魔国大乱

牙屋

第0話 プロローグ

______私は画面の中の光景に釘付けになった。


 杖から飛び出す美しい光。

 複雑な文様から出現する物質。

 箒に乗って飛び回る姿。

 あぁ、なんて、なんて綺麗なんだろう.......

 当時ぬいぐるみにもおままごとにも興味を抱かなかった私は

 画面の中のその光景に、

 「魔法」に、見惚れていた。


 それから私は変わった。


 千里眼を習得するために一日中瞑想をしたり、

 水を操るためにコップに入った水をわざと床に零したり、

 炎体制を手に入れるためストーブに指を入れたりした。


 時間を巻き戻す修行のためにあらゆるモノをハサミで切りきざむ娘にしびれを切らした母親が、魔法は創作物であり、現実には存在しないというあまりにも残酷な事実を口にしたのは......


 この私、緋扇玲奈ひおうぎれいなが八歳の時であった。




ーーーーーーーー




 私は大学の研究室で今日作成したレポートをまとめていた。


 窓の外は随分と暗くなっている。体中が痛い。

 三日目の徹夜でボロボロの体で無理矢理作業をしていたのが響いてる。

 今日はもう帰ろう、そう思って荷物を整えて外に出た。


 ......大きなため息が白く濁る。そろそろ十月も終わりに近い。

 今年の冬も寒そうだなぁなどと考えながら歩いていると、前の方から男達の声が聴こえてきた。

 チラチラと私の顔を見ながら笑っている。


「あの人、いっつも夜まで残って作業してるよな~」

「緋扇さんだろ? お前ちょっと声かけてこいよ。」

「嫌だっての。なんかの研究で賞とった天才だろ?何考えてるのかわかんないし。」


 ゴミみたいな会話をしながら彼らは歩いて行った。

 あいつら誰だったっけ.......

 いまいち人の名前を覚えるのが苦手だが、ひとまずあいつらの名前は覚えなくていいだろう。


 再びため息をついて歩き出そうとすると、豪快に腹が鳴った。

 思えば今日は何も食べていない。

 何か食べるものはあるかと母親に連絡をしようとしたが、バッグの中にスマホが見当たらなかった。コートのポケットにも入っていない。


「.......研究室に忘れてきたか」


 仕方がないので取りに戻る。

 ただでさえ最悪な気分なのに追い打ちをかけられたようだ。


 研究室に入って探すが中々見つからない。とぼとぼと歩き回っていると、壁にかけられている賞状が目に映った。


 私が科学の分野で獲った賞だが、あまり覚えていない。

 というかそもそも、研究の内容にも大して興味がない。

 いつ取った賞なのかも記憶に無い。


 どうでもいい。全てがどうでもいい。

 私は自分の人生に希望を抱いていないのだ。


 生まれてこの方、友達と呼べる友達もおらず、恋人など到底いない。

 それを悲しいとも思わない。心地いいとさえ感じている。

 趣味も、何度も見直してきたアニメを見たり、ゲームをするぐらいだ。

 それすらも空虚に感じる時がある。

 世界に絶望していると言ってもいいだろう。


 何故こうなってしまったのか? 

 理由は一つしかない。



 



 それが全ての原因であると言っていい。

 誰かに言えば馬鹿だと笑われるだろうが、私にとってそれは生きる目的を失う程に辛い事実なのである。


 アニメやゲームも、魔法が無いこの世界からの現実逃避に過ぎない。

 科学を勉強しているのも似たような理由だ。


 何故だ? 何故この世界に魔法は存在しないんだ? 

 いやもちろん存在しないのが普通なのはわかっているんだが.......あるべきだろ魔法くらい。


 そんな文句を垂れながら、毎日指を振って呪文を唱えたり、遠くの者を持ち上げるイメージを構築しているが、特に変化は無い。

 急に世界が魔力に満ちて.......みたいな展開に期待して生きてはいるが、そんな予兆すら見たことが無い。

       

 あぁ、なんとつまらない世界であろうか.......


