第53話 スピカの決意



 迫る巨大なの前で、レルシャがあきらめかけたときだ。


「レルシャ! ここはおれに任せて、おまえたちは逃げろ!」


 兄が走ってきた。炎の剣でドラゴンの注意を自分にむける。ドラゴンはさきほど炎で焼かれたことを恨んでいるようだった。即座に兄のほうへむきなおる。


「何してる! レルシャ、走れ!」


 兄に言われて我に返った。あわてて、倒れているニャルニャをかかえ、ソフィアラの手をひいて走る。ラビリンとグレーレンは自力で走っている。顔色が悪い。生命力がつきかけている。レルシャは走りながら回復魔法をかけた。


「ありがとよ。らくになった」

「キュル……さすがにドラゴンは強いですね。マスター」

「がんばって。なんとか屋上の入口まで」


 はげましあって逃げる。

 出入り口まで、あと少し。これなら逃げられる。全員で。希望がレルシャの胸にわいてくる。


「兄上も——!」


 早く逃げてと言おうとして、ふりかえったレルシャは戦慄せんりつの光景を見た。

 いつのまにか、兄はドラゴンの短い前足につかまれている。全身に対して貧弱な前足だが、人間の胴体なんて、ひとにぎりだ。つかまれると、兄でも身動きがとれない。


「兄上!」

「行け! 早く逃げろ!」


 兄の体はゆっくりとドラゴンの口の上へ移動する。足元から、ぶらりと。そして、ついにその足がドラゴンの口のなかへ入る。するどい牙がガチンとかみあい、兄の両足は切断された。せつな、粉々にくだけてとびちった赤い破片は、兄の才光の玉……。


「兄上ェーッ!」


 ひきかえそうとするレルシャを、グレーレンとラビリンが押しもどす。


「おまえは行けよ」

「そうです。マスター。このままでは、ドラゴンには勝てません」

「だから、みんなで逃げないと——」


 ラビリンは首をふった。

「ドラゴンはすぐに追いついてきます。それに、ここから逃げても伯爵家まで攻めてくるのですよね?」


 そうだった。ここで食われるか、一族全員といっしょに滅ぼされるかの違いだ。


(必ず、勝たなくちゃいけないんだ!)


 でも、このなかで一番強いレルシャでさえ、ドラゴンを倒せる能力値ではない。さっき戦ってみてわかった。もっともっともっと強くなければ、ドラゴンとはまともな戦闘にすらならないと。今のままでは一方的に全員がなぶり殺されるだけだ。


(どうしたら……)


 すると、そのとき、スピカが口をひらいた。

「レルシャよ。この砦の地下には解放遺跡があったな?」


 レルシャはハッとした。そうだった。兄はそこで数値が倍になったのだ。


「そうだ。解放だ。解放すればいいんだ。少なくとも二倍強くなれば、今よりはマシな戦いになる」


 でも、ここから地下へ行き、さらに解放遺跡のなかでガーゴイルと戦って帰ってこなければならない。そんな時間のゆとりはどこにもなかった。そのあいだに、みんな食べられてしまうだろう。もしかしたら、ドラゴンはさきに伯爵家へ飛んでいってしまうかもしれない。


 スピカが大きく嘆息する。

「しかたあるまいな。今まで覚醒してまもないから力をためていたのだが、ほんの一時ならば、われのほんとの力を解放させられるだろう」

「……スピカ?」

「われがドラゴンを足止めしておく。そのあいだに、そなたらは解放遺跡へむかうのだ」

「待って! スピカ——」


 ひきとめようとしたときには、スピカはフクロウのような翼のある姿になり、レルシャの肩から飛び立っていた。そして、みるみる大きくなる。真っ白な姿がどんどん、どんどん巨大化していく。もう猫やキツネやフクロウではない。その姿はどう見ても竜だ。そこにいる黒いドラゴンの完璧な対のよう。ただ色だけが違う。清冽せいれつな白。


 二柱の竜はがっぷりと両前足を組みあい、たがいに巨大な口をひらいて相手の首にかみつこうとしている。


「マスター! 今のうちに行きましょう。スピカさんは一時しか力がもたないと言ってました。キュルルー!」


 ラビリンの言うとおりだ。


「レルシャさま。私が盗賊の名にかけて兄上を助けておきます。あなたは行ってください!」


 ウーウダリに背中を押され、レルシャは屋上の出入り口をくぐった。階段をかけおりる。


(どうか。どうか……)


 どうか、兄上、父上、みんな。ぼくが帰ってくるまでぶじでいて!


 一心に願いながら……。

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