第51話 バサムースとの戦い



 屋上へ続く階段は幅がせまく、人間が一人ずつでしか進めない。敵の最後尾はワニ兵士だ。


「なー!」


 ニャルニャのネコパンチであっけなく倒れる。

 従者解放を十一回もした。一回ずつはほんの百分の一しか効果がなくても、十一回も重複すれば、一割以上の数値があがるのだ。しかも、加算される数値のベースはレルシャのものだ。今のニャルニャの生命力は千近く、攻撃力も百を超えている。グローブの装備で170あまりだ。


「なー!」

「おいおい、あたしにもやらせろよ!」


 グレーレンと二人で競うようにワニ兵士を次々、倒していく。


 だが、もう少しで兄に手が届くというところで、ザウィダが兄とソフィアラをつなぐロープを強くひっぱった。前にいたソフィアラをかかえると、屋上へ出る前の踊り場に立つ。ロープが一本なので、そうするとアラミスもいやおうなく走らざるを得ない。


「バサムース。おまえの主君の息子だ。名残惜しいだろう? 相手をしてやれ」


 そう言って、自分は屋上の入口をくぐる。が、兄がそこでふんばると、数瞬だが時間ができた。そのすきにニャルニャが手すりをとびこえ、兄とソフィアラをつなぐロープを切る。兄はふんばっていた勢いがあまって、踊り場からころげおちた。父が抱きとめるのを見て、レルシャたちはザウィダを追う。


「おっと、ここは通しませんよ。レルシャさま」


 現れたのはバサムースだ。しかし、これがほんとにバサムースだろうか?

 筋肉の異様に盛りあがった巨大な体。ウロコにおおわれた全身。そのなかで頭だけが人間のころのままなので、アンバランスに小さく見える。身長はもとの三倍にはなっていた。せまい砦の踊り場では頭が天井につっかえるほどだ。


「バ……バサムース? その姿は?」

「ははは! ザウィダさまに従者解放されたのだ! もはやおれは以前のおれじゃない。おまえなど、ひねりつぶしてくれるわ」


 はーははははと高笑いする。

 屋上への出入り口を完全にふさいでしまっているので、倒していくしかない。


「ラビリン。ファイトソング」

「ラジャ。ラビリン、歌います」

「ニャルニャ、グレーレンさん、左右からバサムースを攻撃して。ぼくは魔法で二人を援護する」

「ニャ」

「好きに戦っていいんだろ? 任せときな!」


 踊り場なので、階段よりは自由に動ける。陣形を作り、レルシャは一番離れたポジションから、呪文を唱えた。まずプチファイアを連弾して、ニャルニャたちが近づきやすくする。バサムースは両手でプチファイアの炎をたたきおとしながら哄笑こうしょうした。


「プチファイアだと? やはり、最弱と罵られる哀れな子どもよな。このおれにプチファイアなど、笑わせるわ」


 それは当然だろう。今は油断させるために、わざと、自分に攻撃力低下の法則をかけておいたのだから。攻撃力低下の法則は学者の単体呪文だ。ターゲットの攻撃力を一時的に、本来の十分の一に抑える。


 しかし、それでも、レルシャの攻撃力は782。魔法杖の効果とプチファイアの攻撃力低減効果は四倍、四分の一と相殺するので、相手にあたえるダメージは、そのまま782だ。攻撃力低下の法則で十分の一にしているため、じっさいのダメージは78。それを八発くらえば620ダメージのはずなのだが、バサムースにはきいているふうがない。


(強い。そうとう強くなってる。従者解放でそこまで強くなるなんて、ザウィダって、どれだけ強いんだ?)


 たとえダークエルフだろうと、レルシャのような特別なスキルもなしに、そう何度も解放を得られるとは思えない。従者解放を得たとしても、ほんの一、二度だろう。従者はあるじの百分の一か百分の二ほど強くなるだけ。


 すると、スピカがキツネのような目つきになって思案する。


「おそらく、特殊解放だな」

「特殊解放?」

「従者解放のなかで、きわめてまれにだが、従者のクラスじたいがアップする特殊な解放があるのだ。そこを解放すれば、従者の職業が強化され、数値がいっきに十倍になる」

「じゅ、十倍?」

「うむ。その上で強化アイテムか魔法を使えば、実質、二十倍、三十倍の生命力にふくれあがるだろう」


 もともとのバサムースの生命力は、なみの兵士よりは少し強い250ていどだった。その三十倍なら、7500。今のバサムースはレルシャの二倍以上も強い。


「はーはっはっは! きさまらなど、敵じゃないわー!」


 バサムースはふくれあがった両手を大きく左右にぶんぶんふりまわす。右、左。そのあいだは誰も近づけない。


「なぁ……」

「うわ、イテテ……」


 ニャルニャとグレーレンがはねとばされた。バサムース1500の攻撃力。レルシャの防御力と装備品で多少軽減できているが、ニャルニャはもう危ない。うまくよけていたから直撃ではなかったが、でなければ倒されていた。


「魔法持続の法則。ハーフヒーリング!」


 全体回復魔法を持続させてかける。すぐさま、ニャルニャは復活した。


「はははー! きさまらなど敵では——きさまらなど、きさまらなど……」


 なんだか気が狂ったようにバサムースは両手をふりまわしている。これでは近づけない。

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