 そんなことを考えていると、スマホの通知音が聴こえた。

 スマホが鳴ったのはズボンのポケットの中だった。


 .......本当に疲れてるんだな、私。


 今日は帰ったらすぐに寝よう、などと考えながらスマホを取り出す。

 丁度近くにあったイスに腰かけ、電源ボタンを押した。


 その時だった。


 画面に何かが表示される。


「なんだ? この文字.......?」


 知らない文字の長文がスマホを埋め尽くしていた。

 どこかの国の言語だろうか? 

 しかし、こんな文字見たことすらない。

 むしろ、文字というか......

 

  文様のような.......

 

 ウイルスであることを警戒しながらも、その画面に触れる。


 その瞬間、周りの物が突如として姿を消した。


 さっきまで見ていた賞状も、それがかかっていた壁も、ペンが置いてあった机も、椅子も、その全てが消えて、目の前には闇が広がった。

 

 ブレーカーが落ちたのか? 


 しかし、手に握ったスマホだけは、ハッキリと目に映っている。

 画面には、壊れたテレビのような砂嵐だけが流れていた。

 助けを呼ぼうとするも声が出せない。

 体を動かすことができず、視線すらも変えられない。


 ......



「私の............愛する......共に............だ......しかし..................ここで......」



 おそらく、若い女性の声だろう。

 ぶつ切りになるその声は......泣いているようにも思えた。


 ザザッ......ザッ......と、ノイズが徐々に大きくなる。



「......もし......が......なら..................叶えて..................」



 声が聴きとれない程のノイズに、頭が割れそうになる。

 これ以上は耐えられない。


 そう思ったその時、私は確かに、その言葉を耳にした。



 「



 声とノイズがブツリと消えた。


 その瞬間、目の前が真っ白になる。


「.......っ!!!」


 ______脳卒中? それとも疲労か? しかし意識は鮮明だ。

 

 困惑しながらも、徐々に前が見えてくる。

 そして私は、身の回りの違和感に気がついた。


 足元の土の感触。

 爽やかな風。

 目を刺すように輝く太陽。

 そして.......


 目の前に迫りくる、謎の光。



「危ない!! 避けて!!」



 女性の声が聴こえたが、困惑する私にそんなこと出来るはずもなく、その光は私の顔面にぶち当たった。

 顔中に痛みが走る。

 なんとか意識を保ちながらも痛みに悶える私に、女の子が駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか!? えっと.......!! まずごめんなさい.......じゃなくて!! と、とりあえず傷の治療を!!」


 訳が分からない。


 突然知らないところに放り出されたと思ったら、顔に薬品をぶっかけられたような痛み.......

 これが悪夢ってやつなのか? 

 もしや、寝不足で錯乱してるのだろうか。


 唖然としてると、近づいてきた女の子が必至な顔で謝ってきた。


「本当にごめんなさい!! 今すぐ治癒魔法をかけるのでじっとし......」


 その言葉を聴いた瞬間、私は彼女の手をガッと握り、顔を凝視した。

 そして、プレゼントを開けてもいいかと親に尋ねる子供のように、

 受験の合格発表を見る学生のように、

 リゾート地で一世一代のプロポーズをする青年のように、

 未来への期待に胸を膨らませ、私は彼女に言った。



「先程、私が喰らったのは.......魔法ですか??」



 一瞬の静寂。

 高鳴る鼓動。

 生唾を飲み込む。


 彼女は不思議そうな顔をして口を開いた。



「そりゃ.......魔法ですけど.......」



 その言葉を耳にした瞬間、私はガッツポーズを決めた。


 魔法.......魔法......魔法!!


 彼女の言葉を何度も噛みしめる。

 そして、あまりの興奮に鼻血を出しながら、満面の笑みで......


 そのまま気絶した。

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