゃないなら大丈夫だと思いますよ。この国、今はそれどころじゃないので......」

「それどころじゃないって......なにか大きな事件でも起こってるの?」

「......戦争、です。他の種族との戦争は遠い昔から繰り返されてきましたが......その上、最近では人間同士の争いが何度も起こってるんです」


 戦争......か。 

 他種族との仲が悪いどころか、命の奪い合いまでしているらしい。

 結局、どんな世界に行っても戦争は起こるものなのだろう。

 人間以外の種族がいるというなら尚更だ。


 それにしても......彼女は随分と悲しそうな顔をしている。


 彼女は私の目を見て口を開いた。


「えっと......レ、レイナさん。その......」

「どうかしたの?」

「......ご、ごめんなさい! そもそもレイナさんにケガをさせてしまったのは私なのに、変に疑ったりしてしまって......」

「あぁ、全然いいよ。疑いも晴れたことだし、ケガも直してくれたんだから、気にしなくていいよ」

「私、人付き合いがすごく下手で......それで学校でも友達が少なくて孤立してて。だから、気づかずに変なこと言って人を困らせちゃうことも多いんです。本当に、ごめんなさい......」


 きっと、彼女はすごく優しい人なのだろう。

 多少思い込みが激しくて、天然っぽいところがあるけど、見ず知らずの人間を治療して助ける人なんてあまりいない。


「だったら......私と友達にならない? 良ければ、だけど」

「えっ、い、いいんですか? 私なんかと......」

「私はキリエナだから友達になりたいと思ったんだよ。ていうか、私も友達いないし......時折、口も悪くなるから結構嫌われるけどね。そんな私でよければよろしく頼むよ」

「え、えっと、それじゃあ......よ、よろしくお願いします......えへへ......」

「よろしくね。もう友達なんだから、敬語じゃなくてもいいよ」

「そ、それは緊張しちゃうので、しばらくはこのままでお願いします......」


 私達は固い握手を交わした。

 この世界についてもっと詳しく話を訊きたい......というのもあるが、

 それを抜きにしても、彼女とは良好な関係を築いていきたいと感じている。

 

 魔法があるおかげ、というだけではない。

 そう思えたことを、私はどこか嬉しく感じた。


「では、これからどうします? 異世界? から来たって言っても、帰る方法とかはあるんでしょうか......」

「あぁそれは大丈夫。あんなクソみたいなところに帰る気は一切ないから」

「そ、そうなんですね。じゃあ......とりあえずご飯でも食べに行きますか? お腹、減ってますよね? 行きつけのお店があるんですよ。早速準備を......って、レイナさん?」


 気づけば、部屋を出ていこうとする彼女の服の裾を掴んでいた。


 確かに腹は減っているが、そんな下らないことは今はどうでもいい。

 というよりも......正直、もう我慢できない。


「魔法」

「......えっ?」


「魔法の使い方を......ハァハァ......つ、使い方、を教えてふふっ......くれない、かなぁ? ハァハァ......」


「えっ、あの............」


「ダメだった、ら......見せて、くれるぅ、だけ、でも......ふぅふぅ、いいからさぁ......」


「わ、分かりました、分かりましたから、ちょっと離れて下さい」


 ......友達になる人、間違えたかな? と思うキリエナであった。


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